第6話

――コンコン。


「……誰だ。不必要にノックをするなと言っただろう」

「―――カインです。ご報告したい事がありまして」

「………お前か。入れ」


 返答を聞いた銀髪の男は、私兵二人が警備している厳重な扉を開けて中に入る。

 開けた瞬間、むせかえるような酒と生臭い匂いが鼻につく、大きなベッドが一つだけの簡素な部屋。

 一目で寝室と分かるそのベッドの上には肥えた男が一人と、その男を囲む数人の女。

 男は首や腕に過剰なほど装飾を施しており、一目で権力者ということが分かる。

 周りの女たちについても、例外なく皆が端正な顔立ちをしている。

 そして、その全員が一糸纏わぬ姿で肌を晒していた。

 この部屋で何をしていたかなど、想像に難くない。

 中心にいる権力者の男は煩わしそうに入室者に目を向ける。


「はぁ、興醒めだ。くだらん報告なら打ち首に処すぞ」

「承知しています。それより、早速本題ですが……例の奴隷を預けていた村が焼失しました」

「…………は? どういうことだ?」

「例の奴隷を預けていた村が焼失しました」

「二度言わなくてもよいわッ! 仔細を聞かせろと言っているのだ」


 叫ぶと同時、隣の女に手叩きつける。

 キャッ、という短い悲鳴と、赤みが強くなっていく柔肌。

 他の女が心配そうに寄っていき、慰めている光景は何とも姦しい。

 当然そんなことには目もくれず、男二人は言葉を交わし続ける。


「そうですか。しかし、現状判明していることは何者かが一夜にして焼失させたということのみです」

「……その何者かについては心当たりはあるのか?」

「一夜にして村一つを焼失させたことは分かっています」

「さっきも聞いたわッ! 他にないのかと聞いている」


 無駄な報告に感情を昂らせ、またしても女に手を出す。

 それでも女たちは男から離れない。

 機嫌を損ねて職を失うことの方が怖いからだ。

 そんな権力者に詰められても、飄々とした態度を崩さずに報告を続ける銀髪の男。


「そうですね。おそらくかなりの少人数での犯行だと思われます。大人数であれば私の部下が見逃すはずがありません」

「そうか。それもそうだな」


 これだけふざけた態度を取っていても罰されないのは、単に実力が高いことに他ならない。

 それに、余計に媚び諂われるよりよっぽど信用できる。

 部下ではなく協力者という立ち位置では、銀髪の男はこの上なく適任であった。

 だが、普段から上下関係を徹底している権力者の男にとっては、銀髪の男の言動は度々癇に障る。


「……それで、報告はそれだけか」

「はい。以上になります」


 報告を聞いた男は数秒考える素振りを見せ、口を開いた。


「……例の奴隷の村――カタノ村といったか。あれは南に位置しているな。関所の強化を指示しておけ」

「ふむ……理由を伺っても?」

「あの村から出発したとなると、このジョーフィルに来る他ないだろう」

「ああ、そういうことですか。ですが、そう言うと思いまして既にその指示を出しています」

「~~~っ………何なんだオマエは……っ!」


 その声に反応して身構える女達。

 だが、今回は暴力を振るわれることはなかった。

 銀髪の男が続けて言葉を発したからだ。


「もしかしたらですが………カタノ村を焼失させたのは、龍の一種であるサラマンダーかもしれませんね」

「……サラマンダーだと? 奴らは先の掃討作戦で絶滅したと聞いているが」

「『最後の一体に致命傷を与えたため、もうじき力尽きると考えられる』、という報告をいただいただけで、それで絶滅と判断するのは些か早計かと」

「ほぼ絶滅ではないか。よもや、そこから回復するなどありえない」


 ありえない、その言葉を聞いた銀髪の男の雰囲気が一変する。

 ニコニコとした表情は鳴りを潜め、先ほどの飄々とした態度の一切が消えた。

 信じられないほど愚かなものを見た時のような、怒りを通り越した呆れ。

 それはまるで、心から酔っている存在をバカにされたような。


「……領主様。お言葉ですが、貴方は『龍』という生物を見くびりすぎています。アレは一時期、神と同格に扱われた生物です」

「……………」

「貴方の考える神は、致命傷ごときで死に絶えるのですか?」


 底冷えするような瞳。

 人間ではなく、石ころやゴミを見るような瞳。

 そんな視線を受けた領主は指一つ、肺すらも動かすことができなかった。

 まるで、圧倒的上位者と対峙したかのような感覚。

 考えたいことが、言いたいことが、まとまらない。

 そんな状況下で、無意識に口が動いた。


「……貴様は――――何者だ?」


 その一言で、銀髪の男の笑顔に光が戻ったように見えた。

 発せられる殺気が和らいだような気がした。

 縛っていた鎖から解き放たれたような感覚。

 領主は急いで体中に酸素を送る。

 その時、周りを見渡して女達が失禁して気絶していることに気付いた。


「………貴方と同じ、ただの人間ですよ。では、私はこれで」

「…………」


 そう残し、銀髪の男は部屋を後にした。

 男が出ていった後も数十秒固まっていた領主だったが、おもむろに部屋の端に歩き、普段は締め切っているカーテンを何気なしに開けた。

 領主である自分が治める街、ジョーフィル。

 眼下に広がる商業区では、客を呼び込んだり注文を捌いたりと大忙し。

 いつも通りの街の様子は、いつもより色鮮やかに見えた。

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