第36話 婚約破棄作戦(4)

 ライエ・レイルウッド伯爵令嬢との懇談こんだんは、彼女が暮らす「レイルウッド別邸べってい」にて行われることになった。

 王都の西側にあるそのお屋敷は、彼女がこっそり運営している、恵まれない子どもたちを保護している「救護院きゅうごいん」にほど近い。


 スノウくんの紹介もあって、メイドさんに案内されたわたしは、すぐに客間へと通される。

 すでにそこにはライエお義姉ねえさまのお姿があり、彼女は濃い化粧で派手なドレスを着て、ソファーにふんぞり返っていた。

 あぁ、確かに伯爵令嬢っぽくはない。変装へんそうがお上手ですね。


「あら、かわいらしいお嬢さま。あの子の紹介というから、どんなおかたそうな子がいらっしゃるかと思えば、ぞんがい普通ね」


 対面のソファに座るよううながされたわたしは、ライエお義姉さまを観察させもらう。

 厚化粧で隠してるけど、確かにすっごい美人だ。スノウくんも綺麗なお顔だけど、お姉さんほどじゃないな。


「まずは、こちらをご確認ください」


 お義姉さまへと向け、わたしはテーブルに封筒を差す出す。そこには「救護院」の住所が書かれたメモが入っている。もちろん入れたのはわたしだ。


「まぁ、なにかしら」


 優雅な笑み。だけど封筒の中を目にした瞬間、彼女の仮面ががれた。

 冷徹れいてつで支配者的な、前世で大嫌いだった小3のときの担任教師のような顔。

 ゾッとした。


「これは、どなたからの伝言ですの?」


 伝言じゃないけど、


「わたくしからとお受け取りください」


「そう、あなた。あなた……ね、そう、そうなのそうなのね、まぁそれはそれは」


 ちょっ、なにこれこわいんだけど!?


「わたくし脅迫きょうはくにはくっしませんの。あなた、おひとりでいらっしゃったのには何か理由が? わたくしこれでも魔法には自信がございますの、えぇ氷系統の魔法でしたらこの部屋ごとあなたを凍らせることもできますのよ? それともあなた、わたくし以上の魔法の使い手なのかしら、そうは見えませんけれど、あなたからは魔力を感じませんもの、あなた魔法の素質がおありでございませんわよね、えぇわかりますわ、わかりますのよわたくし」


 だからこわいってっ! 目が、目が凍えてるんですけどこの人っ!

 やっぱスノウくんのお姉ちゃんだ。似てるよ、スノウくんの何倍も危険人物っぽいけどっ!


「いえいえ、お義姉ねえさまには、お得な情報をお持ちいたしただけです。ただそのメモをごらんいただけたほうが、わたしの話も聞いていただきやすいかと愚考ぐこういたした所存しょぞんです。はい」


 氷結ひょうけつの視線でわたしを凍らせたまま、


「あらあら、あなたにお姉さまなどと呼ばれる心当たりはございませんわ」


 彼女はわらった。笑ったじゃなくて、嗤った。

 予想以上に警戒けいかいされちゃったな。スノウくん、「姉上はあいらしい女の子をこのむ人だ。マルタは気に入られるだろう」なんていってたけど、そんなことないんだけど。

 そもそもわたし、「愛らしい女の子」じゃないよね? モブ顔だし。スノウくんが、すぐわたしを「かわいい」って持ち上げるから、調子に乗っちゃってたかも。


 だけど話を進めないことには、どうしようもない。

 わたしは「ランザーグ子爵が嫁探しをしている(本当はしてない)」こと、彼は人格者で「私財を使って孤児や貧民街の子どもたちを支援している」こと、アメジストが「子爵とお義姉さまとのお見合いを提示している」ことを伝えた。


「子爵がなさっておられることは、ライエさまが隠れてなさっていることと同じでいらっしゃいますでしょ?」


「そうね。だからあなたが、その情報をどこから調達したのか知りたいのだけど」


 それを知ってどうするつもりなんだろう? ちょっと想像してみるだけで、冷や汗が出るような光景が溢れるんだけど。こんなの「予知した」なんて、絶対教えられない!

 だけどこの人、ランザーク子爵の「活動」は知ってたな。わたしへの警戒は解かないけど、子爵の情報を聞き出そうとしてこない。


「企業秘密です」


「企業というからには組織なのかしら」


「それは気にしないでください」


 そうは伝えたけど、彼女は全然納得してないお顔だ。


「そんなわけでですね、子爵さまとのお見合いをねじ込めませんか? ライエさまにとっても、悪い話ではないと思うのですが」


「どう悪くないのかしら。子爵はお父さまと同年代ですわよ」


 おっさん過ぎるというわけか、それともわたしを試しているかだ。

 とりあえずわたしは用意してあった「ひとつ目の答え」を、


「お金持ちで死期しきが近い」


 即答する。


「でしょうね。死期が近いなどという不遜ふそん無礼ぶれいなことは思いもしませんでしたが、少なくともわたくしのほうが長く生きるでしょうね。ですが、そういう意味ではありませんでしょ? なぜ、わたくしが子爵に嫁ぐことが、悪い話ではないのですか」


 少し突飛とっぴな答えだったと思うのに、この人、考える時間もなしに返してきた。やっぱり、めっちゃ頭いいんじゃん。

 だけどそうくることはりこみみですよっ!


