第十二章 少女、さくら ~あ・り・が・と・う~
その時、体はもう動かなかった。
その時、体は限界だってとうに超えていた。
アスカと指切りしたら何か安心して崩れ落ちてしまった。
全て覚えている、もしかしたらこの力は記憶を失う”僕自身の闇”の力とは別物かもしれない。
…でもそんなのはどうだっていい。
体が思うように動かせない自分。
それこそ僕はアスカを護ったという何よりの証だった。
僕は誓いを果たし、アスカを護ることができた。
でもこれは僕の誓いの序章に過ぎない。
これが正しかったか否かは全てこれからにかかっている。
満足だった、満ち足りて最高の気分だった。
ここまでやって初めて自己満足、なんてのも悪くない。
目覚めたら辺りはすっかり暗くなっていた。
鉛のように重くなった体をベッド伝いに起こして立ち上がる。
保健室の光景、真っ暗の空にはやはり月と地球。
今まで当たり前のことが変わってここに来て、またここに当たり前を見出す。
自分の運命は自分で切り拓く、その言葉がここまで如実に現れる場所もそうは無い。
ふらふらと酔った人間の様な千鳥足の足取りで瞬は保健室を後にする。
気になることがあるのだ。
非常に遅いペースではあったが、僕は学校の医療施設に向かった。
そう、僕が初めてその闇を部分を開放した際に助けたという少女。
その子に一目でも会っておきたかったのだ。
医療施設に着くと看護士は驚いていた。
そりゃそうだ、この体で学校別棟の施設まで歩いてきたのだから。
事情を話した瞬は半ば強引に車椅子に乗せられてその少女の下へと案内された。
少女の病室に着くと中からは女の子の声が聞こえる。
瞬を残して看護士が先に中に入り、少ししたら瞬も連れられて中に通された。
少女は瞬を見て何を思うだろう、それが気がかりだった。
怖いヒト。
少なくとも闇の自分に対する印象はそうだった。
少女「!」
瞬を見るや否や暗そうな表情をぱっと明るくさせて、少女は瞬の胸に飛び込んできた。
意外だった、その行動は少なくとも瞬の闇の自分に対する印象を変化させるものだった。
少女「あー、うー?」
瞬「へっ?」
看護士「その子は話すことができないんですよ、でも我々の言葉は理解できる様なんです。」
瞬「そうなんだ…、名前は分かりませんか?」
看護士「色々聞いた結果ですが、さくらちゃんって言うそうですよ。」
瞬「そっか! さくらちゃんって言うのかぁ、僕は瞬って言うんだぞ。 元気そうで何よりだよ。」
さくら「ふふふーっ。」
瞬が頭をぐしぐし撫でると嬉しいのか、ますますにっこにっこしてきた。
瞬によく懐いているようだ。
さくら「うーあ、うぅあ!」
瞬「うん? 何だい?」
よく分からない事を言うさくらちゃんはおもむろにぺこりと頭を下げる。
看護士が説明せずとも、初めて会った瞬にだってこの意味は分かった。
”ありがとう”だ。
彼女は言葉が使えない。
その事が尚更に意味や気持ちを痛烈に伝えてくる。
瞬「どういたしましてー。」
少女の頭を撫でながら瞬の表情も朗らかになる。
自分の胸にいるさくらちゃんを瞬はそのまま抱き上げた。
さくら「っ…! ふふふーっ。」
満開の向日葵か、コスモスの様に輝く笑顔をいっぱいに浮かべる女の子。
一瞬驚いたようだったけど、よっぽど嬉しいらしい。
しばらく抱き上げているとその光景に微笑む看護士も話を切り出した。
看護士「さぁ、瞬君は疲れているでしょうからもう戻りましょう。」
さくら「うぁっ!? あうぅぅぅ…。」
いきなりの別れにさくらという名の少女は悲しそうな顔をする。
瞬「大丈夫大丈夫、さくらちゃん。 元気になったらまた来るからさ。
それまで待っててよ、そしたら今度はいっぱい遊ぼうよ。 ね?」
瞬がさくらちゃんの頭を再びぐしぐし撫でるとぱぁっと表情が明るくなってこくこく頷いている。
ころころ表情が変わって可愛らしい。
子供らしい何て言葉も当てはまる。
病室を去る瞬に、さくらちゃんは音にしか聞こえない声を上げて笑顔いっぱいに手を振る。
それに応えて瞬も満面の笑みを浮かべて手を振って病室を後にする。
瞬「可愛らしい子ですね。」
看護士「そうですね、笑った顔は初めて見ました。」
瞬「えっ、今まで笑わなかったんですか?」
看護士「えぇ、瞬君が来るまでは一度も。
人見知りする子みたいで、始めは口も聞いてくれずなかなか手厳しい子だったんですよ。
これを機に変わっていってくれるととても嬉しいのですが…。」
瞬「御両親は?」
看護士「今現在ではまだいらしていません。
探しておられるのであればすぐにでも見えるでしょう。
さくらちゃんの事は警察に届けていますし、何にせよ保護してまだ2日目ですから。」
瞬「そうですか…。」
それから瞬は学校に戻った。
本当なら医療施設に入った方がいいらしかったのだが、倒れる間際に僕は懇願した。
体が重いだけで特に大きい怪我は無い。
だから病人扱いされて瞬はそこには入りたくはなかったのだ。
先生「やれやれ、まさかその体調で彼女に面会に行くとは。
知ったらまたアスカ君が怒りますよ?」
瞬「む、無茶な事じゃありませんよ!」
看護士に代わって先生が瞬の車椅子を押す。
瞬「アスカは?」
先生「何か用事があるとか言って先に帰っていきましたよ。
瞬君の傍にいれないのがつらい、何て言ってましたがね。」
瞬「そうですか。」
先生「ふふふ、気になりますか?」
瞬「ななな、何言ってるんですかっ!」
先生「おや、気にしていない聡哉君はどうしました?」
瞬「い、今聞こうと思ったんですよ!」
先生「ハッハッハッ! 彼は先に帰りましたよ。
まぁ、さすがに21時30分を回ってますから。」
瞬「! もうそんな時間なんですか!?」
先生「えぇ、さぁ保健室に着きましたよ。」
先生は瞬をベッドに寝かしつけると念を押して瞬に言う。
先生「いいですか、あれほどの激しい戦闘の後です。
私は当直ではないのでこれから帰らなければなりませんが、
くーれーぐーれーも!
無茶はしないでゆっくり休んでください、お願いしますよ?」
瞬「はい、分かりました。」
くれぐれも、に強いアクセントを加える先生に大きい笑い声を一つかけると、
先生は笑顔で保健室を後にした。
瞬「…ふぅ。」
そんな先生を見ながら一つため息をつく瞬。
迷いは無い、彼の心はもう決まっていた。
瞬は校庭を歩き去った先生を完全に見送り切ってから、ゆっくりと保健室を後にするのだった。
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