第十一章  誓いと約束 ~飛べるよ、一人で~

結果は見えていた、瞬が怒ったところで戦況は転じなかった。

あの力が覚醒すれば。 瞬を知る誰もがそう思った。

それはそうだ、あんな力を持ってすればいくらサンバラシアとはいえ最低だって対等にはなる。

…でも一向に覚醒しなかった、瞬は散々に打ちのめされた。

それは聡哉も同じ。

まるで虫の足を一本一本捥いでいくように甚振られ続けた。

攻撃を加えられる度に飛び散る血、血、血。

悲鳴を上げる周囲の人間、駆けつけた先生。

傍観に徹する他のサンバラシアの人間は当たり前のように見ている。


セヴァース「つまらんな! 愚かしすぎて笑いすらこみ上げるわっ!!

     先の虚勢はどうした!? 命を懸ければ勝てるとでも思ったか!?」


瞬「う…、ぐ…っ。 っ! ガハッ!」


血を吐く瞬、折れた肋骨が痛んで仕方ない。

死んでこっちに来たはずなのに痛みが生々しい。

もう体が痛すぎて痛いのか痛くないのか分からなくなってきた。

床を見る瞬の視界にパタパタ音を立ててこぼれる血。

僕は間違ったことをしているのだろうか?

そんな事は無い、アスカはここにいたいって言ってたんだ。

間違ってない、間違ってない、間違ってない!!

意識を失えば僕あらぬ僕があのお爺さんを倒してくれるのかな。

でもそれって僕が助けた事になるのかな。

負けたくないよ、でも相手は蚊ほどの力さえ出してないに違いない。

僕に力を…、力を…!

僕の想いがあのお爺さんに劣るとでもいうのか。

そんな事は無い、だって僕はこんなに…、こんなにアスカの事を…

でも僕がこんなに頑張ったってアスカの気持ちは別だ。

見返りを求めるな! 僕はアスカの騎士なんだ。

昨日の誓いをもう忘れたとでも言うのか!?

そんな事だからこんな所で負けるんだ。


セヴァース「もう動くことすら叶うまい、終わったな。

     我に挑んだ勇気に免じて命は助けよう、2人共な。

     折角の拾った命、大切にする事だ。

     だが約束は約束、姫様は返してもらうがな。」


それだけは嫌だ、僕はあの瞬間にアスカを護ると誓ったんだ!

それだけは許せない、一人で戦うと言った瞬間に僕はアスカの人生を背負ったんだ!

なのに…、なのに! 何も出来ずにアスカを渡したら僕はただの道化だ!

ただの自己満足でこの戦いを引き受けてアスカの人生を潰したんだ!

動けない瞬を背にして去っていくサンバラシア達。

アスカが駆け寄ってきて僕に触れて泣きながら必死に何かを言っていた。

何て言ってるか聞こえないよアスカ。

僕を貶してるのかな、勝てないならこんな事するな、期待なんてさせるなって。

少しもしないうちにアスカはセヴァースに促されて僕に背を向けて去っていく。

何で僕はアスカに陽河 アスカとアスクァーシル・サンバラシアのどっちになりたい何て聞いたんだ?

カッコつけたかったのかなぁ、…最低だ。

命を懸けた戦いで相手に生かされて護るべきものを奪われた。

去るアスカの背がぼやけて滲んでいく。

サンバラシアが去って駆け寄るみんな。

涙が止まらない。 

止めようと思う先から溢れる。

拭う手さえピクリとも動かない。

回復の魔法を唱えてくれる出来たばかりの友人。

あぁ、こんな情けの無い奴なんて見ないでくれ。 恥だ。


聡哉「瞬っ! しっかりしろ! 死ぬなっ!! すまない、すまない…っ!!

  まさかお前が俺を庇ってくれるとは思わなかった…!

  自分一人でやる気だったのかよ!

  ちくしょう!」


先生「瞬君! 死なないでください! 回復専攻生徒はもういないのですかっ!!」


聡哉も先生も何か言ってる。 

やっぱり何も聞こえないよ。

悔しいよ、ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう!

