第7話 運命の人


「ごめんなさい、アイズ様。これくらいしかなくて……」


「いや、シルビア、これだけあれば充分だよ」


 メイドのシルビアが提供してきた少量のミルク粥を、俺は少しずつ味わって食べる。


「こんな粗末なもので、申し訳ないです……」


「そんなことはない。どんなご馳走だって、飢えた人の目の前にあるお粥には勝てないんだよ」


「……アイズ様って、本当に達観しておられます! というか、優しいので大好きです!」


「おいおい、食事中に抱き着くなって……」


「あ……申し訳ありません!」


 以前はパンやオムレツやチキンなんかが出されていたが、今やてっきり見かけなくなった。


 まあ原因はわかっている。もちろんエオルカたちだ。


 あいつらの手によって、金銭的援助が途絶えたんだ。もちろん、表向きは金欠だということにして。そうしないとまた教会の指導が入るから、嫌がらせを巧妙にやってるってわけだ。


 ただ、エオルカの得意技の毒に関しては、極少量であっても鑑定能力で見極められるので、そこは心配していない。やがて、ドカドカと慌ただしい足音がしてきた。


「――おい、愚弟アイズ、今日も随分粗末なものを食べているなあ……⁉」


「こらこら、アレク。そんなことをしたらお行儀が悪いですよ?」


「「……」」


 俺はシルビアと呆れた顔を見合わせる。早速おいでなすった。お付きのメイドにチキンを食べさせてもらっている。


 食事の時間になると必ずといっていいほど、アレクはこうしてご馳走を食べるところを俺たちに見せつけてくるんだ。もちろん、やり返されないように監視役のメイドだけでなくエオルカも一緒に。


「はー、チキンうんめぇ……ゲップ……おい、愚弟アイズ。悔しいか? でも、お前にも特別にチャンスをやるぞ。僕の命令を聞けばな」


「兄様、どんなご命令で?」


 どうせろくでもない要求をしてくるんだろうが、一応聞いてやるか。


「まず、シルビアを僕に渡せ。彼女はお前が洗脳しているから、お前が言えばちゃんと言うことを聞く。それと、親戚たちの目の前で、僕には勝てませんので跡継ぎはアレク兄様にしてくださいと泣きながら懇願しろ!」


「…………」


 相変わらずだな、アレク兄様は……。


「ダメですよ、アレク。わたくしたちは謹慎中で仕事ができなくなり、今は金欠中なのですから……。贅沢をしてしまうと、すぐになくなってしまいます……」


「母上……気にする必要などありません。むしろ、愚弟アイズや不良メイドのシルビアには感謝されたいくらいです。僕たちがやつらを養ってあげて、その上おこぼれまで与えてやってるんですから……」


「まあぁ、アレクったら、なんて殊勝な心掛けなのでしょう。王子の風格さえありますわ……!」


「は、母上ぇっ……!」


 アレクは義母のエオルカと抱き合いつつ、俺たちにドヤ顔で舌を出してきた。養子の立場なのにここまで言ってのけるなんて、本当に面の皮が厚いな。朱に交われば赤くなるってやつか。


 それでも、こっちは空腹状態なので怒る気力も湧かない。残念だったな。ただ、このまま黙っているだけなのも癪なので、俺はシルビアに抱き着いた。


「シルビア……悔しいよ」


「ア、アイズ様……私がお守りしますから、大丈夫ですよ……」


「む、むぐぐ……!」


「…………」


 ちらっとアレクのほうを見ると、真っ赤な顔をプルプルと震わせていた。あいつは表向きじゃ厳しいことを言うが、今でもシルビアにぞっこんだからいい薬になるだろう。錬金術師の養子なだけに。


 エオルカはアレクが激しく動揺した様子を見て、苦虫を噛み潰したような顔をしながら彼を引きずるようにして立ち去っていった。


「アイズ様、申し訳ありません。メイドとしてもっともっと働いて給与を――」


「いや、シルビア、そんなことをしたら、あいつらを喜ばせるだけだ、焦る気持ちを利用されて、些細なことを理由に給与を減らされる可能性もある。ここは俺に任せてくれ」


「アイズ様……? 何をなさるおつもりなのです?」


「俺にいい考えがあるんだ。鑑定屋をやって稼ごうと思ってな」


「か、鑑定屋でございますか……」


「ああ。俺は前世を占えるんだ」


「え、えぇっ……⁉ そういえば、アイズ様は前世があるっておっしゃってましたね……」


「シルビア、まさか忘れてたのか……」


「は、はい。私にとってアイズ様はアイズ様ですので」


「ははっ……でも、シルビアらしくていいや」


「あ、それどういう意味ですかー? アイズ様ー?」


「よ、良い意味でだよ。そうだ、シルビアの前世も占ってあげようか?」


「是非っ!」


 というわけで、俺はシルビアの目を見つめた。


 というか彼女、エスナに似てるような気がするんだよな。気のせいかもしれないが。


 もしエスナだったらどうしよう……? そう思うと俺は思わず躊躇してしまい、目を逸らした。いや、そんなことがあるわけがないし、さっさと鑑定しよう。


名前:シルビア・グラステート

性別:女

年齢:27

種族:エルフ

職業:メイド


攻撃能力:D

防御能力:C

魔法能力:E

回復能力:E

技量能力:B


前世:エスナ・リフェルス


「…………」


 本当にエスナだった……。


 彼女は当時、大賢者として恐れられるようになっていた俺を、唯一怖がらない人だった。人間不信になっていた俺がそれを何度も伝えたにもかかわらず。


 彼女は不治の病であることを隠して、俺と1年だけ一緒にいて、死ぬ間際に俺はようやく知ることになった。彼女が俺を怖がらなかった理由は、長く生きることができないのを知ってたからなんだ。


 彼女がそれを最後まで隠していたのは、俺を悲しませたくなかったからだと言っていた。俺は死に際の彼女に恨み言を言おうとしたができなかった。


 お前のことを許せないと言おうとしても、悲しすぎて声が出なかったんだ。


 来世は、長生きするから許してって。そういわれて、許してしまったのかもしれない。


 そんな彼女が長命のエルフに転生したのは運命だったのか……。


「アイズ様……? 目が赤くなってますけど、どうしたんですか?」


「い、いや、ちょっと眠くなってな。ふわぁ……」


 俺は寝たふりをしてごまかすのに精一杯だった。


「ちょっと、アイズ様⁉ 私の前世を教えてくださいよー!」


 でも、シルビアからエスナの記憶を引き出すのはもうちょっとあとからでもいい。俺を置いて逝ってしまったんだから、少しは罰を与えてやらないと。まだ心の準備もできてないしな。


 エスナ……お前がいなくなってから、どれだけ寂しかったと思ってるんだ。もう二度と俺を置いていかないでくれ……。

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