第8話

 たくさんの人の声、見上げるほどの高い建物、歩きやすいよう加工された道。

 でも、そんなことを気にしてるのは大勢いる人の中でも僕だけみたい。

 ここにいるみんなは、こういう環境に慣れてるんだっていうのがすぐに分かった。

 村にいたころには想像もできないほど、大きい街。

 それが、僕のジョーフィルに対する最初の感想だった。


「どう? すっごく大きいでしょ?」


 テレシアさんが話しかけてくれたけど、すぐには返事もできそうにないほどに見とれていた。

 この街がこうなるまでに何年かかったんだろう。

 どうやって道を加工したんだろう。

 そんな、ふわっとした疑問が浮かんでくる。

 テレシアさんへの返事には十数秒かかった。


「うん………びっくりしてる」

「さすがのサルムも、こういう景色を見ると感動したりするんだね」


 ニヤニヤしながらこっちを見てくる。

 確かに、これまで感動したことなんてテレシアさんの料理を食べた時くらいしかなかったような気がする。

 でもそれは、とてもおいしくて温かかったから。

 こんな、景色をみて感動するなんて初めてかもしれない。


「さて、立ち止まるのもその辺にしておいて、そろそろ歩こっか」

「………分かった」

「よーし! 私の友達が宿屋をやってるからそこに行こう!」

「テレシアさん、友達なんていたんだね」

「何て失礼なことをっ!」


 えいっ、と頭にチョップされつつもテレシアさんについていく。

 人が多く通ってる道から外れて、影が多くなった道をずんずん進む。

 入り組んだ小道を右に左にと曲がった末に、ようやくテレシアさんの足が止まった。

 その先にある建物は、いたって普通の家にしか見えない。

 テレシアさんに宿屋と言われていたけど、とてもそんな風には見えない。

 店は看板とかがあるものだと思っていたけど、そうでもないのかな。


「ここなの?」

「ここだよ~。全然宿屋に見えないでしょ? だから知ってるお客さんが少なくて、いつも部屋が空いてるんだ~」

「へ~。宿屋の人はお金足りなくなるんじゃないの?」

「まぁ、これ以外で稼いでるからね」


 たのもぉー、という気の抜けた声で扉を開けた先には、以外にもきれいだった。

 入ってすぐの部屋には横に長いテーブル、それを挟んだ奥に人が立ってた。

 男性のような女性のような、一目じゃ分からない見た目をしてた。

 その人は本を読むことに集中しているみたいで、テレシアさんの掛け声にも気づいてないみたい。

 それに見向きもせず、テレシアさんはテーブルに近づいていった。


「おーい! お客さんだよ~」

「あぁ、すまん………って、お前かよ」


 お客さん、という言葉に反応して、読んでいた本を閉じてテーブルに置いてからテレシアさんと話し始める。

 その人とテレシアさんの会話を聞いても、男性か女性か分からなかった。

 しかも、お客さんがテレシアさんと分かっても、あんまり喜んでいないみたい。

 やっぱりテレシアさんの友達っていうのは嘘だったかもしれない。


「久しぶりだね~!!」

「そんなに経ってないと思うが…………で、あの後ろの子が?」


 その人と目が合った。

 村にいた人たちとは違って、僕を真っすぐ見つめるその目は、何か遠くを見るような、全てを見透かしているような………そんな感覚になる綺麗な目。

 テレシアさんと初めて会った時と同じような目。

 ………テレシアさんの友達っていうのは本当なのかも。


「そう! サルムって名前なの! 可愛いでしょ!? 可愛いよね!?」

「嬉しいのは分かるが、落ち着いてくれ。……で、サルム。初めまして、俺はアーシャって名前だ。よろしくな」

「………よろしく」


 名前を言ったその人――アーシャさんは僕に軽く手を振ってくれた。

 僕の名前はテレシアさんが言ってたから挨拶だけ返す。

 アーシャさんはそれだけで満足したようで、テレシアさんの方に向き直った。


「それで、テレシア。ただ会いに来ただけじゃないんだろ?」

「そうなのです! アーシャちゃんにしか頼めない重要ミッションがあるのです!」


 そう言ってテレシアさんは両手を擦り合わせて、


「タダで、泊めていただけないでしょうかぁ?」


 と、頼み始めた。

 その声はいつもより高さが違った。

 村の人たちが外から来た人に対する声と似たようなものを感じる。

 相手に気に入られようとするときの声。

 それを受けたアーシャさんはニッコリと笑って――


「無理」


 気に入らなかったみたい。


「何でッ!? 私とアーシャちゃんの仲でしょ~!?」

「無理なもんは無理だ。泊まるなら相応の対価を払え」

「ぶ~~。アーシャちゃんのケチ~~」


 つんつんとアーシャさんをつついていると思ったら、急にはっとした顔になって僕の方を見る。

 黙ってやり取りを見ていた僕に、テレシアさんが近づいてきてぎゅっと抱きしめられて、頭をなでられた。

 そのままちらちらとアーシャさんを見つつ、ポツリポツリと話はじめる。


「ごめんねぇ、サルム。また寒い外で寝るしかないかも………。辛いよねぇ、ごめんねぇ………」


 どうやらアーシャさんの宿では泊まれないみたい。

 お金ならテレシアさんが持ってると思ったけど、そんなことはなかった。

 アーシャさんはそのやり取りを見て聞きにくそうにしながらも口を開いた。


「サルム、そうなのか?」

「全然辛くないよ。外で寝よう」

「だってよ」

「ちょっと!!」


 僕は外で寝てもいいんだけど。

 それでも、テレシアさんはどうしても室内で寝たいらしく、渋々お金を払っていた。

 お金、持ってるなら最初から払っておけばよかったんじゃ。

 でもこれで今日はベッドで寝れる。

 今までずっと床とか地面で寝てたからすごく楽しみ。


「うぅ~~、貴重なお金が………」

「毎度あり~」


 お金を払った後、一度アーシャさんの宿を出る。

 太陽はまだ空の高いところにあった。


「サルム、まだお昼だから買い物に行こ?」

「うん」


 テレシアさんのその言葉に頷いて、後ろをついていく。

 友達と会えたのが嬉しいのか、テレシアさんはずっと笑顔だった。

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