周りが急激に白くなっていく…、血が抜け過ぎた…。

…何だろう。

何かあたたかい。

気持ちよくなってきた。

周りの動きがゆっくりになって止まりそうになる。


瞬「----ッ!」


グッ、辛みがこみ上げたと思ったら体全体が地面に埋まる感覚がした。


瞬「うあああぁぁ------っ!!」


聡哉「!?」


先生「!?」


あまりに突然だった。

死の嘶きか。

いや、違った。

瞬がゆらりと立ち上がる。

皆は瞬のあの力の覚醒だ、そう思った。

違う。

…意識がある。

きっと今までなら気付けばベッドだったはずだ。

でも今は失うはずの記憶の中にいる。

体はどこも痛くは無い。

全身の力が入ってないみたいだ。


瞬「…聡哉、先生。」


先生「----ッ!? 意識があるのですか!?」


ふっと笑って小さく頷く瞬。


聡哉「怪我が一瞬で消えた!? し、信じられねぇ! 奇跡だ!!」


瞬「--聡哉。 アスカは?」


聡哉「バカヤロウッ!! 行くんじゃねぇっ! 今度こそ死んじまう!!」


瞬「--聡哉。 アスカは?」


同じ言葉を繰り返す静かな雰囲気とは裏腹な恐怖感が聡哉を覆う。


聡哉「…セヴァースとか言った爺さんに連れてかれたよ。

  なぁ、瞬頼むよ。 行かないでくれ、誰もお前を責めやしねぇよ。

  いや、そんな奴がいたらこの俺が許しはしねぇ。

  だから頼む、行くなっ!!」


先生「そうですよ瞬君! 君はサンバラシアの人間に果敢に立ち向かった! 

  その行為でさえ最高の栄誉ですよ! 行かないでください、瞬君!!」


生徒のみんなも瞬を必死に引き止める。


瞬「…行為だけじゃ駄目だよ、これは形にすべき事。

 君のために戦う、と言った”僕”をアスカを決して許しはしないと思う。」


聡哉「アスカはお前に”ありがとう”って言ったんだぞ!?

  泣いてたんだぞ!!? 分かるか!?

  お前に対して怒ってなんかいねぇよ!!」


その言葉を聞いて一瞬驚いた瞬の頬に涙が一筋つたう。

…嬉しいな。

それが正直な気持ちだった。


瞬「…僕は僕を許せない。 だから、行くよ。」


そう言った瞬の顔面を聡哉が思い切り殴り飛ばす。


先生「とっ…、聡哉君!?」


聡哉「この石頭が…! そこまで言うんならお前は止まらねぇだろう。

  仕方ねぇから行かせてやる! ただしゼッテー生きて帰って来い!! 

  この上死んだりしやがったらてめえの顔面踏み潰してやる!! いいな!?」


瞬「…うん。」


泣き叫ぶ聡哉に笑顔でそう言い残すと瞬は周囲一面に尋常ではない温度のない爆風、魔力の風を巻き起こして消えて行ってしまった。


聡哉「いっててて…、何なんだよ今のは…!!」


見渡すと周囲一帯の窓ガラスは欠片も残さず消し飛び、壁は割れ、

床材は天井に突き刺さり、そこら中に穴が開いていた。


聡哉がその辺り一面が瞬の飛翔によって破壊されている光景に気付いたのと、

瞬がアスカを連れたセヴァースの前に立ちはだかったのはほぼ同時だった。


セヴァース「ヌッ!? 何をしに来た!?」


瞬「…アスカをさらいに来ました。」


セヴァース「何ぃ? ハッハハハ!

     こりゃあいい! ここまできたら天性ものだ!」


アスカ「瞬っ…! 引いて! 今度こそ殺されちゃう!! …ってあれ?」


瞬に警告するアスカはセヴァースの下ではなく瞬の間近にいた。


セヴァース「!!?」


瞬「…遅いですよ。」


セヴァース「ほう、どうやら命はいらないらしいな。

     今度は本気で殺すぞ?」


そう言っていたセヴァースを背から蹴り飛ばす!


セヴァース「ぐおっ…!! 何だ!? いつの間に…!?」


他のサンバラシアの人間は瞬に構える。


瞬「聞いていなかったのですか?

 それとも油断ですか? ”遅い”と、言ったはずですが。」


セヴァース「お…、のれぇ!! 我を本気にさせた事をッ…!! ぐおっ!?」


セヴァースが吹っ飛ぶ。

瞬は動いていない。


セヴァース「ぐあっ! があっ! うっ!!」


瞬は動いていない!! なのにセヴァースはダメージを受け続ける!

