第4話 能力鑑定


「毒を飲ませていた……?」


 俺はそこそこ衝撃的な話をシルビアから聞かされていた。


「はい。エオルカ様は天才錬金術師アルケミストとも呼ばれた人で、体内で毒へと変化する薬を生み出し、それをほんの少しずつ哺乳瓶の中に混ぜてアイズ様に飲ませていました……」


「……一体なんでそんな回りくどいことを?」


「おそらく、バレないようにするためというのと、成長を遅らせることで、周りにアレク様こそが跡継ぎだということを見せつけるためだと思います」


「見せつけるってことは……あいつら、能力鑑定の儀式をやる予定?」


「はい。近々、教会で行われる予定だそうです。そこには、ランパード家の姻戚関係のある方々が訪れる予定だとか。アレク様は養子であり、ランパード家の正式な後継者だと目されておりません。むしろ、疑問視されているのが実情です。エオルカはそこで後継者候補を比較させたのち、正式にアレク様が後継者だと認めさせるつもりなんです」


「……なるほど。エオルカたちはそこまで見越してるのか……ってことは、それが終わったら……」


「はい。アイズ様の命を本格的に狙うでしょう。ご両親を手にかけたように」


「え……じゃあ、両親にも毒を飲ませていたってこと?」


「知人に頼んで密かに調べておいたんです。そしたら最近になって、主人のダンテ様と奥様のアイシャ様の体から毒が発見されました……」


「…………」


 なんて非道なやつなんだ。悪党に関しては前世で腐るほど見てきたが、その中でもエオルカは上位100人に入るレベルだな。


「申し訳ありません。うすのろの私はそれに気づくことができないどころか、アイズ様も危険な目に遭わせてしまいました……」


「いや、シルビア。それはしょうがないよ。そもそも、体内で毒に変化するような薬を飲ませられて、メイドまでほとんど買収されているような状況じゃどうしようもない」


「アイズ様、前世を経験したことで、本当に達観しておられるのですね。このような恐ろしい話をしたというのに、顔色一つ変えられないとは……」


「ああ。一万年――い、いや、結構色んなことを経験してきたからね。エルフには勝てないと思うけど」


「……私は、まだ生まれて20年ほどですよ。未熟なエルフです」


「……それでも十分長いよ、シルビア。それより、その鑑定の儀式だけど、多分大丈夫だと思う」


「えぇ……?」


 俺があまりにも心配なさそうに言ったからか、シルビアは長い耳を垂らしてきょとんとしていた。


 それから10日ほど経った快晴の日。


 鼻を鼻を摘みながらやってきたアレクから、俺たちは鳥小屋から出ることを許可され、正装に着替えるように命じられた。


 このことから、能力鑑定の儀式に連れていかれるのだと予想できる。


 シルビアの言う通り、そんなに間を置かずにこの日がやってきたって感じだからあまり驚きはない。


 その際も、鼻の下を伸ばしたアレクの視線はずっとシルビアのほうに向けられていて、相当に入れ込んでいると感じた。


 思えば、俺をこれだけ庇ってるのにシルビアがエオルカから追い出されないのは、アレクが惚れているからなのかもしれない。


 いくら養子とはいえ、アレクが追い出したくないといえばエオルカも強くは言えないだろうし。


 そう考えると、何故エルフのメイドを選んだのか、今世における両親の狙いが少しだけわかったような気がした。


 エルフは人間よりも気高く、忠誠心が高いといわれているからだ。そして何よりも美しい。その美しさのために、何かあっても易々と追い出されないだろうと踏んでいたのかもしれない。俺は沢山のエルフと出会ってきたが、シルビアの美しさはその中でも群を抜く。


「アイズ様、キレイキレイにしましょうねえ」


「……く、くすぐったいって、シルビア……」


「ほらほら、この大事なところもっ」


「…………」


 そんなメイドからすっぽんぽんにされて体中を拭かれるという背徳感。むず痒くも悪くはなかった。俺とシルビアが仲良く会話する様子を見て、アレクの視線が抉るようにきつかったのはおまけのようなものだ。


 豪華な馬車で出発したこともあり、俺たちはすぐに教会まで到着した。結構な人がいて、俺に声をかける人が多かった。ランパード家の両親の実子ってことで、名前があるからなんだろう。


 ジョルクがいつものようにギャンブルにのぼせてるのか不在の中、エオルカはその様子を見て表情を変えなかったが、アレクの目つきは異様に鋭かった。


「では、鑑定の儀式を始めるとしましょう。まずは、ランパード家の跡継ぎ候補である長男のアレク様からです」


 長方形の大きな石板の前。神父がアレクの頭上に右手を翳すと、まもなくその手が光り輝いた。


「終わりました。アレク様、石板に手を差し伸べてください」


「はい。母上、見ていてください」


「もちろんです。何があっても私はあなたの味方ですよ、アレク……」


「…………」


 あの女が俺の両親を殺したんだ。あんな無害そうな優しい顔をして。それでも、怒りの感情が湧きたつことはない。その底知れぬ欲望に対して、ただただ憐れみを感じるだけだ。


 アレクが石板に手を触れると、光り輝く文字が浮かび始めて、周囲からどよめきが上がる。彼らはもちろん、ランパード家の親戚であり、儀式の閲覧が特別に許可されている。


アレク・ランパード


攻撃能力:B

防御能力:A

魔法能力:C

回復能力:C

技量能力:B


 石板に刻まれたアレクの能力は、子供の割にはそこそこのものがあった。最低がFで最高がSだから、この結果ははっきりいえば上位といえるレベルであり、跡継ぎとしては充分なものといえるだろう。


