第十四章  動き始める運命の歯車 ~残酷な心の枷~

瞬「い、えあ…。」


アスカ「なぁに真っ赤になってるのよ。」


大きなまくらを持ったアスカは瞬の部屋に入り、ベッドに座る瞬の隣にちょこんと座る。


ピリリッ!


アスカ「あ、携帯鳴ってるよ?」


瞬「あ、あぁ。 そういやアスカの内線番号教えてよ。」


アスカ「いいよ、021だよ。 瞬は?」


瞬「040だよ。」


アスカ「はーい、登録しとくね。」


瞬「こんな時間にどうしたのさ?」


アスカ「ん、こんな時間だからこそ来たんだ。」


瞬「へ?」


アスカはうつむきながら手に持っている大きなまくらをきゅうっと抱きしめる。


双方が黙り込んでしまい、静かな時間が流れる。


部屋が明るくても真夜中の月と地球の輝きがアスカの肌を美しく照らし出す。


アスカ「…今日さ。」


瞬「ん?」


アスカ「嬉しかった。」


瞬「なにが?」


アスカ「私がサンバラシアの人間だって言った時さ、瞬 言ったよね。

    例え君が伍神聖、サンバラシアの姫であっても”アスカであることは変わりはない。”って。

    もう、たまらなく嬉しかった。」


瞬「学校の皆は?」


アスカ「瞬のおかげだよ、みんな”瞬に言われてハッとしたよ、アスカはアスカだよね”って。」


瞬「そっか、よかったね。」


アスカ「うん、瞬、あのさ…。」


瞬「うん?」


アスカ「好きな子…、居ないんだよね?」


瞬「どうして?」


アスカ「何となく知りたいの。 ね、今は居るの?」


瞬「アスカはどうなのさ?」


アスカ「わ、私が聞いてるんだよっ。」


瞬「なら、聞きたいアスカが先言ってよ。」


アスカ「う…。 い、いいから瞬言ってよ。」


瞬「…アスカも言ってよ?」


アスカ「うん。」


瞬「…居るよ。」


アスカ「! …そ、そうなんだ。」


瞬「じゃ、次アスカの番。」


アスカ「えっ。 だ、誰かくらい教えてよ。」


瞬「うわっ、ずるいよそれは!」


アスカ「教えてよぉ。」


瞬「だーめ。」


アスカ「言えない人なんだ。」


瞬「…今は。」


アスカ「…何でよ。」


瞬「言わなくても分かってるんじゃないの?」


アスカ「…綾香でしょ?」


瞬「へ?」


アスカ「…だってHEIGAに来た時あんなに楽しそうに話してたもん。」


瞬「え? ちょっと?」


アスカ「そうなんだ。 ちょっとショック。 年上好みなんだ。」


瞬「ちょっ、違うってば!」


アスカ「なにがよぅ。」


ぷう、とむくれるアスカ。 あの日に似ていた。


瞬「ああもうっ、何勘違いしてるんだよ。 綾香さんじゃないよ。」  


アスカ「うそだぁ。」


瞬「ほんとだよ!」


アスカ「じゃあ誰?」


瞬「う…、そ、それは…。」


アスカ「…? 綾香じゃないんでしょ?」


瞬「そうだよ。」


アスカ「じゃあ、何で言えないのよぅ。 ひかるとか?」


瞬「ち、違うったら!」


アスカ「あっ、双葉でしょ? 結構お似合いかも…。」


瞬「双葉?」


アスカ「あ、そか。 まだ知らなかったっけ…。

    話してるのは見たんだけどな。

    意外に息があってそうだったからそうかと思ったんだけど…。」


瞬「あぁ、もう。 鈍いなぁ。」


アスカ「…鈍い?」


瞬「え、えーっと…。」


何故か本当である理由を言わない瞬。


でもその真剣な顔つきを見たアスカは瞬の心の深層に持つ想いを察した。


アスカ「…あ、ひょっとして。」


瞬「ん?」


アスカ「うーん、やっぱ違うかなぁ…。

    勘違いだったらかなり恥ずかしいやつだな、これ。」


瞬「何さ、勿体つけずに言ってよ。」


アスカ「瞬の好きな人って…、---…ひょっとして、わたし?」


瞬「いっ!?」


必死に隠そうとしても正直すぎる瞬がそれをこなすのは不可能だった。

誰が見ても思いっきり顔に出ていたのだから。

ふぅーん、と言ってにんまり微笑みながら瞬を凝視するアスカ。