サンバラシアに人間達も瞬が打っているようには見えず動くことが出来ない!

さっきとは反対に散々打ちのめされたセヴァースの下に歩み寄る。


セヴァース「くっ…、お前の仕業なのだろうが…、全く見えなかった。

     ここで我を殺さず、手を止めた理由を聞かせてもらおうか。」


瞬「あなたは、戦いに敗れた僕を殺さなかった。 だからじゃない。

 それ以前にあなたはアスカのお爺さんだ、だから殺さない。

 いや、僕には殺せない。

 あなた方に事情があるのは分かります。

 次期頭領であるお姫様がいないともなればさぞかし大変でしょう。

 ですからアスカはあなた方にお返しいたします。」


アスカ「えっ…?」

瞬「もともとはサンバラシアのお姫様だ、色々な事情があるのでしょう。

 でもこっちに来て日の浅い僕に詳しいことは分かりません。

 分かって欲しいなんて言えた義理じゃないのは重々承知しているつもりです。

 でも…。 でも…、僕達にもアスカは必要なんです。

 あなたはアスカを渡したら今まで通りの生活が待っている、そう仰った。

 …でもそんなことは無い、言わずとして僕には今までと同じ生活が待ってなどはいない。

 アスカはこっちに来て右も左も分からずゴブリンに襲われていた僕を助けてくれた。

 それだけじゃない、こっちでアスカは人気のある人当たりのいい子なんです。

 そんな優しいアスカがいない何て少なくとも僕には考えられない。」


アスカ「瞬…。」


兵士A「そんな事言ったところで我らサンバラシアが聞く耳を持つとでも思ったか!?

   セヴァース様に代わって我々が貴様を叩きのめしてくれる!!」


?「…やめいっ!!」


他のサンバラシアの者の攻撃衝動を一喝して制したする声がこだました。


兵士B「何故ですっ!? …ああっ!?」


ゆっくり立ち上がる老兵のセヴァースと、

不満を漏らす若い兵の近くにいつの間にか始めには見かけなかった壮年の男が立っている。


セヴァース「…クォーラシアセル様、申し訳ございません。」


クォーラシアセル「気にするな。」


クォーラシアセルと呼ばれるその男はセヴァースの手を引きながら瞬の方を向く。


瞬「…?」


クォーラシアセル「俺の名は聞いての通りクォーラシアセル・サンバラシアと言う。

        親しみを込めてかクォラス、何て言う奴もいるな。

        伍神聖が一つ、光と炎を象りしサンバラシアの王を務めている。

        まさかセヴァースを敗る人間がいるとはな、想定外だ。

        名前を覚えておきたい、教えてくれないか?」


瞬「はい。 如月、如月 瞬です。」


クォラス「! おぉ! お主があの如月 瞬だったのか!

    一度会いたいと思っていた。

    そりゃあ瞬が相手じゃセヴァースも負けるってわけだ。

    しかし瞬よ、年寄りはいたわってやらんとな! ハッハッハッハ!!」


ん? この人当たりのよさ、まさか…。


アスカ「お父さん! 何でここにいるの!?」  


あ、やっぱり。


クォラス「なぁに、可愛い娘が6年越しにやっと見つかったんだ。

    すぐにだって顔を見たいのが親ってもんだろう?

    しかし…、ちょっと見ないうちに随分とまた美人になったものだな。

    それにしても勝手に家出しおって、血眼になって探したんだぞ?」


瞬「えっ、家出!?」


アスカ「だって、私こんな窮屈な生活嫌だったんだもん!」


クォラス「やれやれ、6年経っても変わらんものもここにありけりってところか。

    ところで瞬よ、確認しておきたいことがある。 さっきの話は本当かな?」


瞬「はい、偽りはありません。」


クォラス「ハッハッハッハ! そうだろう! そうだろうな! 

    こんなに美人なアスクァーシルがモテないわけないからな!」


瞬「ヘッ?」


アスカ「あぁ、もう。 お父さんだって変わってないじゃないのよ~。」


クォラス「ハハハ! おっとと、本題に入らねばな。」


そう言ってクォーラシアセルは真剣な顔になる。

さすがサンバラシアの王、威厳を感じさせる面持ちだ。

クォラス「いくつか聞きたいことがあるが…、よいかな?」


瞬「はい、僕に答えられる範囲のものであれば何なりと。」


クォラス「よし、いい返事だ。 では聞くぞ?

