第12話 不倶戴天
店にやってきたのは二人組の男だった。普通の身なりをした明るい感じの男と、対照的にボロを纏った暗い雰囲気の髭面の男だ。どういう関係なんだろう?
「あ、どうも、鑑定屋さん……あ、いや、ランパード家の跡継ぎの方でしたよね? アイズ様でしたっけ?」
「え、なんでそのことを?」
身なりのいい男にそう告げられて俺はびっくりした。客からこんなことを言われるのは初めてだったから。
「最近、評判なんですよ、ここ。んで、誰がやってるかって話になって、ランパード家の子息がやってるってことになって」
「なるほど……」
「リヒ……いえ、アイズ様、ここも遂に有名になりつつあるってことですね!」
「ああ、そうだな、シルビア……」
今のところ順調そのもので怖いくらいだ。
ただ、それでもまだまだ油断はできない。有名になり始めたところで思わぬ事件や妨害に遭う可能性だってあるわけだからな。
そうそう。浮かれてる場合じゃないし、仕事を始めるか。
「それで、二人の名前は? 誰の前世を占うつもりで?」
「あっしは、ロハス、んで、こいつ――いや、この方は知人のバルクでして。今回、バルクの前世を占ってほしくって」
身なりのいい男の名はロハスで、小汚い格好をした不愛想な男バルクの前世を占ってほしいそうだ。
このバルクという男、何か奇妙なオーラを纏っている。
堂々としすぎていて違和感があるんだ。いくらランパード家の子息がやってる店といっても、鑑定屋で物怖じなんてしないのかもしれないが、それにしても泰然自若としすぎている。ロハスがこの方と呼んで鑑定をしたがるのもわかる気がした。
「ほら、バルク。そっちもお願いしてくれよ」
「……」
バルクは何も言わなかった。ただ、俺たちに向かって軽く会釈したのみだ。もちろん無表情で。中々面白い。
「す、すんません、アイズ様。バルクは、いつもこんな超然としたやつなんで……」
「いや、大丈夫だ。この男の前世を鑑定してみよう」
「おお、そりゃどうも! 助かります!」
「…………」
というわけで、俺は髭面の男の芽をじっと見つめた。殺気といってもおかしくないくらい、視線の圧をそこそこ強めにして。
これには、鑑定する意味合いのほかに、この圧にどういう反応を示すかという興味もあった。
だが、男は若干目を開くだけで、そこまで大袈裟な反応はしなかった。やはり、只者じゃない感じだな。
ほんの少量でも、殺気を浴びせれば普通はびっくりして立ち上がるくらいはするはず。もちろん、内心はどうかわからないし、動じない振りをしている可能性もあるが。それでも、この度胸は中々のものだといえるだろう。
……っと、視界に文字が浮かんできた。
名前:バルク・ボランド
性別:男
年齢:47
種族:人間
職業:無職
攻撃能力:C
防御能力:C
魔法能力:C
回復能力:C
技量能力:C
前世:ルセト・ヴィシヌ・グランスト
能力は平凡だが、なんか大仰な感じのネームが出てきたな。というか、なんか聞いたことがあるような? これも鑑定してみよう。
何々――
「はっ……」
こ、これは、間違いない。あの男だ……。
「ど、どうしました? 鑑定士さん、バルクの前世がわかったんですかね?」
「え。あ、ああ。わかったよ」
「なんだったんですか⁉」
「……」
俺は言うのを躊躇った。何故なら、この男は俺が大賢者時代、俺に魔王討伐を任せておきながら、そのあと強すぎるからと勇者たちに俺を捕縛するように命じた当時の王様だったからだ。
まさか、あの死ぬほど憎たらしかった王がこんな見すぼらしい男に転生しているとは……。
だが、どうしてこんな姿になったんだろう? 生前にかなり強く望まないとその姿にはならないといわれているのに。
っと、そうだ。うっかり仕事を忘れるところだった。前世を言わないと。
「彼は……伯爵だったよ」