対する瞬は図星を言い当てられて顔を真っ赤にして俯いている。


アスカ「…。 …あ、あのさ、瞬さえよかったら、なんだけど。」


瞬「うん。」


照れて真っ赤になりながら俯く瞬を下から覗き込むように見上げるアスカ。


アスカ「瞬さえよかったら…、その、えへへ、わかるでしょ?」


瞬「…ウソ? 本当に?」


アスカ「ここで嘘なんて言わないよ…。」


瞬「…信じられない。 嬉しいよ。」


アスカ「…ほんとに?」


瞬「…うん。」


アスカ「私ね…、瞬のこと大好きだよ。」


瞬「!!」


アスカ「ねぇ…、瞬は…?」


瞬「アスカ…、大好きだよ。」


アスカ「…ふふふ、何時ぞやの寝言と同じだよ? 瞬…。」


瞬「そう言えばそうだったね。」


頬を染めて遠慮気味な彼女が可愛くて、そっとアスカの肩を抱き寄せながら小さく笑う瞬。

対するアスカも甘えて瞬の方に頬をすりよせる。


瞬「-----。」


アスカ「な、何で急に静かになっちゃうのよぅ。 照れるじゃない…。」


瞬の胸に顔を埋めてしまうアスカ、そんな女の子らしいしぐさがたまらなく可愛らしい。


瞬「あ、ごめん。 今まで好きなんて言われた事なかったからさ。」


アスカ「…こんなに、私のことに一生懸命になってくれるのに?」


瞬「ないよ。 アスカは…、きっとあるんだよね。」


アスカ「うん…。 でも…。」


瞬「でも?」


アスカ「ちょっと怖いの。」


瞬「…怖い?」


アスカ「…うん。」


またそろりと流れる沈黙、きっとお互いがお互いの出方を伺っている沈黙だった。

ちりーんと小気味よい金属音を響かせる風鈴の音がどこからか聞こえてくる。

そんな風鈴の音のような綺麗な声を瞬の部屋に響かせたのは先に切り出したアスカだった。


アスカ「私ね、飽きられちゃうの。」


瞬「え? 何に?」


アスカ「始めはね、みんな好きって言ってくれるんだけどね、その、なんていうか…。

    好きになる人皆に”疲れた”って言って振られちゃうの、私…。」


瞬「それはきっと本当にアスカのことが好きじゃなかったんじゃないかな?」


アスカ「ううん、きっと私がいけないの。 

    私すごくあまえんぼでさ、すぐくっついちゃいたくなるの我慢出来なくて。

    彼氏が照れるのとかも人目も気にしないからさ。

    そのせいで振られちゃうのは分かってるんだけどね、えへへ。」


瞬「それは我慢しちゃいけないよ、アスカは悪くない。」


アスカ「んー、そうなのかなぁ。 

    始めは結構そう言ってくれるんだけど…、…でも振られちゃうの。

    だから振られちゃうのが怖くて誰も好きになりたくなかったんだ。」

瞬「じゃあ、何で僕を…?」

アスカ「…だって好きになっちゃったんだもん。 

    寝言でも好きって言ってくれたのもすっごい嬉しくてさ。

    ずっと気になってたけど、始めはずっと瞬と仲良くしてたかったから我慢してた。

    瞬も好きな子居ないって言ってたからこの関係を壊したくなくてさ…。 

    でも、今日瞬がこんなに優しくしてくれてさ…、もうどうしようにも我慢できなくなっちゃったの。

    えへへ、矛盾してる。 

    何か変だよね。

    それに、私すっごくヤキモチ焼きなの。

    さっきも綾香と楽しそうにしてるの見てイライラしてさ。

    つい瞬に当たっちゃったの、…ごめんね。」


瞬「あぁ、だからHEIGAに来たときあんなに怒ってたんだ。

  アスカだって人間なんだからさ、そういうところくらいあるでしょ。

  というよりあってちょっと安心したかな。

  あんまりにも人当たりいいしみんなに好かれてるからさ、ちょっと不安だった。

  他の人にアスカをとられないかなって…。

  それにさ、僕の話聞いてた?

  僕は、アスカのこと好きだって言ったんだよ?

  好きっていうからにはアスカの全部が好きになったんだよ?

