第2話 鍛錬
といっても、俺はいきなり
まずは基礎的な鍛錬からだ。
能力が発現していなくても、そのエネルギー源である魔力はある。
そして魔力操作による身体強化こそ、能力者同士の戦闘における基礎中の基礎であるというのは能力が目覚めた者にとって常識だ。
中には戦闘系のパラダイムではないのにもかかわらず、そう言った基礎を極めてガン攻めしてくる強者もいるそうなのだ。
なので俺もまたそんな人たちに倣うべく、魔力操作の修行を始めた。
まず行うのは魔力の循環だ。
生来魔力というのは知覚しているかどうかにかかわらず、デフォルトの状態は垂れ流しとなっている。
これを体内で循環させることで、自分の意思で魔力を操れるようにしようというのが、第一段階だ。
そのために行う修行がある。
それは――。
「…………」
座禅を組む俺。
そう。瞑想である。
ひたすら瞑想である。
一応他にも方法があることはある。しかし他の方法は危険だったり、他のシフターの協力が必要不可欠であったりと、俺には難易度が高い。
なので一人で安全にできる瞑想をすることにしたのだ。
これがなかなか難航した。
速く能力が欲しいという焦りが、マイナスに作用したのか、一向に俺は魔力の循環を行うことができなかった。
知覚はできている。
しかし、うまく魔力を手繰ることができない。
まるで水流に手を浸しているかのように、俺の意識を魔力がすり抜けていくのだ。
「どうしようか」
このまま瞑想を続けていけば、いつか魔力を循環させられるだろうか。
あるいは焦りを捨てればソレは可能だろうか。
しかし、どうにもそうはできない気がする。
ならばどうするか。
「うん、あの方法をとるか」
俺は先ほど言った、危険な方法の内一つをとることにした。
ソレはシンプルだ。
死にかければいい。
死にかけることで、生存本能が強制的に魔力を活性化させるのだ。
というわけで俺は真冬の森で、全裸になって滝に打たれるなどの荒行をこなし続けた。
死ぬかと思うぐらい寒かった。
それも一度では魔力を手繰れるようにはならなくて、毎週末そんなことをしていた。
だがその甲斐はあったのだろう。
俺は魔力を循環できるようになった。
なら次は魔力操作の精度の向上だ。
まずは魔力を体内と体表を自在に動かせるようにしたい。
能力者同士の肉弾戦の基本とは、いかに相手の防御魔力よりも多い攻撃魔力で殴るかである。
そのために魔力を集中させたり、偏在させたり、逆に満遍なく体を覆ったりするなどの方法があるわけだ。
しかし俺が目指す地点はそんなありきたりな方法とは一線を画す。
即応全集中。それが俺が目指す地点だ。
分かりやすく言おう。
攻撃する部位に即座に全魔力を集中させ、防御が必要な部位に全魔力を集中させる。
ソレを瞬間的に行い続ける。
そうすることで、全身に満遍なく、自身の発露できる全魔力を纏っているのと同様の効果を得られるだろう。
言うには簡単だ。
しかし、誰もそれをやろうとしない。
理由は二つ。
魔力を一部位に全集中させてしまうと、無防備になってしまう部分が生まれてしまう。
そこを突かれると、どんな熟練のシフターでも痛打を受けてしまうのだ。
だからシフターは、基本戦闘スタイルは全身を満遍なく魔力で覆うと言った形なのだ。そしてそれを攻撃や防御に応じて、ある程度偏らせる。
けれど他のシフターと同じことをやっているようでは、無能力者の状態で能力者に勝つなど夢のまた夢だ。
故に俺は俺自身に要求するのだ。誰もやらないような高難易度のことを。
というわけでやっていこう。
魔力を体内をゆっくりと動かす。というかゆっくりとしか動かせない。
ソレを四肢に順番に偏らせていく。
手、足、頭。
ソレをひたすら繰り返す。
段々魔力移動速度が速まってきたらもっと細かく魔力を偏らせる。
