第3話 独特の臭い
「ごめんなさい、アイズ様。今日から、この部屋では暮らせなくなりました」
「え……」
俺が3歳になったときのこと。いつも世話してくれるメイドが俺の誕生日を祝ってくれたあと、そう切り出してきた。
「メイドさん、ここを辞めちゃうってこと?」
「いえ、そうではありません。アイズ様、上からの命令で、あなたをある場所に連れていくことになりました」
「ある場所……?」
「はい……」
彼女の顔がいつになく沈んでいて、どこへ連れていかれるのかと思ったら、そこはなんと鳥小屋だった。
なるほど。もう人間扱いすらしないってことか。
この件に関しては、今やこのランパード家を乗っ取っているエオルカの指示に違いなかった。
冷静に考えると、まだ3歳の子を鳥小屋に入れるなんて、本当に惨いことをするもんだ。
う……独特の臭いが漂ってくる。かなり鳥臭いけど、匂いっていうのは慣れるからな。死臭だけは嫌だが……。
ちなみに、鳥といっても改良の末に馬のように大きくなった種だ。正式名称はラピンといって、飛べないが足はとても長くて凄く速い。
「アイズ様。不自由させます。でも、私も一緒ですから」
「う、うん」
「「「「「クエーッ!」」」」」
「うあっ⁉」
鳥小屋に入った途端、目を輝かせた巨鳥たちに俺は囲まれたかと思うと、競うように顔を舐められた。
「く、くすぐったいって……!」
俺が大賢者をやっていた頃は、飼育が難しいとされていた気性の荒い鳥が、いつの間にか人間に飼い慣らされてこうなったようだ。
「くくっ……」
「メ、メイドさん、笑ってないで助けて……」
「は、はい、も、申し訳ありません……!」
俺はメイドさんに抱えられてなんとかラピンたちから逃れることができた。
「ふう。もうちょっと体が動ければいいんだけど」
もう3歳だっていうのに、俺はあまり体が丈夫じゃないみたいだ。確か、高名な剣士を何人も排出したっていう名門の産まれのはずなのに。
「アイズ様の成長が遅いのは、あなたのせいではありません。なので、気にしないでください」
「何か理由が……?」
「…………」
俺がそう尋ねると、彼女は急に黙り込む。なんで話してくれないんだろうって思ったけど、よく考えるとこの体はまだ3歳だった。きっと、子供に対して気軽に話せないような重い話なんだろう。
彼女が悪い人間ではないのはわかったので、そろそろ自分のことを話してもいい頃合いかもしれない。
「あの、メイドさん」
「はい、どうされましたか?」
「俺、実は――」
俺は前世が大賢者であることは隠したが、前世について漠然としないが幾つか覚えてることがあると伝えることにした。
なんでそうしたのかっていうと、俺は大賢者の頃は人に恐れられていたからだ。もしかしたら、その頃の話は今も残っているかもしれない。それに、彼女にだけは怖がられたくないっていう気持ちもあった。
彼女は、何度も頷いて耳を傾けてくれた。
小さな子に対してあやすような感じじゃなくて、一人の人間としてしっかり聞いてくれてる気がして、俺は心底感心していた。
彼女はメイドの中で孤立してでも俺を守ってくれようとしただけある。
「アイズ様に前世があるのは、なんとなく納得できます」
「え……? まさか、知ってたとか?」
「いえ、なんとなくですけど、子供なのに子供のように見えないというか、あまり泣かなかったっていうのもあるんですけど、とにかく辛抱強い方だなって……」
「…………」
そりゃ、1万年以上も生きれば、誰だって大抵のことは耐えられる。我慢することに慣れすぎたっていうのもあるが。
「あ、そういえばメイドさん、名前は?」
「……あ、そうでした。アイズ様には言ってなかったですね。そういう機会もなかったというのもありますけど」
彼女はメイドの間で孤立していて、名前を呼ばれる機会もなくて、おい、お前、とか、そこのメイドとか、そういう呼称で呼ばれていたんだ。
「私、シルビアって言います。アイズ様」
「そうか、シルビアか。良い名だな」
「そ、そんな……アイズ様ほどでは。お恥ずかしい」
シルビアは両手で顔を覆った。シャイなところがまた可愛いんだ。
「おい、お前」
そこに、エオルカの養子のアレクが現れた。何の用だろう?
「違う。愚弟のお前はこっちを向くな。僕はそこのメイドに用があるんだ」
「……はい、アレク様、どういった御用でしょう?」
「今すぐ、愚弟のアイズの頬をぶって、こっちに来い。そしたら、僕はお前を認めてやる。他のメイドのように名前で呼んで可愛がってやるし、給料も上げてやる。どうだ。悪い話じゃないだろう?」
「……アレク様、申し訳ありませんが、その提案はお断りさせていただきます。私は、ここでアイズ様と一緒にいます」
「こ、このクソメイドォ……僕に逆らうなんて、どうなっても知らないからな⁉」
アレクは耳まで真っ赤になって立ち去って行った。
「シルビア、大丈夫? あんなに怒らせてしまって。俺をぶつくらいならよかったのに」
「めっ、ですよ……って、前世を持っているのに、子供扱いして申し訳ありません。でも、その提案は私には絶対にできません。アイズ様。私はいつでもあなたの傍にいて、お守りいたします」
「シルビア……」
本当に献身的なメイドだ。
「そうだ。子供扱いするのを謝罪するなら、話してくれないかな? 俺の体、なんでここまで病弱なのかって」
「……そうですね。アイズ様には前世がおありになり、私にももしものこともあるので、お話しておいたほうがいいかもしれません」
シルビアがおもむろに語り始めた。
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