俺は嘘をつくことにした。王様だと正直に告白したら、俺は不敬罪に問われる可能性があるからだ。そうなると、当然鑑定屋も取り潰しになる恐れもあるし、周りから騒がれて担がれることもありえそうだから色々と面倒臭い。
「お、おおお! やっぱり! バルク、伯爵だってよ。お前、よかったな!」
「……なんだ、私の前世は伯爵か。もっと上かと思ったが」
「こいつ! す、すんません、バルクがアホなこと言っちまって……」
「いや、別に構わんよ……」
おそらく、玉座に座って周りを見下ろす感じの夢も見てたんだろうな。最初の客のミズリーが空を飛行する夢を見てたように。
「あ、そうだ。ロハス、少しだけ席を外してほしいんだが」
「え?」
「どうやら、前世で俺と知り合いだったらしくて、それで積もる話がしたくてね」
「えぇ? アイズ様、それって本当なのです……⁉」
「あ、ああ。シルビア。とにかくロハス、ちょっとでいいから席を離れていてくれ」
「りょ、了解っす」
ロハスも聞きたかったのか、渋々といった感じで店から出て行く。そのタイミングで、バルクは口を開いた。
「――本当は伯爵じゃないんだろう?」
「……ああ、よくわかったな」
「正直に言ってくれ。俺の前世はきっと王様なんだろう……? それを知ったところで、誰にも言わんよ。知り合いのロハスがうるさいからこうして参っただけでな」
「なるほど。それじゃ話すが、あんたは王様だったよ」
「……やはり、そうか。なのにこんな今世というのは、何か因縁があるのだろうな……」
自身が王様だと知っても、バルクはあくまで冷静だった。やはりそこは腐っても王だっただけある。褒めたくはないが。
「それで、どうする? 能力を引き出すか? それとも記憶を引き出すか?」
「……どっちも興味はない。俺は今の生活で満足している。フラフラとしたなんの見返りもない日々に。友達もいらないし、恋人もいらない。ただただ自由な生活を満喫しているのだ」
「……そうか。だが、俺にはどうしても前世の記憶を思い出してもらいたい」
「別に構わないが、前世の私はそんなに君と仲がよかったのかね?」
「いや、その逆だ。不倶戴天の敵というべきかな」
「……ほう。それは興味深いな。よし、ならば頼もう」
「もちろんだ」
俺はバルクの手を取り、前世の記憶を引き出してみせる。
「――う……わ、私は、転生したというのか……ここは、どこなのだ……?」
古代の記憶がよみがえったバルクに、俺は今までの経緯を話すことにした。俺の前世のことも含めて。
すると、俺を見るバルクの顔が徐々に赤みを増していった。そりゃそうか。ルセトにとっても大賢者の俺は恥を掻かせられた相手として、この上なく憎かったはずだろうから。
「久しぶりじゃないか、大賢者リヒテルよ……」
「ああ。久々だ。どうだ、俺を処刑したくなったか? ルセト王」
「あ、あわわ……」
シルビアが慌ててるが、はっきり言ってこれは表向きなものだ。実際、俺たちは睨み合っていたが、バルクの口元は笑っていた。
「まさか、本当に願いが叶うとはな……」
「願い?」
「そうだ。私はもう疲れたのだ。それで、もし生まれ変わることがあれば、平凡な来世であってほしいと願った。平凡な身分の男としてな」
「なるほど。平民の気分はどうだ?」
「……平民としての気分は悪くないが、お前と会ったことで今は吐きそうだ」
「そうか。俺もだ」
俺たちは静かに笑い合った。
正直、見る影もないほど姿が様変わりしたのもあるが、俺が知っているあの傲慢なルセト王のイメージとはかけ離れていた。
あのときはわからなかったというか理解したくもなかったが、王にも当然、人の上に立つ者として誰にも打ち明けられない苦悩があり、懊悩していたということなのだろう……。
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