「ま、まぁぁ……アレクったら、なんて素晴らしい能力なのですかぁぁ……」


「は、母上ぇえっ!」


「アレクウゥッ! わたくし、あなたの才能と努力に惚れ直しました……!」


「えぐっ……母上ぇぇ……」


「…………」


 エオルカとアレクが涙ながらに抱き合う姿には、感動を誘ったのか拍手する人もいた。まるでもうこの時点で勝ったとでも言わんばかりだ。これもある意味予定通りなんだろうか。


「えーっと、よろしいでしょうか? 次は、次男のアイズ・ランパード様の出番です」


「はい」


 俺は困惑した様子の神父の前に出ると、右手を頭に翳してもらい、石板に手を触れた。


アイズ・ランパード


攻撃能力:D

防御能力:D

魔法能力:E

回復能力:F

技量能力:測定不能


 石板に輝く文字が刻まれ、周りがどよめく。


 少しずつ毒を飲まされてたのもあって、やはりこういう結果になったか。


 エオルカとアレクはそれを見て輝くような笑顔を見せたものの、すぐに怪訝そうな顔に変わった。それも当然だろう。一番下にがあるからな。


「……そ、測定不能とは、なんでしょうか? 神父様……? 大変恐縮ですけど、その、小さすぎて、測れないだけではありませんの……?」


エオルカが願望を込めた台詞を口にしたが、神父は驚いた様子で首を横に振ってみせた。


「い、いいえ……むしろその逆です。小さい場合は何も表示されませんよ。測定不能とは、大きすぎる場合に現れるものなのです……」


 余程驚きだったのか、周りの騒々しさが収まる気配がないが、俺にとっては予想通りの結果だ。俺は一万年生きた前世の記憶があるから、技量の値は大きすぎて測定することができないんだ。


「アイズ様、よかったです……」


「シルビア、俺の言った通りだったろ」


「は、はい……」


 シルビアが一人でボロボロ泣きまくってて可愛い。


「ふ、不正だっ! こんなの不正に決まってる!」


 憤怒の表情で俺をビシッと指さしてきたのが、この結果が気に入らなかった様子のアレクだ。


「この結果に納得がいかないと仰るのですかね?」


「そうだ! これは、あってはならない不正だ!」


「それ以上はいけません、アレク!」


 意外にもそれを止めたのがエオルカで、俺たちの間に割って入ってきた。


「あ、あの、神父様……わたくしとしてもこんなことは言いたくありませんし、アイズを疑うつもりは毛頭ないのですけど、不正というか、間違いのようなものが生じた可能性はないのでしょうか……?」


「…………」


 はっきり不正と言えばいいのにな。そこまで自分をよく見せたいのか、エオルカ。


「エオルカ様、それならばお聞きします」


 シルビアが俺の前に立ち、エオルカと対峙する。何かあればいつも守ってくれたのが彼女だ。


「はて。わたくしに聞きたいこととは……?」


「どうして片方だけの不正を疑うんでしょうか。アイズ様は優秀なご両親の実の子供なのに、その主張はあんまりです」


 このシルビアの言葉には、周りにも響いたのかそうだそうだと声を上げる人がいた。


「それはそうかもしれないですが……おかしいじゃないですかあ。他の能力は最低値なのに、技量だけ測定不能というのは、明らかに変だとわたくしは感じました。ねえ、神父様、これはおかしいでしょう? アイズのためにも、現実を直視させてあげるべきです。そのほうが、彼の将来のためにもなります」


「…………」


 エオルカの言葉で、温厚な神父の顔に赤みが増していくのがわかった。こりゃ相当に怒ってるな。


「能力の測定については、私がやったことではありません。神の啓示なのです。それに対して不正を疑うなど、言語道断ではありませんか!」


「わ、わたくしは……そんなつもりで言ったわけではありませんの……。ただ、能力もないのにアイズがそういう目で見られるのは、プレッシャーとなって負担がかかると思って、それで庇おうとしたのです……ひっく……」


「は、母上ぇ……母上は悪くありません! お優しいだけなのです……」


「ア、アレクウッ……」


「「……」」


 俺はシルビアと呆れた顔を見合わせていた。よくもまあ、こんな心にもないことが堂々と言えるものだ。周りの人たちも呆れているのがわかる。


 また、俺は見逃さなかった。弱った様子で弁解する際のエオルカの目に鋭い光が宿ったことを。


 おそらくここで諦めるようなやつじゃないだろうが、そのたびに反撃して黙らせてやるだけのことだ。

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