龍と旅する灰色世界

刺身用品

第1話


 焦げ付くような匂いがした。

 橙の明かりが遠くに見えた。

 人の悲鳴と、何かが焼かれるような音がした。

 人一倍敏感な僕はすぐに気づいた。


 ――村が燃えている。


 山に狩りに出ていた僕は道とも言えないような道を急いで走る。

 村のはずれに着いた時には遅かった。

 小規模な村だからか、すべての家が残らず燃え上がっている。

 僕の帰る家も、ちゃんと燃えていた。

 そのまま炎は広がって、畑も、家畜も、人も飲み込んでいった。

 目の前に広がる光景は地獄のような、天罰を受けたような様相で、単純な火事ではないことは分かった。


 そのまま炎は広がって、ついには村のはずれにいた僕の場所にも広がってきた。

 炎が、触れる。

 ……不思議と、痛みや熱さは感じなかった。

 体も、着ている服も、何一つ燃えなかった。

 ……むしろ、心地よい温かさがあった。


 でも、手に持った木で作られた槍と、今日獲ったイノシシが僕を残して燃え尽きてチリとなった。

 空になった両手のまま炎に包まれた村に入っていく。


 パチパチといった音を聞きながら村を進んでいく。

 山にいた時から聞こえていた悲鳴はすでに止んでいて、動いている人は一人もいなかった。

 村の人たちはチリにならないで体が残っていたけど、黒ずんでしまっていた。

 みんな、痛みに耐えるために丸くなっていて、そこらじゅうに黒くて丸い物体が転がっていた。

 それ以上目に留めることもなく、炎に包まれている自宅に向かった。


 自宅には親だと思われる黒い塊が二つあった。

 それのほかにも、所せましと置かれていた家具や調度品もすでに燃え尽きていて、いつもより家が広く感じた。

 でも、金属でできたアクセサリーは燃え尽きてなかった。

 手に取ってみると、過去に親が僕の腕や首につけたものだった。

 それが、過去の日常を思い出させる。

 でも、特に思い入れのないものだから、もう身に着けないけど。


 そうこうしていたらお腹がすいてきた。

 せっかくとったイノシシもチリになっちゃったから、食べるものがなくなった。

 仕方ないから、もう一回獲ってこよう。

 ……あ、でも槍も燃えちゃったのか。


 どうしようかと思って入口の方に向くと、一人の女性が立っていた。

 とてもきれいな人で、一度も村で見たことのない人だった。

 その女性も、炎に巻かれても服が燃えてなかったし、熱さも感じていないようだった。

 直感的に、この人が炎で村を焼いたんだと感じた。


「……だれ?」

「…………私はテレシアっていうの。キミは?」

「……名前?」

「そう。キミの名前」

「………………わからない」

「……分からない?」

「うん。でも、『オイ』とか『オマエ』ってよく呼ばれてたから、どっちかだと思う」

「…………そうなんだ」


 そう言ったら女性は――――テレシアさんは考え込んでしまった。

 何か難しいことを言ってしまったのかな。

 考えている間にも炎は強くなっていって、屋根や壁も解け始めた。

 ……あっ、そうだ。

 何か考えている途中だけど、この炎について聞いてみよう。


「そういえば、この炎ってテレシアさんが出したの?」

「そうなの。私、炎出せるんだよ」


 テレシアさんは僕の質問に反応してニコッとしたあと、指先に小さい炎を出してみせた。

 村を燃やしている炎と同じような感じがする。

 考えてる途中に質問しちゃったけど、笑顔で返してくれた。

 すっごくいい人だ。


「炎を出せるってことは、テレシアさんは人間じゃないの?」

「……よく気づいたね。私は人間じゃなくて龍なんだ~。龍って聞いたことある?」


 人じゃなかった。

 すっごくいい龍だ。


 それにしても、龍。

 村の人たちが話してるのを聞いたことある気がする。

 龍は珍しいから、ウロコとかキバが高く売れるって。

 ……あれ?


