第4話

 誰かが動く物音が聞こえて目が覚めた。

 朝に起きようと頑張ったけど、太陽はお空の高い場所に行ってるからお昼まで寝ちゃってたみたい。

 周りで燃えていた炎は、村の建物と一緒にもうなくなってた。

 昨日よりも風通しの良くなった僕の家だった場所。

 そこには料理中のテレシアさんが立ってた。


「……おはよう」

「おっ! 起きたんだ! おはよー!!」

「うん。何か作ってるの?」

「これはね……野菜たっぷりスープ!」

「そうなんだ」


 おいしそうな名前の料理に釣られてもそもそと起き上がり、テレシアさんの方に近づいてみる。

 近づくにつれて、いい匂いがどんどんと強くなっていく。

 テレシアさんは入れ物に入った具材をお玉でかき混ぜながら火加減を調整しているみたい。

 その傍には昨日にはなかった道具もたくさん用意されてた。

 見たことはあるけど、使い方が分からない道具。


「これ、なに?」

「うん? ……あぁ、これはスプーンって言うんだよ。他の家にあったから取ってきたんだ」

「これ、スプーンって名前だったんだ」


 確かに、親が食事をするときにいつも置いてあった気がする。

 これを使って食べ物を食べるんだ。


「棒のところを持って、先っぽで食事を掬って口に運ぶの。これだと手が汚れずに綺麗に食べれるでしょ?」


 まじまじと見ていたらテレシアさんが使い方を教えてくれた。

 ……この丸いところに食べ物を掬って食べるのか。

 うーん、一口が小さいなあ。

 手で掬って食べた方が良いと思うんだけど、そんなにみんな手を汚したくないのかな。

 あ、でもスープって料理はすごく熱そうだし、手で触ると火傷しちゃうかも。

 そういうところも考えて作られてるのか。

 ……でも僕は熱さを感じないから要らないんじゃ?

 まあでもテレシアさんに怒られるのは嫌だから使ってみよう。


「いただきます」

「うん! どうぞ~」


 スプーンの先っぽにスープを掬って食べてみる。

 どうしても一口は小さくなってしまうけど、パクリ。

 口に入れた瞬間に広がる味。

 昨日食べたお肉とは違って、体に優しい味がする。

 それに、野菜一つ一つが別の味をしていることが分かる。

 やっぱりテレシアさんは料理上手なんだ。


「……この料理もおいしい」

「ホント!? 良かったぁ~」


 また嬉しそうに笑ってくれるテレシアさん。

 僕の一言で嬉しくなってくれるとこっちも嬉しくなる。


「……サルム、やっと笑ってくれたね」

「…………笑った? 僕が?」

「うん。サルムの笑顔が見れて嬉しいなぁ~」


 僕は無意識に笑っていたようで、それを見てまた笑みを深めるテレシアさん。

 その笑顔は周りを照らす太陽のような明るさに見えて。

 ……なぜか、頭の奥がズキッっと痛くなった。


「……っ」


 昨日も感じたこの痛み。

 でも、昨日よりも少し痛く感じた。


「どうしたの? 大丈夫?」

「………うん、大丈夫」

「そう? あんまり無理しないでね」

「うん。ご飯、ありがとう」


 食べ終わった器とスプーンをテレシアさんに渡して少し横になる。

 いつも通りのかたい床。

 さっきの痛みは徐々に引いていってるけど、少し気になる。

 親に殴られた時もあんまり痛みを感じなかったのに、テレシアさんの笑顔を見た時は痛みを感じた。

 昨日のやつは、名前を付けてもらった時に感じたように思う。

 ………よく分からない。

 体勢を変えてテレシアさんを見てみる。

 昨日とは違ってお腹が空いているのか、スープを食べていた。

 美味しそうに食べる今のテレシアさんの顔を見ても、何も痛みを感じない。

 やっぱり、痛くなるのには何かしらの理由があるみたい。

 …………まあ、耐え切れないほど痛いわけじゃないし、何度も痛くならないならいいか。

 そう考えている間に頭の痛みは引いていった。

 テレシアさんもちょうど食べ終わったみたい。


「よしっ! 朝ごはんも食べ終わったし、早速秘湯に向けて出発しよっか。体調は大丈夫そう?」

「うん。治ったみたい」

「そっか、良かった。心配だったよ~」


 やっぱり、いくら強くても護衛の調子が悪かったら怖いんだろうか。

 そんなに怖いところなのかな、ヒトウって。


「昨日はお星さまを目印に、って言ったけどお昼でも目印はあるんだ」

「そうなの?」

「うん! あそこ、おっきい山があるでしょ? あそこに秘湯があるの」

「へー。夜だと暗くて見えないから星を目印にしてるんだ」

「そう! 理解が早いね~」


 じゃあ早速出発の準備をしよう、という声掛けと共に身体を起こす。

 この家から持っていくものなんて何もないから、準備時間はあんまりかからない。

 そもそも、ほとんど炎に燃やされて残ってるものが少ないし、アクセサリーも邪魔なだけ。

 テレシアさんも何も持って行かないと思っていたけど、料理の道具は持っていくみたいだった。

 大きめの袋をこの村に来るときに一緒に持ってきてたみたいで、それに詰めていた。

 横になったせいで固くなった体を伸ばしていたら、テレシアさんの準備も終わったみたい。


「もう帰ってこないかもしれないけど、ホントに何も持っていかなくて大丈夫?」

「うん。僕のものなんてあのアクセサリーくらいだし、あれも要らないや」

「そっか。良かった」


 すごい笑顔。

 何が『良かった』なんだろう。

 持ってく物が増えたら袋が重くなっちゃうからかな。


「じゃあ、行こうか」

「うん」

「次に行く街はジョーフィルって言うんだ~。すっごく大きいからびっくりするかもね」


 袋を持って歩きだしたテレシアさんの後ろをついていく。

 大きい街―――ジョーフィルまでは数日かかるみたいで、何回か休憩を挟みながら向かっていくみたい。

 街への道を歩いている途中、ふと振り返ってみると、そこには当然のように村はなくて空き地が広がっていた。

 人も、建物も、村の歴史も、元から何もなかったように。

 何もない空き地には太陽の光が注いでいて、住んでいた頃よりもずっと明るく思えた。

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