第十九章  サンバラシアへ ~交錯する想い~

クォラス「さぁ、瞬君。 腕を見せてくれ。」


瞬「え、はい。」


クォラス「ほぉ、この辺りなら俺でも治せるな。 だぁーっ!!」


思い切り腕をはたくクォーラシアセル。


瞬「うわーッ! い…、たくないぞ? え!? 治ってるし!」


アスカ「お父さんの治療はややこしいのよ~。

   普通にすればいいのにからかい好きなんだから。」


クォラス「ハッハッハ、いいじゃないか。 では、城内を案内しよう。」


瞬「王様自らですか?」


クォラス「いやぁ、王なんて偉そうな身分をやってるんだがこれがまた暇でな。

    アスクァーシルの写真を眺めたり、そこら辺を散歩してみたりとそんな毎日なのだ。」


アスカ「は、恥ずかしい…。 そんなことしてたんだ…。」


クォラス「アスクァーシルはあの衣装を着たらどうだ、せっかくこっちにいるのだしな。」


アスカ「う、やっぱ着なきゃダメか。」


クォラス「サンバラシア兵の士気も上がるだろう、何せ6年振りの帰宅なのだからな。」


アスカ「はーい、チェリーシェルちゃんも一緒に行こっか。」


チェリーシェル「ん!」


そう言って王室を出るアスカとチェリーシェルの手を煩わせないようにセヴァースが

扉を開ける。


改めてお姫様なんだな、などという実感が沸いてくる。


クォラス「どうした、アスクァーシルがいなくなって淋しいか?」


瞬「ちょっと、何て事を。」


クォラス「ハハハ! いい男だというのにな。 

    ところでだ、瞬君に見てもらいたいものがあるのだ。 いいかな?」


瞬「はい。」

そう言われてクォーラシアセルに付いていくと玉座の裏の扉に通された。

見た目には壁にしか見えず、扉の存在を疑っても確認など不可能な造りだった。

その部屋は狭かった、他の部屋に比べれば。

でも広い、豪邸のリビングくらいはある。

所狭しと色々置かれているが、きちんと整理されていた。

おもむろにどかっと座り込んで瞬にこれを見て欲しいのだ、と促すサンバラシアの王。

それは額縁に収められた写真だった。

古くはなかったがよほど大事なものであろう事はすぐに分かるくらい額縁が擦り減っている。

恐らく毎日のように持っているのだろう。


瞬「あ、アスカだ。」


クォラス「ハハハ、よく似ているだろう? 髪の色を除いてな、俺の妻だ。」


瞬「えっ、フィオラーシルさんですか!?」


クォラス「あぁ。 よくできた妻だった、俺には勿体ないくらいな。

    伍神聖にしては珍しい恋愛結婚だった、もともと病弱なやつでな。

    アスクァーシルを産んだ時点で命に障るほどの疲弊があった。

    でもこいつはどうしてもあと一人欲しい、そう言ったんだ。

    俺は嫌だったよ、確実に死ぬと分かることをしてくれと言われてるようなものだったからな。

    瞬君ならこんな時どうする?」


瞬「えっ!?」


クォラス「まぁ、立ちっぱなしでは何だろう。

    座ってくれ、あまり綺麗ではないがな。」


瞬「失礼します。」


腰を下ろす瞬にクォーラシアセルは続けた。


クォラス「別に何か試すわけではない、思ったまま答えて欲しいのだ。」


瞬「僕なら絶対に嫌です。

 例え願われても叶えられるものとそうでないものがあります。」


クォラス「そうだろう、愛しているのなら尚更な。 俺もそうだった。

    だが、妻はそうしないと自ら命を絶つと言ったんだ。 

    俺には理由がさっぱり分からなかった。 今もだ。

    結局押し負けて再び子を宿したあいつは奇跡的に子供を産めた。

    アスクァーシルも言っていたが、命と引き換えにな。」


瞬「それが、サーリッシュさんというわけですか…。」


クォラス「! ヴァルセから聞いたのか。」


瞬「名前だけですよ。」


クォラス「ではサザンクレッシルの名も聞いたのかな?」


瞬「はい。」


クォラス「ヴァルセめ、お喋りな奴だな。

    まぁ、細部の事情は知らんだろうが。」


瞬「あ、そこは僕が無理にお聞きしたんです。」


クォラス「ヴァルセを庇わなくてもいい。

    結果、喋っているんだからな、あいつは。

    瞬君は私の妻の気持ちが分かるかな? 君なりの解釈でいい。

    死んだ者に口は無いから真相は分からんからな。」


瞬「ひょっとしたら2人目を産んだ時点で…、いえ、それよりも前に死を感じ取れたとしたら、

 これからの子を自分と思って育てて欲しいという意味があったかもしれませんね。」


クォラス「どういうことだ?」


瞬「もしサザンクレッシルさんを産んだ時点で死が見えたなら…、

 先の短い自分の為に心を痛めるより、

 子供に自分を見出して幸せになって欲しかったのかもしれません。

 長く辛みを共感するほど別れの瞬間は苦しいものです。

 ひょっとしたらフィオラーシルさんもクォーラシアセルさんを愛しているが故の選択だとすれば、

 悲恋ですが辻褄だけは合います、認めたくも考えたくもないことですが…。」


クォラス「ハッハッハッハ!」


瞬「え!? 何か変なこと言っちゃいましたか?」


クォラス「そうじゃない、瞬君の言ったような事が事実な気がしたら笑えてきてな。

    確かに真実は分からん。

    だが、あいつは本当に大事な事は言わない優しい奴だったよ。

    もし瞬君の言ったことが本当なら何て俺は愚かしいことをしたものかな!

