第37話 紅蓮の聖女と転生者(1)

 セシリアちゃんの物語が「リアムとの物語」になって、半年以上。

 ふたりは着実ちゃくじつにイベントをクリアして仲を深め、すでに「初めての口づけ」も終えている。


 4つ目の「闇堕ちフラグ」である「2年の学期末試験の順位で、総合10位以内に入る」は、ちょっと危なかったけどクリアした。

 セシリアちゃん、1年末から順位を下げて8位だったから。リアムが用事を頼んだり、頻繁ひんぱんにデートに誘ったりしたからだ。

 だけど、無事にクリアできてホッとしたよ。


 そうして、わたしたちは3年生になり、〈ゲーム〉だと「学園編」が終わって「聖女編」が始まる。


 3年生になって3日目。

 セシリアちゃんが真面目な顔をして、わたしとアメジストに「話がある」といってきた。

 3年生になっても、わたしたちの放課後指定席は変わっていない。馴染なじみの学内カフェテラスで、


「信じられないだろうけど、魔王が復活する……と思う」


 セシリアちゃんから重大発表があった。

 アメジストは、ポリっとクッキーをかじって、


「なぜそのようなことが、セシリアにわかるのです」


 もっともな疑問だ。友だちが「魔王が復活するよっ!」なんて言い出したら、普通の人は冗談としか思わないだろう。


「女神さまのお声をいただきました。魔王が復活しますと」


 あのイベントか。〈ゲーム〉にもあったよ。

 セシリアちゃんだけじゃない、五人の花束の騎士も神託しんたくを受けている。

 紅蓮の聖女とともに魔王をほろぼせ。みたいなやつ。


「そして女神さまは、こうもおっしゃいました。災厄さいやくめっするため聖剣を求めなさい、わたくしのみちびきにしたがいなさい、聖女セシリア……と」


 真面目な顔のセシリアちゃんへと、


「せい……じょ!?」


 アメジストは高い音色で叫んだ。


「あなた、やっぱり聖女さまでしたの!?」


 セシリアちゃんの頷きを確認して、アメジストがわたしを見る。


「マルタ、あなた驚きませんのね」


「ごめん。ルルルラが、近いうちに魔王が復活するっていってたから。それに対抗する聖女は、セシリアちゃんの可能性が高いって。ルルルラがいうなら、信じるしかないでしょ?」


 わたしの誤魔化ごまかしにアメジストは少し考える顔して、


「ルーラがいうなら、確かに信じるかもしれませんわ。ですがなぜ黙っていましたの」


「いくらルルルラがいってても、そんなの信じられないでしょ。騒ぐのはいいけど、間違いだったらどうするの?」


 アメジスト、うたがわしそうな顔してる。きっとわたしの言葉を信じていない。この子は勘がいいから。


「セシリアは、どう……なさるの」


 これからセシリアちゃんと5人の騎士は、聖剣の封印を解く〈鍵〉を求めて大陸中を旅をすることになる。

 〈鍵〉は五大精霊たちが持っているから、彼らの「ちからだめし」に合格しないともらえないの。


「あたしはこれから、聖女選定の試練しれんを受けるよ。だけど大丈夫。あたしはもう、聖女の力を与えられてるから。わかるの、自分でも」


 セシリアちゃんは明るく笑って、


「それでね、魔王をやっつけるための旅に出るの。聖女守護の騎士さまたちが、あたしを守ってくれるんだって。いいでしょ? それになんと! リアムさまも騎士さまのひとりなの。運命だよね、これって。あたしとリアムさまは、運命で結ばれてたんだよっ!」


 顔、引きつってるよ。声も震えてる。

 怖いよね。魔王討伐の旅なんて。

 それにあなたが、なにを一番恐れているかもわかる。


「あたしのせいで、リアムさまを危険に巻き込んだ。彼になにかあったらどうしよう!?」


 それが、一番怖いんだよね。

 だけど魔王討伐は、この〈世界〉の主人公であるあなたにしかできないの。それにリアムも、あなたの側であなたを守りたいはずだよ。


「セシ……リア」


 強がるセシリアちゃんに、アメジストが痛ましそうな顔をする。でもわたしや彼女では、「聖女の戦い」にはついていけない。


「きっと大丈夫だよ」


 わたしの断言に頷くセシリアちゃん。彼女はわたしの「未来予知能力」を知っているから。

 実際、大丈夫。きっと大丈夫。


 旅は大変だろうけど、それでも楽しいことだってあるよ。わたし「知ってる」から。

 残る「闇堕ちフラグ」は1つ。そしてそれは、わたしでも「初見でどうにかできた」程度のもの。

 わたしが手助けできるものじゃないけど、セシリアちゃんならきっと大丈夫だから。


 そしてこれが、わたしたちの「放課後カフェテラス会」の最後になった。

 翌日、わたしが目覚めたときには、すでにセシリアちゃんと花束の騎士たちは旅立っていた。

 昨夜。わたしはスノウくんと会って、「セシリアちゃんをお願いします。あなたのご無事を信じています」それだけを伝えた。


 魔王の復活。いまだ聖剣の力で「封印領域」からでられないけれど、復活を果たしたのは間違いない。「封印」が破られるのも時間の問題だ。

 魔王復活のしらせは世界中に流れただろう。「魔王の復活=世界の危機」なんだから。

 だけど、魔王に対抗できるのは聖女だけ。覚醒した聖剣をたずさえた、セシリアちゃんだけ。


 だから聖女と騎士は旅をする。聖剣を覚醒させるための〈鍵〉を、五大精霊から与えてもらうために。

 5人の大精霊の試練をクリアして、彼らに認めてもらうために。


 学園からは、多くの生徒がいなくなった。勉強どころじゃないし、そもそも授業がないんだから。


「アメジストはどうするの」 


「どうすると言われましても、とりあえず家に戻りますわ。聖女さまと騎士さまがたの支援しえんを、お父さまにお願いしなくてはいけませんもの」


 それは王さまが指示を出すから問題ないよ。セシリアちゃんもスノウくんたちも、手厚い支援のもとで旅をすることになるから。


「マルタこそどうなさるのです。実家に戻りますの?」


「ううん、学園に残る。ルルルラをひとりにするのは不安だし、それにあの子、結構わたしを頼ってくれるんだよ? 親友だからね」


 アジメストは頷いて、


「そうですか、わかりました」


 セリシアちゃんたちの旅が危険なのは間違いない。だけどこの旅では、誰も欠けたりしない。

 大丈夫。「闇堕ちフラグ」は4本折った。セシリアちゃんは魔王なんかに負けない。

 きっと最後の「闇堕ちフラグ」もへし折って、「トゥルーエンド」にたどり着いてくれる!




 だけどこのときのわたしは、完全に失念しつねんしていた。


 公式設定資料集で語られていた、プログラマーゴトウさんの言葉を。

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