  アスカちょうどこんな時に言ってくれたじゃん、

  ”ばか、何て事言うの。 自分にもっと自信を持ちなよ。

   …そういうの好きじゃないな、…とっても嬉しかったんだよ?”ってさ。

  そっくりそのまま返すよ、アスカのこの言葉のおかげで僕は変われたんだ。」


アスカ「-----ッ!! 瞬って、本当に優しいんだね。

    …こんな私で、いいの?」


瞬「もちろん。

  …そんなアスカだから好きになったんだよ。」


アスカ「ふえええぇぇぇん。」


瞬「あ、あれ。 えーっと…。」


しがみついて僕の胸の中で泣きじゃくるアスカ、サンバラシアとの戦いが終わった瞬間が蘇る。

みんなが祝福してくれた中で唯一怒ったアスカ。

胸に感じられる温かみや湿っぽさはその時以上だった。


瞬「えっと、僕だってさヤキモチくらい焼くだろうし。

  それに力は弱いくせに独占欲は強いからさ、そういう意味ではお似合いのカップルかも。

  はははは、…は。」


カップル、何気に放った言葉に瞬は詰まってしまう。


アスカ「…ひっく、そうなんだ、瞬も私と同じヤキモチ焼きさんかぁ。

    えへへ。 私さ、これから瞬のカノジョさんなんだね。」


瞬「う、うん。 僕はアスカの彼氏なんだね。」


アスカからいい香りがどこからともなく風に乗って流れてくる。


瞬「アスカ…、お風呂入った?」


アスカ「っ! えっち! まだ早いよ!」


瞬「へ!? ち、違うよ! お風呂上りのいい香りがするからさ。」


アスカ「…ほんとうにぃ?」


涙目に小悪魔な笑みを浮かべて瞬を見上げるアスカ。

うわぁ、男としてこんな仕草は可愛くてたまらない。

女の子としての魅力を余すことなく全開にするアスカに瞬の挙動は明らかにおかしくなっていた。


瞬「ほんとだよ! 興味無い…、わけじゃないけど…、

  あぁっ、何言ってるんだこれじゃ自滅じゃないか、その…。」


アスカ「くすくす。 瞬ってほんっとおもしろいよね。」


瞬「そ、そうかな。」


アスカ「…あのさ、私がまくら持ってきた意味…、わかる?」


瞬「えっ!?」


アスカ「ち、違うわよばかっ! そういう意味じゃないよ!

    ま、まぁその、ここに来ている以上言い訳できないからあれだけど、

    瞬を試すつもりは全然ないんだけどさ…、いずれは…、ね?」


瞬「うん。 …あの、アスカは、さ。 そういう経験、あるの?」


アスカ「ふぇっ!? な、何てこと聞くのよぉ…。

    …気になる?」


瞬はアスカを抱いたまま静かにうなずく。


アスカ「う…、瞬は?」


瞬「あーすーか、いい加減ずるい。」


アスカ「あうぅ、そうだよね。 ---…あ、あるよ。」


瞬「あ…、そうなんだ。」


アスカ「…、いやだった?」


瞬「正直ちょっと驚いたけど…、まぁこれからだよね。」


アスカ「ひょっとして瞬は…、無かった?」


瞬「ん、まぁそうだよね。 好きなんて言われたことすらないし。」


アスカ「でも…、どうして? やっぱ気にする?」


瞬「経験ないから男としちゃ、その、比べられるのは…。」


アスカ「あ、そっか。 そりゃ気にするよね…。

    でも私はえっちぃ事好きじゃないんだ、愛情が嘘っぽくてさ。

    体目当てに優しくしてるのかどうかなんてすぐ分かっちゃうんだもん。

    比べないって言ったら信じてくれるか分かんないけどさ、その、瞬次第…、だよ…?」


瞬「ん、そうだよね。 ありがとう。」


アスカ「…何か納得してなさそうっぽいよ?」


瞬「う…ん? そうかな?」


アスカ「いいよ、何でも言ってよ。 ナイショはやだよ…。」


瞬「じゃその…、今まで何回した?」


アスカ「くすくす、やっぱりなぁ。 3回かな。 正直嘘っぽい愛情にうんざりしちゃった。

    3人目の相手何てちょっとだけ入ったら”痛ーい!”って言って止めさせちゃったの。」


瞬「…ほうほう。 今まで、何人くらい付き合ったことあるの?」


アスカ「付き合ったのは…、16人くらい…。」


瞬「うーわ、ほんとにモテるんだね。」


アスカ「瞬もほんとにヤキモチ焼きだね。」


瞬「過去にまで独占したくなっちゃうんだよな、ふぅ。」


瞬は柔らかに笑う。


アスカ「…瞬。」


瞬「え?」


アスカは瞬に抱かれたままそっと目を閉じて上を向く。


瞬「!」

こんな光景、漫画とかでしか見たことなかった。

色々な感情と思考が瞬の頭に交錯して瞬は動けないでいた。

いつまで待っても来ない瞬を見かねてアスカはパチリと片目を開ける。

アスカ「…早くしてよ、待ってるんだよ…?」

高鳴る心臓、アスカに聞こえやしないか気がかりだ。

自己紹介並みに、いや、それより緊張する。

もう彼女を、アスカを待たせられない。 

瞬は覚悟を決めてアスカに唇を近づけた。

キスになる。

そう思った瞬間、瞬の脳裏と胸に尋常ではない苦しみの感情が走った。

何でこんなに苦しいのか分からない。

キスをするのが嫌なんじゃない。

でもどうしてかこれ以上彼女の領域に踏み込んではいけないという恐怖感に苛まれた。

”大きな枷が瞬とアスカの2人の間にかけられている。”

