第2話

「お願いなんだけど……今日の僕のご飯、用意して」


 それを聞いてからのテレシアさんの行動は早かった。

 僕に待っててと告げたあと、ものの数分で僕が狩ったイノシシを三匹狩ってきてくれた。

 それだけじゃなくて、栄養バランスが悪いだのなんだのって、野菜も用意してくれた。

 料理の道具はアクセサリーと同じく燃え尽きてなかったみたいで、それを使って食材を手際よくカット。

 今は、切った食材を入れ物に入れて、テレシアさんが生み出した炎で肉と野菜を焼いてくれている。

 燃やし尽くすだけじゃなくて、調節もできるみたい。


「それにしても、ご飯用意してーなんて、随分可愛いお願いだったね」

「うん。夕方に狩ってきたイノシシがテレシアさんの炎で燃えちゃったんだ」

「うっ………それはごめんね。…………――――ほら、代わりのご飯できたよ」


 そう言って入れ物ごと僕に渡してくれる。

 熱々のはずの入れ物も、持ってみると不思議と何も感じない。

 笑顔で入れ物を渡されたし、熱く感じないのはテレシアさんのおかげなんだろう。

 そんなことを考えながら手に取って食べる。

 食材には火がしっかり通っていて、どれも柔らかくて美味しい。


「フォークの代わりになるようなものあるかな………って、素手で食べるの!?」

「うん。いうほほうひえう」

「あぁ、頭が混乱しちゃう………とりあえず、ちゃんと飲み込んでから話す! 分かった?」

「………料理はいつも素手で食べてる」

「…………そう、なんだ」


 なんだかまた悲しそうな顔している。

 素手で食べるのがそんなに悪いことだったんだろうか。

 親がいたときはいつも素手で食べろって言われてたし、普通だと思ってた。

 もしかして、食べるのにも何か道具が必要なのかもしれない。


「キミの家にいたおじさんとおばさん、素手でご飯食べてた?」

「いや、知らない。いつも親が食べた後に食べさせてもらってたから」

「……親、かぁ………そっか」


 頭に手を当てて、何か難しいことを考えているような顔。

 こういうときは話しかけない方が良い。

 前に同じような顔をしている親に話しかけたら、すごく怒られてしまった。

 話しかけてくるな、とか、視界に入るな、とか言われたのを覚えている。

 テレシアさんは怒らないかもしれないけど、少し怖い。


「とにかく、ご飯は食べるときも道具を使うの。そうやって素手で食べると手が汚れちゃうでしょ?」

「手についたやつも食べてきれいにすればいいんじゃないの?」

「そういう問題じゃないの! 今回は用意できなかったから仕方ないけど、次からはちゃんと道具を使うこと!」


 難しい顔から一転、プンスコと怒っているような怒ってないような顔で問い詰められる。

 食べるときにも道具を使うのは知っていたけど、親に禁止されていたからそっちこそダメだと思ってた。

 確かに、道具を使わないと食べるのが難しい料理もあるもんね。

 でも、親はどうして僕に教えてくれなかったんだろう。

 家には僕の分の道具がなかったのかな。

 …………まぁいいや。

 それにしても――――


「テレシアさんって料理上手なんだね。すっごくおいしい」

「……え? ただ肉と野菜を焼いただけだよ?」

「料理のことはよくわかんないけど、今まで食べた中で一番おいしいよ、これ」

「…………」

「そういえば、僕だけ食べちゃってたけどテレシアさんは食べなくていいの?」

「……………うん。私はイノシシ獲ってくるときに自分の分は食べちゃったんだ」

「そうなんだ。ならよかった」


 なら全部食べちゃってもいいよね。

 一応テレシアさん用に、少しは残してたけど。

 残していた一人分の料理に手を出して、そのまま全部食べ切った。

 いつも家で食べてた時より量が多かったけど、これくらいがちょうどいいかも。


「ごちそうさま。ありがとう、テレシアさん。」

「うん。お粗末様でした」


 食べ終わった僕のことを見て、嬉しいような安心しているような表情を浮かべていた。

 僕が食べ切れるかどうか心配だったのかな。

 それにしても、『おそまつさま』なんて初めて聞いた。

 言ったタイミング的に、ご飯食べてくれてありがとうみたいな意味があるのかな。

 人のために料理を作って、食べてもらったら感謝なんて、ちょっともてはやされすぎてる感じがする。

 『おそまつさま』に返す言葉はないのかな。


「さて、ご飯も食べたし、私との約束は覚えてる?」

「もちろん。約束通り、ヒトウまでついていくよ」

「やったー! ………すっごくありがたいんだけど、私のお願いも聞いてもらっていい?」

「……………なに?」