「テレシアさんは龍なのに、ウロコとかキバがないんだね」

「うん! 私は龍の中でも、人間の姿にもなれる龍なんだ~」


 そんな龍もいるんだ。

 確かに、人間にはこれだけの炎を出せないし嘘じゃないんだろうな。

 何より、この炎と同じ温かさをテレシアさんからも感じるから。


「私からも聞いていい?」

「なに?」

「この村を燃やした理由については、触れないんだね」

「ああ、確かに。何で燃やしたの?」

「………ふふ。聞いても私のこと嫌いにならない?」

「うん」

「ここの村の人たちがね、昔私のことを攻撃してきたの。それこそさっきキミが言ったように、ウロコとかキバとか、私の大事なものを奪いにね。それで私、奪われちゃったし、傷も負っちゃったからやり返しに来たんだ」

「そうなんだ。大丈夫?」


 村の人、こんなすごい人――龍に挑んじゃったのか。

 そりゃあ、滅ぼされてもおかしくない。

 見た感じ傷を負ってないように見えるけど、どこをやられたんだろう。

 それとも、龍の姿じゃないと傷は見えないのかな。


「……私の心配をするんだね」

「? だって、悪いのは村の人でしょ?」

「……それはそうなんだけど、………ありがとうね」


 そう言って、微笑むテレシアさん。

 正直、ずっと一緒にいた村の人より、テレシアさんの方が心配だ。

 傷だけじゃなくて、大事なものも盗られたって言ってるし。


「それと、もう一つ、村を燃やした理由があるんだ」

「そうなの?」

「うん」


 そう言って、僕に指を指してきた。

 そのままニヤッと笑ったかと思ったら、


「キミを見つけるため」


 と言われた。

 ……何が何だか分からない。

 何で僕なんだろう。


「?」

「………ふふっ。ちゃんと言うと、私の炎に燃やされない人を探してたの」

「あ、そうなんだ」

「うん。村の人に傷をつけられたって言ったでしょ? 龍の傷は簡単に治らなくてね、秘湯ってところで癒さないとダメなんだ」

「ヒトウ?」

「温泉のこと。それで、秘湯がある場所は結構危険で、護衛が欲しかったんだよ」

「それが、炎に耐えれる人?」

「そう! 秘湯はめちゃくちゃ熱いところにあるんだ~」


 そう言って遠くを指さすテレシアさん。

 すっかり日が落ちて暗くなっているけど、未だに燃えてる炎のおかげで周りはまだ明るい。

 夜の空にはきれいな星が輝いていた。

 テレシアさんが指の指した方は特に星が多く集まっていた。


「あっちの方にヒトウがあるの?」

「そう! あそこ、お星さまが集まってるでしょ? あの下に秘湯があるの!」

「星が目印になってるんだ。結構遠い?」

「そうなんだよねえ……傷があるから、できたら一緒に来てほしいんだけど……」


 と、チラチラこっちを見てくるテレシアさん。

 テレシアさんほど強かったら一人でも行けそうだし、なんなら僕が足手まといになっちゃいそう。

 そもそも、炎に耐えられたからといって僕に護衛が務まるのかな。

 僕は狩り以外でこの村から出たことがないから自分がどれぐらい強いのかも分からない。

 そう考えている間にも、そわそわしながら返事を待っているテレシアさん。

 ………うーん。


「――わかった。でも、一つお願いを聞いてほしい」

「えっ! ありがとう~!」


 テレシアさんは嬉しそうに顔を崩して両手を広げ。

 そのまま僕に近づいてきて。

 むぎゅっ、と抱き着かれた。

 テレシアさんの柔らかい部分を直に感じる。

 そこから伝わる、テレシアさんの体温、心音、匂い。

 炎に包まれたとき以上の安心感が僕の体を包んでいく。

 誰かに抱き着いかれたことは今までなかったけど、こんなに温かいんだ。

 でも、ちょっと息苦しい。


「嬉しいのは分かったけど、お願いがあるって。抱き着くのやめて」

「え!? お願い!? そんなの言ってた!?」

「言ったよ」

「えー!! うーん……出来る限り叶えてあげたいけど、内容によるなぁ」


 やっと抱き着くのを止めてくれた。

 すごく安心したけど、水に潜ってる時よりも息苦しかった。

 安楽死って、こういうことを言うのかな。


 それよりもお願いだ、お願い。

 テレシアさんに会ってからずっと言いたいことがあったんだ。

 もう、我慢できない。


「お願いなんだけど……今日の僕のご飯、用意して」

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