第5話

 テレシアさんと村を出発してから何日か経った。

 特に代わり映えのしない街道に沿って歩いて、暗くなってきたら休憩という繰り返し。

 ご飯についても、約束通りテレシアさんが毎日作ってくれた。

 自分達で食材を調達しないといけないから料理のレパートリーは少なかったけど、どれもおいしかった。


 それと、ずっと街道沿いを歩てきたけど誰とも出会わなっかった。

 村に住んでいた時を思い返してみても、外の人を見たのは数回だった気がするから、誰とも会わなくても不思議じゃないのかも。

 もしかして、あの村は嫌われているのかな。

 そんなことを考えながら、テレシアさんが作ってくれた朝ごはんを食べる。

 今日の朝ごはんは焼き魚。

 近くに川が流れていて、テレシアさんがそこから魚を取ってきて焚き火で焼いてくれた。

 普段は肉か野菜しか食べないから、焼いた魚は僕にとって新しい味をしていた。


 僕は焼き色がついたの見てすぐに食べ始めたけど、テレシアさんはもう少し焼くのが好みみたい。

 炎を使う龍なのと関係あるのかな?

 そう思いながら自分の分を食べ終わる。


「ごちそうさま。今日もおいしかった」

「うんうん。毎度、美味しかったーって言ってくれてありがとうね」

「………? 本当においしかったよ?」

「私が作ったんだから当たり前でしょっ。――――じゃなくて、人から何かされたことに対してちゃんと反応してくれるのがありがたいなーって」

「……………普通じゃない?」

「その普通もできない人がいっぱいいるの!」


 いっぱいいる方を普通って言うんじゃないかな。


「………サルムはさ、自分がみんなとどこか違うってことに薄々気づいてるでしょ?」

「………………」


 僕にとっての普通がみんなの普通じゃないってことはこの数日間で痛いほど分かった。

 地面に直で寝ないこと、野菜も火を通してから食べること、長時間歩いたら疲れること。

 他にもいくつかあったけど、特に僕がびっくりしたのはこの三つ。

 村では普通に過ごしていたと思っていたけど、僕の感覚はどこかズレているみたい。

 もしかしたら、誰かの行動に一回一回反応するのも普通じゃないのかもしれない。


「…………うん。何が普通で、何が普通じゃないかが分からない」

「そうだよね。でも、あんまり『普通』って言葉に執着しない方が良いよ」

「何で? みんなと違ったらその分迷惑かけちゃうでしょ?」


 僕の問いに対して、テレシアさんは遠くを見るような目でつらつらと話し始めた。


「この世に普通の人間なんていないよ。誰しも、何かしらの特徴を持ってる。背の高さ、力の強さ、足の速さ。その特徴が良くても悪くても普通じゃなくなるでしょ?」

「そう、かも?」

「人間はみんな勘違いしてるけど、『普通』ってのは単なる指標であって、目標じゃないんだよ。無理して超えようとしなくてもいい」

「……目標じゃなくて、指標?」

「区別はするけど、差別をしていい理由じゃないってこと」


 難しいことを言われてるけど、なんとなく分かる。

 食事の時は素手で食べたり、そもそも名前が無かったりしたけど、ダメじゃないんだ。

 僕を励ますための嘘かもしれないけど、テレシアさんの言葉は信じたい。

 そう思わせる何かが、言葉に詰まっていたように感じた。


「そもそも、普通なんてもの気にするのは人間だけだよ。そんなの、心底どうでもいいし」

「………そうなの?」

「うん。しかも、サルムの場合は知らなかっただけだから、サルムも気にしなくていいよ」


 村の人たちはいつも僕のことをダメって言ってた。

 頭が悪いとか、気味が悪いとか、見るだけで腹が立ってくるとか。

 でも、テレシアさんは違う。

 僕のことを認めてくれる。

 僕に笑顔を向けてくれる。

 こう思うのは早いかもしれないけど、護衛として付いてきて本当に良かった。


「分かった。気にしない」

「うん! いい返事!」


 親指をぐっと立てたテレシアさんがまた僕に笑いかける。

 その笑顔が、晴れた空にある太陽の光が、焚き火のパチパチって音が、僕への応援のように思えた。

 ………焚き火?

 ……………あ。


「テレシアさん。魚、まだ焼くの?」

「え? 魚? ――――ッ!! 忘れてたっ!」


 急いで焚き火から魚を取り出すけど、真っ黒。

 魚の形は保っているけど、取り出したあとはポロポロと崩れて形もいびつになっちゃった。

 僕が食べたやつみたいには美味しくないんだろうな。

 というか、これ――


「焼かれた村の人たちみたいだね」

「おぅ……一気に食欲失せた…………」

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