    妻の心情を読むことができなかったのだ、情けない。

    夫の俺より夫らしい答えを出す瞬君の方が出来た奴だ。」


瞬「そ、そんなことはないですよ。

 願いを叶えてもらうことがフィオラーシルさんの願いなら、

 それを叶えてあげられるのはクォーラシアセルさんしかいないですよ。

 お互いにつらい願いだったと思います。

 それを越えて叶えてくれたクォーラシアセルさんに愛されて幸せだったんじゃないでしょうか。

 奥さんの事はクォーラシアセルさんのほうが詳しいに決まってます。

 ですからフィオラーシルさんを知りもしない僕が言えることではないですが…。」


クォラス「ふっ…、そうかも知れないな。

    だから死に目にあんなことを言ったのか…。」


瞬「そ…、---あ。」


クォラス「どうした、言ってみてくれ。 変に気を遣わない方が俺は好きだな。」


言いかかって止める瞬にクォーラシアセルは最大限の興味を持って瞬に次を話すように促した。


瞬「フィオラーシルさんの事を思い出すのはたまにでも、いっそ忘れてもいいから、

 クォーラシアセルさんは幸せになって欲しい、なんて…。」


クォラス「まさにその通りだよ、君には敵わないな。

    俺より妻のことが分かっている。」

瞬「きっと僕ならそう言うと思ったんです。」


クォラス「地球人の中でも持つものが数少ないといわれる”思いやり”の心か。

    他人に自分を置き換えて他人なのにあたかも自分のように相手を大事にする感情だな。

    俺にももっとそういった配慮があればもっと幸せにできたのだろうな。」


瞬「それはきっとないですよ。」


クォラス「どういうことだ?」


瞬「幸せにできない、という意味ではなくて

 フィオラーシルさんは有りのままのクォーラシアセルさんに心を惹かれたんだと思います。

 ですからその時に無かったものに後悔を感じちゃ、きっとフィオラーシルさんが泣きますよ。

 その時の事はその時にしか出来ないんです。

 思い返して後悔する瞬間の精一杯をあげていればそれ以上の幸せなんて誰も望みません。

 地球では宗教にもよりますが死を迎えた者を長い生涯想い、引き止めてしまうと

 魂はその人の下に帰ろうとしたり、心配で離れられず、

 結果転生をすることが出来ないで苦しむという考えが一説にあります。

 愛する人を忘れるなんて有り得ないですから、

 夫としてフィオラーシルさんの事は時々思い出してあげればいいと思います。

 ずっと自分に引きずられて残してしまった者に苦しみを与えてしまう事こそ、

 フィオラーシルさんの真に望むところではないと思うんです。

 誰かと一緒になる必要は無いですが、奥さんを忘れなければ、

 こっちでクォーラシアセルさんがつらみを少しでも減らせれば、

 きっとフィオラーシルさんだって、もし見えない世界が存在するなら

 そこで微笑んでくれるんじゃないでしょうか。

 そういう意味を込めてきっと自分を忘れて幸せになってくれって言ったんですよ。」


クォラス「フィオラ…------!」

ただ閉眼し、瞬の話を聞き入るクォーラシアセルの頬には伝うものがあった。


瞬「すいません、偉そうなことを言って…。」


クォラス「いや、いい。 王として誰にも話せることではなくてな。

    第一話せても周りのものは俺に気を遣うだろうからな。

    気を遣わないで包み隠さず話してくれる君と知り合えて本当によかった。

    改めて、アスクァーシルのことを頼む。 

    君にしか娘を幸せに出来ないだろうし、君以外に任せたくない。」


瞬「頑張らせていただきます。」


クォラス「ハハハ、スマンな。 つい昔話をしてしまった。」


瞬「僕はそういったお話が好きですから。」


クォラス「俺にまで優しさを見せる必要はないぞ?」


瞬「そ、そんなつもりじゃないですよ!」


クォラス「ハッハッハ! 最高だ! もうアスクァーシルも着替え終わっただろう。 さて、出るか。」


瞬「はいっ。」


腰を上げ、王間に戻るクォーラシアセルについて瞬も部屋を後にする。

出口でぴたりと足を止め部屋に向くと瞬は一礼した。

その姿を見てクォーラシアセルは驚いていた。

そんな人間は居ないかもしれない。

だが瞬はクォーラシアセルの想いに溢れるこの場所に敬意を表したくなった。

色々置いてあるこの部屋のものは間違いなくサンバラシア王と王妃のものだとすぐに分かった。

聞かなくたって分かる、理屈じゃない。

この部屋に置かれたもの全てが想い、思い出を発している、そんな気がしてならなかった。

陽気なクォーラシアセルさんにも打ち明けにくい辛みや悩みがある、誰だってそうだ。

だからこそ、それを知った瞬にはこみあげるものがあった。

