第9話 変わり者
「ふわ……中々客が来ませんねぇ……」
「……だな。シルビア」
三日前に開店したばかりの前世の鑑定屋は、閑古鳥が鳴いていた。
魔術師ミズリーの鑑定に成功したものの、それ以降は客足が途絶えてしまっていたんだ。
でもよく考えたら、これが普通なのかもしれない。
そもそも前世の鑑定なんて信用できるかどうか疑わしいって思われるだろうし、アレクの目線のように胡散臭い占い師の一人くらいにしか見られてない可能性もある。
ただ、だからって大勢で来られても困るし、これくらいでちょうどいいのかもな。
今のところ、報酬は銀貨1枚のみではあるが、これで一週間分の食事代くらいにはなる。ランパード家の財政はエオルカたちが握ってるとはいえ、住処はちゃんとあるわけだし。
「二人きりのときくらいは、エスナって呼んでもいいんですよ? リヒテル?」
「……おいおい、照れるだろ」
「ふふっ。相変わらずシャイなんですね、大賢者様は」
「……相変わらず意地悪だな、エスナは……」
「あっ……!」
俺はミズリーを抱き寄せた。
「俺の正体を誰だと思ってるんだ? ただの13歳の若造アイズじゃないんだぞ」
「わかってますよ、大賢者様……」
「それじゃ、その悪い口を今すぐ黙らせないとな。エスナ……」
「はい。リヒテル……」
「――あのー、ちょっといいでしょうか?」
「「っ……⁉」」
誰かと思えば、客人らしき人物がテントに入ってきていた。まったく、こんなときに限って来るなんてタイミングが悪すぎだろう……。
「すみません。鑑定屋さん。これを鑑定してほしくて……」
その男は、両手に椅子を抱えていた。椅子といっても、ここにある椅子じゃない。客が持ってきたものだ。
「これを鑑定してほしいって……もしかして椅子のこと?」
「はい。椅子の前世とかもわかるんですよね?」
「「……」」
俺はシルビアと唖然とした顔を見合わせる。
いや、それはやってみないとわからないが、なんで自分自身じゃなくて椅子の前世を鑑定しようと思ったのか、そっちのほうが気になった。
「なんで椅子の前世を……?」
「それが……あ、その前に自己紹介します。僕は――」
男は持ってきたその椅子に座ると、粛々とわけを語り始めた。
彼はルオスという名前で、このランパード家の領地内でパン屋を代々引き継いでいるんだとか。
その椅子はルオスが子供のときからあり、なんと、彼がその椅子に座ると決まって奇妙な現象が起きるのだという。
それは、時々ぼんやりとした誰かの影が見えるというもので、ルオスはそれが怖くて倉庫に閉まっていたのだという。
でも、後々になってそれがどうしても気になり、こうして鑑定しようと思ったんだとか。
もしこの椅子に前世とかあって、呪われているようであれば処分したいが、この椅子があるせいで特に悪いことは起きてないので、愛着もあるのでそれはないと思いたいとのこと。
「よし、わかった。ルオス。その椅子を鑑定してみよう」
「おぉ、ありがとうございます! これで、長年の謎がようやく明かされます……」
椅子をじっと見つめると、情報が視界に浮かんできた。
種別:肘掛椅子
耐久度:B
価値:C
前世:クレス・オルファン
「…………」
クレス・オルファンという人物名が出てきたので、それをさらに鑑定してみると、種族は人間で性別は男性。年齢が101歳、ジョブは回復術師とあった。
「椅子の前世が判明した。クレス・オルファンという回復術師だ。何か身に覚えは?」
「え、クレス・オルファン……⁉ そ、それって、僕のひいお爺ちゃんですよ!」
「おお。ルオスの曾祖父なのか。でも、その人がなんで椅子に……」
「……それ、わかる気がします」
「ル、ルオスさん、それってどういうことなんです?」
シルビアも前のめりだ。彼女も相当気になってるらしい。
「ひいお爺さんは僕のパン屋の創始者で、回復術師としても有名でしたが、変わり者としても知られていて、来世は椅子に生まれ変わりたいなんて零してたみたいです。特に僕のことを可愛がっていたとか。これは父から聞いた話で、僕が2歳の頃に亡くなったそうなんで全然覚えてないですが」
「なるほど……じゃあ、曾祖父はその椅子に生まれ変わった可能性が高いな。見えた影もおそらく……」
「……あれは、僕のひいお爺ちゃんだったんですね……」
「ああ。椅子だから前世の記憶を引き出すのは無理だが、能力を引き出すことはできるかもしれない」
「えぇぇ……? そんなこともできるんですか。じゃあ、今からやってもらっても?」
「もちろんだ」
俺は椅子の前世の能力を引き出してみる。
種別:肘掛椅子
耐久度:B→A
価値:C→S
前世:クレス・オルファン
効果:回復術師の曾祖父の加護のある椅子。座ると体力が自然に回復する。
「座るだけで、曾祖父の恩恵で自然回復ができるそうだ。どうだ……?」
「……す、凄いです。座ってると、体がじんわりと温まってきて、本当に疲れが取れる感じです! ありがとうございました!」
ルオスは甚く感激した様子で椅子を大事そうに抱えると、感謝の言葉と報酬の銀貨1枚を残して店を出て行った。
「ふぅ……それにしても、椅子の前世を鑑定することになるとはな。新鮮な経験だった」
「……ですね。というかあの椅子、回復効果もあって羨ましいです! 時々ひいお爺ちゃんの影が見えるってことで、ちょっぴり怖いですけど……」
「あぁ、それはあるかもな……。さて、次の客が来るまで、俺たちも少し休もうか?」
「はい、そうしましょう!」
俺はシルビアと笑い合った。
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