指先の一本一本に、内臓の一つ一つに、目に鼻に口に。
そうすることでその部分の機能が強化される。
目に魔力を集めれば視力が高まり、動体視力なども向上する。
鼻に魔力を集めれば嗅覚が高まり、嗅ぎ分けの力も上がる。
肌に魔力を集めれば防御力が、筋肉に魔力を集めれば筋力が。
他のシフターが漫然とやっていることを徹底的に掘り下げていく。
魔力を浸透させるなら、より細かく淀みなく的確にやるべきだと俺は鍛錬をしている内に悟った。
髪の毛の一本一本、筋繊維の一本一本、血管の一本一本。
体のあらゆる細胞を知覚し、意識し、魔力を巡らす。
そうすることで細胞の一つ一つが発する生命エネルギーをより効率よくかき集めることができるようになった。
肉体の全てを知覚し制御する。
これが魔力操作の基本にして極意。
俺は自然にそれを理解し、ひたすらにその技を高めていった。
そしてついに。
「0,1秒を切ったか」
全身の各部位に魔力を移動させるスピードが、人間の反射速度の限界を超越した。
同時に細胞の一片一片に魔力を全集中させることも可能となった。
これで俺は魔力操作の速度と精度を両立させたのであった。
となると残りは出力だ。
これまでの鍛錬によっても出力は充分に鍛えられていた。
だが足りない。まだ足りない。もっと強くなりたい。
そのためにやることは一つ。
魔力を使い切ることだ。
午前中の間に魔力強化を駆使して筋トレをしまくる。
午後は魔力切れになり、ひどい倦怠感と喪失感を抱えた体に鞭を打って、素の身体能力を鍛え上げる。
そして夜はしっかり眠る。
筋トレといってもただの筋トレではない。
深海二百メートルまで素潜りしたこともあれば、高度五千メートルを超える山で心肺機能を高める高所トレーニングをしたこともある。
何だってやった。
強くなりたかったから。
最強のパラダイムが欲しかったから。
そして何よりも――。
□
「っと。時間だ。起きないとな」
俺は起き上がる。
どうやら過去の鍛錬を思い出していたらしい。
鍛錬を始めた五歳から早九年。
今も俺は鍛錬を続けている。
俺は寝間着を脱ぎ捨てる。
露わになったのは無数の傷跡と、筋肉の隆起が刻まれた二メートルを超える筋骨隆々の体だ。
全身をくまなく覆う筋肉は、俺のこれまでの鍛錬の成果を表していた。
そして俺はジャージを着こむ。
専用のトレーニングシューズを履いて、自室の部屋の扉を閉める。
そして、
十五階のベランダからひらりと飛び降りた。
「ほっ」
膝を曲げて着地の衝撃を吸収する。
この程度の高さならば、魔力無しで行けるし、膝を曲げずとも無傷だが、それをしてしまうとアスファルトが陥没してしまうのだ。
俺の体重は現在百五十キロを超えているためだ。
そんな規格外の体に育ったには訳がある。
消化器官への魔力集中だ。
胃袋や腸に魔力を集中させることによって、圧倒的な栄養吸収効率を誇るようになったのだ。
ソレに日々の圧倒的な鍛錬量を掛け合わせることによって、ここまでムッキムキに育ったというわけだ。
俺はそのまま両足に魔力を込めて飛び上がる。
軽々と、三十階分は跳んだ。
そのまま近隣のタワーマンションの屋上に着地すると、まるで飛び石を跳ぶかのように、ビルを足場に飛び跳ね続けた。
こんなニンジャめいた動きもできるようになった。
ビルやアスファルトへの被害を考えなければ、更に高く速く移動することができる。
しかし今はこの程度でいいだろう。
俺が移動したいのはほんの隣の街なのだ。
「行くか。能力者の街へ!」
そう、俺が向かおうとしているのは、能力者たちがたむろする治安最悪の大規模スラム街だった。
俺はそこで、能力者狩りを行おうとしていたのだった。
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