第10話
カイン、と名乗ってくれたその人はニッコリと笑いかけながら話を進めていく。
「お客様、頭痛がするとのことでしたが、どういう痛みですか?」
「………? え、っと」
「痛みにもいくつか種類があるのですよ。締め付けられるような痛み、ズキンズキンと起こる断続的な痛み、何かで突き刺されているような痛み。お客様の頭痛はどれに該当しますか?」
そんなの、急に言われても分からない。
分かりやすいように例えてもらったけど、どれもピンとこない。
「どれにも当てはまらない………と思う」
そう言うとカインさんは一層笑みを深くした。
変な見た目と合わさって、悪い人のように見える。
「そうですか……ところで、このお店に一緒に来ている方はいらっしゃいますか?」
「…………テレシアさん、っていうりゅ――――人と来てる」
危ない危ない。
テレシアさんは今龍であることを隠したいだろうから、人と伝える。
もしかしたら、気づいちゃってるかもしれないけど。
でも、カインさんの反応は僕の予想とは違った。
「そうですか。あなたのお連れはテレシアという名前なのですね?」
「? そうだけど」
「………ありがとうございます」
カインさんはテレシアさんの名前に強く反応した。
僕の頭痛を治してくれないままどんどんと笑顔になっていく。
もしかしてカインさんもテレシアさんの知り合いなんだろうか。
それだと、この変なお店を選んだテレシアさんの行動にも納得できる。
それにしても、テレシアさんの知り合いは変な人が多いなあ。
「なるほどなるほど。彼女のお連れとあらばしっかり治療させていただきます」
「うん」
「先ほど挙げた痛みの種類、すべて当てはまらない場合にお渡ししている薬があるんですよ。それを服用すれば痛みも治まります」
「わかった」
カインさんは来ている服の内側に腕を伸ばし、中から薬を取り出してくれた。
どうぞ、と言われて渡された薬を観察する。
カインさんの服と同じく、薬も変な色をしていた。
赤と黄色の丸模様がびっしりとついていて、飲むのが少し怖い。
でも、その間にも頭痛は続いている。
「これを飲んだら治るの?」
「えぇ! 見た目で躊躇する方も多いんですが、効き目はしっかりありますよ」
「そうなんだ」
勇気を出して口に入れて、ごくり。
飲んだ瞬間、身体全体に何かが駆け巡る感覚があった。
頭から足の先まで、そこからまた頭まで。
どんどんと駆け巡るソレは、だんだんと熱さを帯びてきている。
熱い。
熱い熱い熱い熱い熱い。
これだけ熱くなってるのに、身体を動かすことができない。
それどころか、なんでか分からないけどどんどん眠くなってる。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ………!」
口から呼吸音が漏れる。
こんなときでも笑ってるカインさん。
僕が苦しんでいるのに、それを笑っているかのような。
それは………どこか、村の人たちを思い出させる。
「これを服用すると、強烈な眠気に襲われます。こちらにベッドを用意してありますので、どうぞ横になってください」
カインさんの言うとおりにベッドに横たわる。
体はずっと熱いままで、頭痛なんて気にすることができないほどだった。
人生で初めてのベッドなのに、その感触を楽しむ前に意識が落ちた。
※
「………眠りましたか」
目の前の少年を見ながらそう零す。
夕日のような橙の髪、琥珀色の瞳………そして感情が欠落しているような雰囲気。
南の関所に配置させた部下からの報告と一致している。
そして何より、この少年自ら放った言葉。
『…………テレシアさん、っていうりゅ――――人と来てる』
大方、龍と言いかけて変更したのだろうが、誤魔化しきれていない。
あまりにも学がなく、愚の骨頂であることが露呈している。
それについても、この少年がカタノ村で奴隷としてこき使わされていたことの裏付けとなる。
できるだけ会話を続けて情報を引き出そうとしたことが功を奏した。
この少年とテレシアは切っても切れない関係にある。
「貴方を人質に取れば、テレシアはすぐ助けに来るでしょうね」
そんな言葉が無意識に出てしまった。
この少年の頭痛についても心当たりがある。
だからこそ、例の薬を飲ませた。
これで、数時間後にこの少年は――――
「――――ッ」
思考を中断し、顔を傾ける。
何気なしに、日常の1ページのごとく。
そうするのが当たり前であるかのように。
傾けた顔の真横すれすれに飛んできたのは炎の塊。
音速を置き去りにする速さでそのまま壁に激突し、崩壊させる。
「………見つけた」
背後から聞こえてきたのはそんな言葉。
本来鈴のようにきれいな声色をしているであろうに、今は憎悪で満ち溢れている。
「…………ここは商業施設ですよ? こんなことをされてしまったら評判が落ちるじゃないですか」
「その子を返して」
「壁の修理代だって安くないんですよ? 幸い、二階で他のお客様がいなくて助かりましたが」
「なんでそこで寝てるの?」
双方の言いたいことをぶつける、チグハグな会話。
それでも、お互いが相いれない存在だということは明確。
「貴方が、この少年のお連れの方ですか?」
そう口に出して、彼女に向き直る。
炎を体現したような髪。
彼女の人間状態をこんなに近くで見るのは初めてだ。
興奮が抑えられず、思わず口角が上がってしまう。
そんな私の顔を見て、何かを思い出したような表情を浮かべている。
「なん、で………お前がここにいるの…………!?」
「お久しぶりです。私のことを覚えていてくださっているようで、とても光栄です」
「忘れるわけないでしょ!? お前は………お前だけは…………!!」
ああ、テレシアが私のことを覚えている。
それだけで天にも昇る気持ちになる。
鼓動が高鳴る。
全身が震える。
灰色の世界が、色付いて見える。
「改めまして、カインと申します。ここで会ったのも何かの縁ですし、以前の遊びの続きをしませんか?」
「サラマンダー掃討作戦の、続きを」
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