 もじもじしながらそう告げるテレシアさん。

 テレシアさんのお願いはできるだけ叶えてあげたいけど、僕にできることはテレシアさんもできそうだし……。

 なんだろう、暴力でも振るわれるのかな。

 やっぱり『おそまつさま』に返事してないのがよくなかったのかな。

 親からの暴力は全然痛くなかったから耐えられたけど、テレシアさんは力が強そうだから別のお願いであってほしいな。

 ちょっと身構えてしまう。


「お願いは二つあるの。一つ目はこれからもキミのご飯を私に作らせてほしい。もう一つは、キミに名前をつけたい。どう?」

「……ご飯? 名前?」

「そう!」


 身構えていたけど、テレシアさんの口から出たのは僕が考えていたものと全然違う内容だった。

 僕のご飯と、名前。

 名前はともかく、ご飯を作りたいなんて珍しいお願いだ。

 それはむしろ、僕の方からお願いするべきなんじゃ。

 でも、またあの美味しいご飯を食べれるんだ。


「また、ご飯作ってくれるの?」

「そうだよ~。でも、本命は名前の方! ずっとキミって呼んでるのも変でしょ?」

「そう、なのかな」

「そういうもの! それで、な・ま・え! 決めてもいい?」

「別に、良いけど」

「やったー! う~ん、そうだなぁ………」


 顎に手を当てて考え込むテレシアさん。

 でも、あんまり迷ってる感じはしてないように見える。

 なんとなく、本当は決まってるけどそれ以外に良いのがないか探してる感じがする。

 そんなに、僕にぴったりの名前なんてあるんだ。

 きっと、もっと早く名前をつけたかったんだろうな。


「……よし! 決めた! キミの名前は『サルム』!」

「………サルム?」

「そう! サルム!! いい名前でしょ?」


 サルム……サルム。

 不思議と、今の僕に合っているような、足りない部分を補ったような感じがする。

 名前ってすごいんだな。

 でも、同時に少し頭が痛くなった。

 頭が、身体がその名前を拒んでいるような痛み。

 でも、テレシアさんに余計な心配をさせたくないから、頑張っていつも通りのように反応しよう。


「サルム……」

「気に入ってくれた?」

「うん。いい名前」

「っ……!! その一言だけで救われるぅ……」


 何故かテレシアさんが感動してる。

 両腕で自分自身を抱いているようなポーズを取って、くねくね動くテレシアさんは少し面白かった。

 名前ももらったし、ご飯も作ってくれるって言ってた。

 相当、僕に期待してくれてる。

 ヒトウに行くまでの護衛、頑張らないと。


「ヒトウって、すぐに向かうの?」

「出来たらすぐに行きたいんだけど、途中で大きい街を通らないといけないんだよね」

「……それって、この村よりも大きいの?」

「比べるのも嫌になるくらい街の方が大きいね」

「へぇー」


 大きい街って言われても、あんまりピンと来ない。

 この村ぐらいの大きさだと思ってたけど、もっと大きいんだ。

 人もいっぱいいたり、建物もいっぱい立ってたりするのかな。

 すごく楽しみだなあ。


「明日の朝になったら出発しよう。夜は危ないから」

「でも、夜に山入ったりするよ?」

「それも危ないの! ほら、今日はぐっすり寝て朝に出発ね!」

「うん。分かった」


 朝出発なら、早く寝た方が良いよね。

 親が使ってたベッドで寝てみたかったけど、見渡しても炎しか見えなかった。

 いつも通り床で寝よう。

 そう思って固い床に横になって目を閉じる。


「うーん……ほんとは床で寝てほしくないけど、ベッド燃やしちゃったしなぁー……せめて温かくして寝てほしい~」


 テレシアさんが何か言った後、何かに体を包まれた。

 安心するような温かさ。

 これ、テレシアさんの炎だ。

 僕が燃えないような丈夫な体で良かった。

 おかげで、こんなにも安心して寝ることができる。


 ……そういえば、テレシアさんは護衛になれるような強い人を探してたんだよね。

 それこそ、テレシアさんの炎に耐えれるくらいの。

 その炎を僕が耐えたから、護衛として連れてってもらえるんだよね。

 でも、護衛でしかないはずの僕に対して、めちゃくちゃ優しい気がする。

 名前を付けるのは呼びやすいからだろうけど、ご飯を作ってくれたり、知らないことをたくさん教えてくれたり。

 そもそも、テレシアさんの炎を耐えたからといって僕が強いことになるのかな。

 …………考え事してたら眠くなってきちゃった。


「――――おやすみ。サルム」


 眠っちゃう直前に、テレシアさんの優しい声が聞こえた気がした。

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