第7話

 焦げて真っ黒になった魚を渋々テレシアさんが食べてから数十分。

 森しか見えなかった景色がようやく変わってきた。

 歩いている道の先に見えてきたのは、高い壁に囲まれた街のようなもの。

 その大きさに、少しの間立ち止まっちゃった。


「あっ、見えてきた。あれがジョーフィルだよ。大きいでしょ?」

「………うん。すごく、大きい」


 びっくりしながらも足は止めずに歩き続ける。

 街を囲っている壁は近づくにつれてどんどん大きくなって、上も横も視界に入らなくなった。

 壁の向こうから、街に住んでいる人たちの声が聞こえてくる。

 その数もすごく多くて、そのほとんどが何を言ってるのか聞き取れなかった。

 確かにテレシアさんの言う通り、僕が住んでいた村と比較できないくらいに大きいし、人も多いみたい。


「ほら、あそこに関所があるでしょ? あそこから街に入れるんだ~」

「関所なんてあるんだね」

「うん。街に入ってくる人たちの調査をするの。犯罪歴はないか、とか、危ないモノ持ってないか、とか。これで街に悪い人を入れないようにしてるんだよね~」

「なんか、面倒くさそうだね」


 そっか。これだけ大きい街だと何かあった時に時間かかるだろうなと思ったけど、そもそも悪い人を入れないようにしてるんだ。

 村に住んでいるとそういう考えが出てこないなあ。

 何かあってもすぐ犯人は見つかるでしょ、みたいな。

 街に入る人を一人一人調べるっていっても、何を聞かれるんだろう。

 自分自身のことを何も知らないから、聞かれてもほとんど答えられないし………想像するだけでちょっと嫌な気分になってきた。


「………ふふ、なんか嫌そうだね。でも、確かに面倒くさいし私も嫌だけど、今から通る関所はそこまでちゃんとしないと思うから大丈夫だよ」

「え? そうなの?」

「うん。こっち方面って君がいた村しかないし、ジョーフィルとの関係も良好だからね。何かあった時だけちゃんと調べてるの。さすがに村が焼かれて消えちゃったことはまだ知らないと思うし、ちょっと話すだけで終わりだと思うけどね」

「悪い人が来ないか調べるのに、そんな感じでもいいの?」

「そこは同感。やるからにはきっちりやらないといけないと思うよ。まぁ、手抜きなおかげでこっちとしては助かるけど」


 人間は楽な方を選びがちだから仕方ないよねー、と続けるテレシアさん。

 そっか、そういえば僕たち村を燃やしてきたんだった。

 もし関所がしっかりしてるんだったら街に入れなかったり捕まったりするのかな。

 そうなったら、僕は慣れてるけどテレシアさんは辛いかもしれない。

 そんな時に、話してた関所が見えてきた。


「おっ! 見えてきたね~。サクッと通っちゃおう………か」


 だんだんと言葉の後ろが弱くなっていくテレシアさん。

 見えてきた関所には兵士みたいな人が複数人立ってた。

 鎧を着て、武器を持って。

 いかにも、通る人はしっかり調べます、みたいな感じで。

 その兵士が僕たちのことを見つけて、さっきからずっと目が合っている。

 ………あれ?


「テレシアさん。僕たちのこと待ってるように見えるんですけど」

「………だよ、ね。えっ? 燃やしたこともうバレてるの?」

「そう、なのかも?」


 こんなにオロオロしているテレシアさんは初めて見た。

 立ち止まってじっくり話したいけどそっちの方が怪しまれるから、とテレシアさんの言葉に従って、歩きながら会話を続ける。

 でも、テレシアさんの歩く速度は少しゆっくりになってるし、やけに背筋を伸ばしているのが分かった。

 威嚇でもしているのかな。

 そうして一歩一歩着実に近づいていって、関所までたどり着いた。


「そこの二人、見ない顔だな。少しいいか?」

「こんにちは~………っど、どうされました?」

「お前たちはカタノ村から来たのか?」


 少し問い詰めるような言い方。

 兵士の言葉にドキリとするテレシアさん。

 その目はしきりに泳いでいて、声も少し上擦っていた。

 それよりも、僕が住んでいた村はカタノ村って名前なんだ。


「そう、ですね。カタノ村から歩いてきました」

「二人で?」

「………はい」

「…………………そうか。念のため、これに手を翳してくれ」


 そう言って石板のようなものをこっちに見せてくる。

 テレシアさんが手を翳した後、何もわからないまま僕も同じようにやってみる。

 何が正解なのか分からないけど、ちょっと待っててくれ、と言い残して兵士たちは小部屋に入ってった。

 見えなくなったタイミングでテレシアさんが教えてくれた。


「あれは『審板』っていう道具なの。あれで私たちの手の形を調べれるの」

「シンバン………そんなのがあるんだ」

「そう! 過去に悪いことして捕まえた人たちの手の形と一致するか審査するんだよ。私たちはあれには引っかからないから、もしかしたら通れるかもね」


 少し希望が見えてきたみたい。

 さっきとは打って変わって笑顔が多くなったテレシアさんを見てそんなことを思う。

 過去に捕まったかどうかを判断するだけなら、確かに大丈夫そう。


「そういえば、テレシアさんは何で村を燃やしたの? 護衛を見つけるだけなのに」

「あぁ~~…………それには深い理由があって――――」


 ――バンッ

 言ってる途中で、小部屋の扉が開いた。

 部屋から出てきたのはさっき話してた兵士と、鎧の見た目が少し違う人。

 兵士のリーダーみたいな人なのかな。

 その人を先頭に、斜め後ろに兵士がついてこっちに近づいてくる。

 テレシアさんも少し動いて、僕の前に立ってくれる。

 それを見たリーダーの人は、少し戸惑いながらも口を開いた。


「遅くなった。それで、君たち二人についてだが――――」

「…………はい」

「――――特に問題がなかった。よって、ジョーフィルに入ることを許可する」

「………! ありがとうございます!」


 どうやら村を燃やしたことはバレていないみたい。

 急いで移動してきたのがよかったのかも。

 これでジョーフィルの街に入ることができる。

 少しわくわくしながら一歩前に踏み出した。

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