第8話 店開き
あくる日の早朝、俺は前世の鑑定屋を始めることにした。といってもまだその下準備にすぎないが。メイドのシルビアも助手として手伝ってくれるそうだ。
ちなみに、彼女の前世は普通の女性だったと言っておいた。あんまりしつこく聞いてくるもんだから。実際、間違いじゃないしな。
勝手に他人の土地で店を開く場合、所有者の許可と使用料が必要になるが、一応俺は準男爵の子息ということもあって、ランパード家の領地内でやれば問題ない。料金については悩んだが、とりあえず一回で銀貨1枚にしておいた。占い屋の相場の平均ってことで。
「おい、愚弟アイズ! なんか前世を占うっていう、胡散臭い商売を始める予定らしいな?」
「…………」
シルビアと一緒に簡単な手作りの店を作っている最中、早速アレクのやつがメイドたちを連れて絡んできた。
はあ。アレク兄様は本当に面倒臭い。朝が早いこともあってか、寝起きの悪いエオルカがいないのだけが救いだ。
「やるのは一向に構わんが、しょうもない仕事をして誇り高いランパード家に恥をかかせるなよ! わかったな⁉」
「……はい、アレク兄様」
既に恥をかかせてるやつがよく言う。
「っと、そうだ。どうせなら僕の前世も占え!」
「え……」
「どうした、できないのか⁉ やっぱり、エセ鑑定士か!」
「わかりました」
要求されたので、とりあえずやることにした。こいつの前世がどんなものか興味もあるしな。
名前:アレク・ランパード
性別:男
年齢:16
種族:人間
職業:剣士
攻撃能力:B
防御能力:A
魔法能力:C
回復能力:C
技量能力:B
前世:ナメクジ
「ブフッ……!」
「あ、おい、愚弟アイズ、どうして笑った⁉」
「あ、えっと、アレク兄様の前世は……」
これって、果たして言っていいのか? 店を始める前だし、あまり刺激したくないのが本音だ。
それでも言わないわけにもいかないし、どうするべきか……っと、そうだ。あの手があるな。
「ナ……ナメクジっていう名前の男性だったよ」
「ほうほう、ナ、ナメクジだとぉ……⁉」
「お、怒らないで、アレク兄様。ただの名前だから……」
「ぐ、ぐぐっ……」
これにはアレクも怒るに怒れないと思ったのか、両手の握り拳を震わせる程度だった。味方であるはずの周りのメイドは口を押さえてる。シルビアも。
「ま、紛らわしい名前で実に不愉快だ……お前たち、帰るぞ!」
アレクが顔を真っ赤にしながらメイドたちを連れて引き上げていく。
さあ、うるさいのがいなくなった隙に開店の準備を再開しようか。別に大げさなものは必要なくて、テントの中に椅子とテーブル、それに燭台だけでいい。あとは看板くらいだ。
「アイズ様、終わりましたね!」
「ああ。ちょっと邪魔が入ったけど、意外とすぐ終わったな」
「ですね!」
シルビアのおかげで1時間もかからずに作業は終わり、いよいよ前世の鑑定屋が始まった。だが、待てども待てども客が来ない……と思ったら、ようやく来た。
「あのー、いいでしょうか?」
「あ、はい」
やってきたのは、おどおどした感じの女性だ。
「あなたの名前は?」
「ミズリーと申します。実は私、変なんです」
「変というのは……? ミズリー、詳しく」
「はい。時々ですけど、空を見る夢を見たり、人を食べる夢を見るんです……」
「なるほど。そりゃ前世が気になるわけだね。それじゃ、早速ミズリーの前世を占わせてもらうよ」
「はい、お願いします!」
俺はミズリーの顔をじっと見つめた。
名前:ミズリー・ロシャン
性別:女
年齢:25
種族:人間
職業:魔術師
攻撃能力:F
防御能力:E
魔法能力:B
回復能力:D
技量能力:C
前世:レッドドラゴン
「こ、これは……」
「ど、どうしました?」
「……ミズリー、あなたの前世はドラゴンだ」
「ええぇっ……⁉」
「ちなみに、炎の魔術が得意だったり?」
「あ、はい、そうです! よくわかりましたね」
「ドラゴンの中でも特に炎に強いレッドドラゴンだからね」
「う、うわ……なるほど……」
「その能力を引き出すことができるけど、どうする?」
「ぜ、是非っ! 私、炎の魔術が得意といっても、もっと上手くなりたいので!」
「了解」
俺はミズリーの手を握り、レッドドラゴンの能力を引き出す。引き出すには、対象に直に触れるしかないんだ。
「あ、熱い……! 息ができない……!」
「ミズリー、もう少しだから辛抱して」
「ミズリーさん、辛抱ですよ!」
「……は、はい……あっ……なんだか、楽になってきて、力がどんどん湧いてくる感じです……」
「どうやら、上手くいったようだな。シルビア」
「ですね! さすがアイズ様!」
一応どうなったか能力を見てみよう。
名前:ミズリー・ロシャン
性別:女
年齢:25
種族:人間
職業:魔術師
攻撃能力:F→C
防御能力:E→B
魔法能力:B→S
回復能力:D→B
技量能力:C→A
前世:レッドドラゴン
「…………」
格段に上がってるな。さすが、モンスターの中でもトップクラスに強いとされるドラゴン。
ミズリーはテントの外で魔術を試して、その威力の大きさに驚いていた。凄まじい火柱が上がって、周りの人たちがどよめくレベルだ。
「凄い! 鑑定屋さん、ありがとうございました! これ、報酬の銀貨1枚です。あ、あの、前世の記憶も引き出せるのでしょうか?」
「できるけど、それをやると、人間を敵対視するようになる可能性もある」
「……そ、そうですね。怖いのでやめておきます!」
「ああ、ミズリー。それが賢明だ。なあ、シルビア」
「ですね。大賢者様」
「え……シルビア、まさか、エスナの記憶を取り戻してたのか……」
「はい。実はさっき、ミズリーさんの前世を引き出す際に彼女を支えてたら、ついでに引き出されちゃったみたいです。ちゃんと、シルビアの記憶も維持できてますよ。リヒテル……置き去りにしちゃってごめんなさい。これからはずっと一緒にいましょうね」
「……約束だからな……」
「はい……」
「ジー……」
「「はっ……⁉」」
抱き合ってるところをミズリーに見られて、俺たちは急いで離れるのだった……。
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