大切な部屋に通していただいたのだ、そんなクォーラシアセルに瞬は感謝の念しか出てこなかった。


瞬「ありがとうございました。」


クォラス「君は本当に凄い子だな。」


瞬「とんでもない、そんな事はないですよ。」


アスカ「あ、どこ行ってたのさ~。 遅いよ~!」


瞬「あ、ごめ…」


言葉が詰まった、無理も無い。

花嫁衣裳のような格好をしたアスカがそこにたのだから。

オレンジとイエローのウエディングドレスと言ったらピンと来るかも知れない、正にそれだった。


アスカ「…どうしたの? 固まってるけど、変だった?」


瞬「き、綺麗だ…。」


アスカ「ふえっ!?」


瞬「すごい綺麗! ほんとにお姫様だ! ここまで来たら生きた芸術だよ! 

 こんなに綺麗な子が僕の彼女なんて信じられない! っはぁ~…。」


アスカ「あ、あう。 照れる…。」


一気に衣装よりも真っ赤になって照れるサンバラシアの姫、アスクァーシルこと陽河 アスカ。


クォラス「だろう、だろう? だからアスクァーシルがモテない筈が無いと言ったんだ。」


瞬「えぇ、分かっていたつもりでしたが全然考えが及んでいませんでしたね。

 甘かった、こんなに美しいだなんて…。」


セヴァース「立派なお美しい大人の女の人になられましたな、セヴァースは嬉しいですよ。」


アスカ「み、皆やめて。 溶けるよ~。」


チェリーシェル「あうーっ!」


瞬「さくらちゃんもおめかししたんだね、可愛い。」


そう言って抱っこして欲しいと手を伸ばすチェリーシェルをそっと抱っこする瞬。


チェリーシェル「ふふふーっ。」


ご機嫌だ、にこにこしているチェリーシェル。


クォラス「いやぁ、ほんとだよセヴァース、アスクァーシルは綺麗になった。」


瞬「化粧が化けるための化粧じゃないですもんね、美しさを際立たせる化粧なんですから。」


クォラス「瞬君! うまいっ! まさにその通りだ!!」


瞬「これはもう隠しても溢れ出る気品そのものですね、

 化粧が似合うのも元がいいからに他ならない。

 衣装もアスカを引き立てていますからね。

 これほどまでの美しさなのに日常何で気付かなかったか、僕が情けない…。」


クォラス「仕方ないだろう、日常の服ではアスカの美しさを引き立てられないのだからな。

    だが、瞬君。 これからはもう大丈夫だな!」


瞬「そうですね、もう大丈夫です。 もう洗礼を受けましたから。」


クォラス「ハッハッハ!」


アスカ「二人ともやめてーっ。 お願い~っ。」 


クォラス「瞬君もサンバラシアの衣装を着てみるといい。

    アスクァーシル、あの衣装を瞬に着せてみてはどうかな?」


アスカ「あっ、あれね。 はーい。 瞬、こっちだよ。」


瞬「あ、うん。 一度着てみたかったんだ、動きやすそうだし。」


アスカ「ふふふ、ちゃんとしたのがあるから安心して。」


扉をセヴァースに開けてもらって共に王室を出ていく瞬とアスカ。

その姿を見送り、セヴァースが王の間の扉を閉じてクォーラシアセルに向き直った。


セヴァース「お泣きになられたのですか、クォーラシアセル様。」


クォラス「ふっ、そう見えるか。 俺も歳をとったかな。」


セヴァース「瞬殿をあの部屋に通されたのですか?」


クォラス「あぁ。」


セヴァース「私以外知らないあの部屋ですが、

     私とてお通し願えなかったあの部屋に瞬殿を通されたという事は…、

     やはり瞬殿はそれなりのお人なのですかな?」


クォラス「そうだな、瞬君はフィオラの心を持っていた。」


セヴァース「何と!! フィオラーシル様のお心をですか!?」


クォラス「実際フィオラは死んでいるから正直な話、あいつがそう言うかは分からないが、

    瞬君は俺の想いとフィオラの想いを自分なりに考えて併せて語ったんだろう。

    まるで妻の言葉を聞いているようだった。

    不覚にも涙腺が緩んでしまったがな。

    瞬君のお陰で俺は今からでもフィオラを幸せに出来るのだとわかった。

    彼の人を思いやる心には感服させられたよ。」

セヴァース「人を想う心、ですか。

     クォーラシアセル様、瞬殿は特別な心をお持ちのようです。

     想いが一際強いようにさえ思われます。

     フィオラーシル様のお心をお察しできたのもそのお陰でございましょう。」


クォラス「だろうな。

    感情で魔力を増幅し、身体強化して戦う人間なぞ聞いたことがない。

    瞬君は化けるぞ。

    今に瞬君の取り合いが始まる。」


セヴァース「我々もウカウカしておれませんな。」


クォラス「あぁ、全くだ。」

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