    瞬よ、君は言ったな。 アスクァーシルがこちらでも必要であると。

    少なくとも君にとってアスクァーシルがいないことなど考えられぬと。」


瞬「はい。」


クォラス「ん。 だが君はアスクァーシルを我々に返すと言った。 それは何故だ?」


瞬「アスカの気持ちを一番に汲んであげたいんです。

 それに僕は地球人ですからワガママだってあります、居て欲しいんです。

 でもそれだけでは結果的にアスカのためになるかは疑問が残ります。

 だってご両親の下にいるのが一番幸せに決まってますし、

 第一アスカには僕とは違う、”アスクァーシル”としての血や使命だってあるんです。

 こちらの一時のエゴでアスカを引き止めてよいものか迷いました。

 先に何があるかは分かりませんが、それでも結果的にアスカによいことであったか、

 そうでなかったかはこちらの行動次第だと思うんです。

 とはいえ、”結果はこちらの行動次第”と口で言うほど現実は甘くはありません。

 現に僕はアスカを護りたいと言いながらセヴァースさんに一度敗れています。

 恥ずかしい話、大層なことを言いながら力や現実が伴っていないのもまた現実です。

 ですから現時点で結果を出すことのできない自分が考えるに、

 それまでアスカはクォーラシアセル様率いるサンバラシア家に預けた方がいいと思ったんです。

 ただ…、あわよくばアスカにはたまにはこっちに会いに来て欲しいな、何て思いますが…。」


兵士A「クォーラシアセル様相手に取引を持ちかける気か!?」


クォラス「口を慎むのだな…。

    俺は今、如月 瞬という人間と話をしているのだぞ…。」


兵士A「! も、申し訳ございません!」


横槍を入れた兵士に対して鬼のような形相で睨みつけ、一喝するクォーラシアセル。

僕はこんな人がいることを知らずにサンバラシアに食って掛かったのか。

…無知とは恐ろしいものだと改めて痛感させられる。

こちらに向いたクォーラシアセルは再び優しい顔を取り戻して瞬に話を続けた。


クォラス「それにしても…、ほお、瞬は地球人だったのか…。

    それでいてセヴァースに敗れ、そして勝ったのか。

    地球人である割には話してしまっては明らかに不利になりそうな自分の欲までを素直に話してしまうのだな。 

    そういうところに俺は好感が持てる。

    そして、その上でアスクァーシルにとっての最善の手段を考え、

    現時点で何も出来ない自分達、瞬が出来る事。

    それがアスクァーシルを我々に托す事、そう言うわけか。」


瞬「はい。」


クォラス「…その意思を試させてもらおう、瞬。」


瞬「はい?」


すっと構えるクォーラシアセル王。


クォラス「かかって来い、瞬。」


瞬「えっ!? えっ!?」


クォラス「どうした、その様子じゃ俺にはさっきの言葉は偽りと取れるが…?」


瞬「違うっ!!」


シュッ!!


完全に背後を突いていた、なのに瞬の攻撃はいとも簡単に避けられてしまう。 


クォラス「…遅いな、まだ上があるのだろう?」


瞬「クッ!! まだまだっ!!」


瞬は絶え間なくクォーラシアセルに打撃を加え続けた!


聡哉「うげっ! 人増えてんじゃねぇか!?」


先生「あ、あれはサンバラシアの王”クォーラシアセル”!? 何故ここにっ…!?」


聡哉「ななな、何ぃっ!!? 何で瞬がそんな奴と戦ってんだよ!?」


後から駆けつけた学校中の皆が瞬とサンバラシア王との戦いを固唾を呑んで見守る。


瞬「このっ! このっ!!」


瞬の応戦も空しくクォーラシアセルは瞬の打撃を全て掠めること無く避けられてしまうのだ。


聡哉「っあー! 瞬の奴何やってんだよ! 全然当たらねぇじゃねぇか!」


先生「聡哉君、それは違う。 瞬君は驚異的に速い! 

  だがクォーラシアセル王の方がその瞬君より数段も速いんです!」


クォラス「どうした、こんなものか!? お主の意思誠意とやらもここまでか!?」


瞬「!! 僕はっ…! 僕はこんなものじゃない!!」


クォラス「--ムッ!?」


ドンッ!!