それが今後2人の運命を大きく狂わすことになろうとは今生まれた恋人同士には知る由も無い。


アスカ「…ん? 瞬!? すごい汗だよ! 大丈夫!?」


瞬「あ、あぁ。」


アスカ「ごめんね、あれだけ戦ったんだもの戦いの疲れが出ないはずないよね。

    だめだなぁ、私ってば自分のことばっかりで瞬のこともっと考えてあげなくちゃ。

    今日はもう帰るね、おやすみ。」


瞬「待って!」


アスカ「えっ? きゃっ!」


瞬「…あっ。」


アスカ「…あ。」


部屋から帰ろうとしたアスカの手を引いて瞬は彼女の行動を遮った。

彼女を自分の胸の中に抱き止めたまではよかった。

だが、勢い余ってアスカの胸に手が触れてしまったのだ。


アスカ「しゅ、瞬っ、手、手ぇ、触ってる。

    …は、離して~。」


瞬「わっ、ごめん! 悪気があったわけじゃないんだ。」

慌てて瞬はアスカの胸から手を離した。

それからしばらくアスカとくっついていたが、彼女に対して変なことは一切しなかった。 


アスカ「----瞬の胸、大きいね。 …それに、暖かい。」


瞬「…そ、そう? 照れるな…。」


アスカ「…あのさ。」


瞬「ん?」


アスカ「胸…、手離してって言ったら本当に触らないんだね。

    私が言うのも何だけどビックリしちゃった。

    今までそんな人居なかったからさ。」 


瞬「僕はただ本当にアスカを大事にしたいんだよ。」


アスカ「----プッ。」


瞬「ん?」


アスカ「あはははっ!」


瞬「あーっ! 酷いなぁ、真剣に言ってるのに。」


アスカ「ううん、バカにしたわけじゃないの。

    それにしても瞬ってば優しすぎだよ。

    そんなに優しくされちゃったら私、もっと瞬に甘えたくなっちゃうよ…。」


瞬「えっ。」


アスカ「あのさ…、瞬。 私のでよかったらその…、胸…、触ってもいいよ…?」


瞬「あ、あれは事故で…!」


アスカ「…私、そんなに魅力無い?」


瞬「そんなこと無いよ!」


アスカ「…説得力無い。」


言われてみればそうだ、口で言っておきながら現実何もしないんじゃ矛盾してる。


ただ黙って瞬はアスカの胸にそっと触れた。


アスカ「…んっ。」


彼女の胸は大きくも小さくも無く、手のひらにすっぽりと収まるちょうどいい大きさだった。


アスカ「----ごめん…、その…、小さくて…。」


瞬「これで小さいの? ちょうどいいと思うけど。」


アスカ「…ほんとに?」


瞬「うん。」


アスカ「瞬にそう言われると自信ついちゃうな。

    えへへーっ。」


瞬「うっ…、可愛い…。」


アスカ「ふえっ!?」


…しまった。

あまりにアスカが可愛らしい素の笑顔を見せるもんだからつい口をついて出てしまった。

目を真ん丸にするほど驚いたアスカはさらにきつく抱きついて瞬の胸におでこを擦り付けて来る。

彼女なりの照れ隠しの仕方なのだろう。

そういう仕草が可愛いんだって。

…危ない。

また口をついて出てしまうところだった。


瞬「あ、あのさ、今日はここにいてくれないかな?」


アスカ「---いいの? 迷惑じゃない?」


瞬「いてくれなきゃ淋しいんだ。」


アスカ「くすくす、男の子なのに。」


瞬「あ、言ったな! 今晩は寝かせないぞこんにゃろ!」


アスカ「…えっちぃ。」


瞬「へ!? ち、ちちち違うよ! そういう意味じゃ…!」


アスカ「無いこと無かったりするんでしょー? 

    さては…、私の胸に触って興奮してるんじゃないのー?

    男の子ってば皆えっちなんだからぁ。」


瞬「ちがーう!」


結局そんなこんなでアスカとじゃれあっているうちに夜が明けてしまった。

辺りが明るくなったことに気付いた2人はただただ笑うしかなかった。

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