「子爵は人徳じんとくの人として知られております。彼が恵まれない子どもに手を差し伸べられていることは、上級貴族のあいだでも“ランザーク子爵はそういう生き物だから仕方がない”という認識だそうです。陛下もそのような認識でいらっしゃるそうです。いいですか? ランザーク子爵は下々しもじものものにどのようなほどこししをおこなおうと、陛下のご不興ふきょうを買わないのです」


 もっと詳しく説明したほうがいいかな? この「ふたつ目の答え」で納得してくれたと思いたいけど。

 わたしが言葉を続けようとすると、


「あなた、どこまで知っているの。弟に近づいたのはそれが理由なの?」


 丁寧でも冷徹でもない。ごく普通の口調に変わった。

 どこまでは知りませんけど、「それ」というのはこれのことですね。


「この国の行きすぎた貴族主義に歯止めをかけたい。お義姉さ……ライエさまがそうお考えなのは、行動パターンを推測するに間違いがないかと。わたしがライエさまを理解できているとしたら、その程度です」


 貴族がはばかす「貴族主義」が進んだのは、今の陛下になってからだ。「貴族主義」を進めることは、現王陛下のご意思である。

 それにとなえるというのは、国王の国家運営に不満をぶつけるということになる。伯爵家といえど、さすがにそれはできない。


「アメジストがいうには、ランザーク子爵はライエさまと同じ目線をお持ちのかたです。そしてライエさまとは違い、暗躍あんやくされていらっしゃらない。いかがでしょう」


「なるほど。それは、侯爵令嬢のお見立てですの?」


「わたしのといったほうがご安心できるのでしたら、わたしのです。責任のをうやむやにするのはアメジストのほうが得意ですので、役割分担ですね。友だちとは協力しあうものでしょ?」


「不思議な人ね、あなた。弟ではあなたにつりあわないわ。わたくしレベルでないと、あなたを理解できないでしょう」


 過剰な評価ですよ、それは。

 だけど、


「“それ”はわたしが決めます。わたしはライエさまを、お義姉ねえさまとお呼び出来る立場にのぼりたい。それが答えです」


「この話と弟は関係がない。そういうこと?」


「関係はあります。好きな人のお姉ちゃんにこびを売っておけば、いろいろと話が進みやすいと思いましたので」


「いろいろと、とは」


「はい。それはもう、いろいろと……で、ございます」


 その言葉にお義姉さまは、ニヤアァ~と悪役令嬢ヅラをなさいました。

 わたしが思わせぶりに口にしただけの「いろいろと」に、どんな想像をしたのかわからないけど、本当に怖いなこの人。絶対に敵に回しちゃダメだ。


 だけど、この人がわかってないはずがない。なのに確認されない。「ライエさまがランザーク子爵にとつぐことでられる、最大のメリット」を。

 なにを考えているんだろう? わたしが熟慮した場所より深いところで、この人は思慮を遊ばせているんだろうか。


 子爵はそれなりの年齢で、あまり身体の丈夫な人じゃない。死期が近いというのは、あながち間違っていない。そして現在、子爵が亡くなられた後、彼の奉仕活動を引き継ぐ人間はいない。誰も「陛下のご不興を買うようなこと」はしたくないからだ。

 でも、「子爵の未亡人」が亡き夫の意思を引き継ぐとなると、話は違ってくるだろう。


『愛する夫の意思を尊重し、自分が天国にいったとき夫によい報告がしたい』


 未亡人がそういったなら? それは陛下から「お目こぼし」をいただけるのではないか。ランザーク子爵は知識人として国に貢献した人物なのだから、その妻にも配慮がなされるのではないか。

 だから、


『妻となったお義姉さまは子爵の死後も、恵まれない子どもたちを表立って支援できる』


 これがわたしの考えた、ライエさまを説得するための「最大のメリット」だった。

 だけど、


「いいでしょう、わかりました。ランザーク子爵とお会いいたします。侯爵令嬢にはそのようにお伝えなさい」


 この人はなにも確認してこない。そんなことは「全部わかっておりますわ」って顔だ。


「ありがとうございます」


 頭を下げたわたしの後頭部に、


「ですが、“それ”を決めるのはわたくしですわ。あなたの思惑通りにことが運ぶとは思わないように」


 強い意志がぶつけられる。


「はい、ライエお義姉ねえさま」


 わたしは意識して彼女を「お義姉ねえさま」呼びすると、頭を上げて未来の義姉へとニヤリと笑みを送った。お義姉さまは優雅に、わたしへと笑みを返してくれる。


「では未来の義姉あねとして、ひとつ忠告を与えましょう」


 忠告? なんだろ。それよりも「未来の義姉」といってくれたことに安心した。


「人前でロロハーヴェル侯爵令嬢を呼び捨てにするのはおやめなさい。友だというのはよろしいです。侯爵令嬢がそれを許すのなら、名で呼び合うのもかまいません。ですが侯爵令嬢がいらっしゃらない場では不遜ふそんです。わたくしでさえ、不快に思うほどです」


 なるほど、確かに。「そういう感覚」なのか、この国の人は。


「ご忠告感謝いたします。ライエお義姉さま」


 わたしは未来の義姉へと、深く頭をさげた。


 この10日後。

 ライエ・レイルウッド伯爵令嬢とランザーク子爵との婚姻が発表され、ニャンコ先輩の家には「お詫びのお金」が届いたそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る