…だが瞬の渾身の一撃もクォーラシアセルの指2本の前にその威力を失う。


瞬「うぅっ…。 あ、たらない…。」


瞬はその場に崩れ落ちる。


クォラス「…ふむ。

    天球に来て僅か2ヶ月程と聞いているが、

    地球人がここまでの力をつけるとは正直驚きだな。

    ただスタミナがないのが悔やまれる。

    セヴァースとの戦闘時から時間が経つに連れて急激に速度が落ちているな。

    一時的な力なのかは分からぬが制御が全く効いていない上、

    潜在能力がありすぎるのだろうな、体が全くついてきていない。

    だが、たった2ヶ月というこれほどの短期間でありながら、しかも地球人でこの実力。

    噂に聞いた以上だった。

    セヴァースと戦った時のように万全の状態ならいい戦いができたに違いない。

    まぁー、ダメージ力が全然無いのはまた別問題だがなー、ハッハッハッ!」


瞬「酷いですよ~、あんまりな言いようだ~。」


クォラス「ハッハッハッハッ! 面白い奴だな。

    どうだ、瞬さえよければ一つ頼みを聞いてもらえんか?」


瞬「なんでしょうか?」


クォラス「アスクァーシル、瞬はアスカと言っている様だが…、

    彼女を、我が娘を瞬に預かってもらいたいのだ。」


瞬「へっ!?」


アスカ「お父さん!?」


セヴァース「クォーラシアセル様!?」


クォラス「何だセヴァース、瞬に負けたんなら異存無いだろー?」


セヴァース「うっ…。」


クォラス「ま、早い話俺は瞬の事が気に入ったのさ。

    それだけアスクァーシルの事を考えてくれるなら大丈夫だろうし、

    何より可愛い娘の辛そうな顔はもう見たくない。

    一度無理矢理連れ帰ったことがあったのだが、

    これが不味かったのか娘の元気が無くなってしまってな。

    それからというもの、娘を預けられる人間を探していたというわけさ。

    結果、白羽の矢が立ったのが君というわけだ、如月 瞬君。」


瞬「------。」


クォラス「それで、返事はいかがかな? 瞬君。」


瞬「すごく嬉しいのですが僕のような…、ハッ!」


言いかかって瞬はアスカのあの言葉が頭を過ぎった。 


?「! ばか、何て事言うの。 自分にもっと自信を持ちなよ。

 …そういうの好きじゃないな、…とっても嬉しかったんだよ?」


…そうだった、僕はこの言葉で変わって今を頑張ってきたんじゃないか。

傲慢ではなく、この役は僕の他に代われるものではない!!


瞬「…いえ、もとい。

 まだまだ若輩者の自分ですが、喜んで引き受けさせていただきます!!」


クォラス「ハッハッハ! いい返事だ、前のは聞かなかったことにしよう。

    不安がらなくても時間はたっぷりあるのだから追々精進したらいい。

    まだ若いのだから。」


瞬「はいっ!!」


クォラス「ま、ここにいると分かっている以上いつでも会いに来れる、というのもあるがな。

    淋しくなったらいつでも帰ってきていいんだぞ? アスクァーシルよ。」


アスカ「いーや。 それに私はアスクァーシルじゃなくてアスカだもんっ!」


舌をちょっと出してアスカはクォーラシアセルにあっかんべをする。


クォラス「やれやれ、仕方の無い娘だ。 では瞬! 娘を任せたぞ!」


瞬「はいっ! かしこまりましたっ!!」


そう言うとサンバラシア一味は天に舞い上がって学校を去って行った。

途端に沸き起こる膨大な歓声!

みんなが瞬の下に集まる。


瞬「あはは、何とかなっちゃいました。」


先生「よくぞ無事で…!! ありがとう、ありがとう…っ!」


ドカッ! べしゃっ。


瞬「ふがっ! だっ、だれだーっ!

 僕を殴って地面にちゅーさせてくれた奴はっ!!」


聡哉「この俺、聡哉様だ! アッハッハッ!

  ほんとによく無事だったよなぁ!?

  お前が親友である事を俺は誇りに思うぞ!」


瞬「こりゃまたえーらく手厚い歓迎だな、オイ…! あっ…。」


ふと気付くとアスカが瞬の目の前にゆっくり歩み寄って来た。

目には今にも零れ落ちそうなほどの涙をたくさん溜めて。


アスカ「…。」


瞬「アスカ…。」


突然アスカはそのまま瞬の胸に飛び込んで一言。


アスカ「ばかぁっ!!」


瞬「!!」


聡哉「おいおい、何言い出すんだよアスカ…。」


アスカ「ばかっ! ばかっ! 瞬のばかぁっ!!

   死んじゃうかと思ったじゃないのよばかぁっ!!

   何考えてるのよばかぁっ!!」


瞬「あ…、その…。 ごめん。」


アスカ「ごめんじゃ絶対許さない! ばかぁ~っ!!」


アスカが顔を埋めている胸の辺りが温かく、湿っぽくなってくる。


聡哉「ま、まぁ無事だったからそれでいいじゃねぇか。 なぁ瞬?」


瞬「ま、まあ何て言ったらいいか…。」


アスカ「よくないっ! こんな事されてばかりじゃ私の身が持たないよぉ…。

   ほんっとに心配したんだからぁ~っ、うええぇぇん。」


瞬「え、えっとこれは僕の推測なんだけどさ。

 きっとセヴァースさんやクォーラシアセルさんはさ、

 僕の力を覚醒させる手伝いをしてくれたんじゃないかなって思うんだ。」


アスカ「ひっく、何でよぅ。」


瞬「本気だったらいつだって僕を殺せた、いやそんな隙はいくらだってあったと思うんだ。

 アスカの事は分からないけどさ、何かそんな気がするんだ。」


聡哉「はぁ!? そりゃねぇだろ!?」


アスカ「そんな事どうだっていいよ! 私は瞬が無事だった、それだけで十分だよ…!」


瞬の血まみれの服を握り込む力がいっそう増すのが分かる。


瞬「あー…、えーっと…、もう何て言ったらいいか分かんない。 えーっと…。」


アスカ「でも瞬…。」


瞬「んっ?」


アスカ「ありがとう、…嬉しいよ。」


瞬「あ、うん。 よかった。」


アスカ「でも! もうあんな無茶しないって約束して!

   もうあんなボロボロになる瞬、二度と見たくないよ…。」


瞬「ん、分かった。 約束する。」


アスカ「ほんとだよ…?」


瞬「うん。」


アスカ「じゃ、指きり。 はいっ。」


アスカは瞬から離れると涙目で瞬に右手の小指を立てて瞬に差し出す。

瞬もまた同様に右手の小指を立ててアスカに差し出した。


アスカ「ゆーびきーりげーんまーん…。」


瞬「うーそつーいたーら…。」


瞬は真っ赤になって照れながらアスカと指切りをする。

アスカと瞬の声が校庭といつの間にやら紅くなった夕空に響き渡る。

その道中…。


?「…すまなかったな、セヴァース。」


セヴァース「私は私がアスクァーシル様の為にできる最善の事を、

     最高の手段を持ってして手助けして差し上げたい一心のみでございます。

     それはあなた様も同じでございましょう、クォーラシアセル様?」


クォラス「まぁな、だがセヴァースよ、本当にお前の”一心”はそれだけかな?」


セヴァース「…どういう意味でしょう?」


クォラス「何だ、分からないのか?」


セヴァース「ふふふ、クォーラシアセル様も御人が悪い…。」


クォラス「ハハハ。」


セヴァース「瞬は私の”足しか狙わず、殺意はなかった。”

     私は敵だというのに…、優しい奴ですな。

     …ですが、いずれその優しさが命取りとなる時がやって来ましょう。」


クォラス「それは彼が一番分かっているのではないかな?

    第一、いくら瞬が速かったとはいえ、お前ほどの人間だ。

    瞬の動きを完全に見切りきれていたその上で一芝居打ったのだろう?

    いずれにせよ、これほどまでに面白い奴が天球にやって来るとはな。

    切っ掛けは作った、彼はもう一人で飛べるだろう。

    次回、瞬に見える時こそ真に本気で相手をしてやれ、セヴァース。」


セヴァース「御意。」


クォラス「ハッハハハハハ…!!」


高笑いをしながら飛んでゆくクォーラシアセル率いるサンバラシア家の小隊。

今日は真夏日。

とても、暑かった---…。

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