第36話 婚約破棄作戦(4)
ライエ・レイルウッド伯爵令嬢との
王都の西側にあるそのお屋敷は、彼女がこっそり運営している、恵まれない子どもたちを保護している「
スノウくんの紹介もあって、メイドさんに案内されたわたしは、すぐに客間へと通される。
すでにそこにはライエお
あぁ、確かに伯爵令嬢っぽくはない。
「あら、かわいらしいお嬢さま。あの子の紹介というから、どんなお
対面のソファに座るよううながされたわたしは、ライエお義姉さまを観察させもらう。
厚化粧で隠してるけど、確かにすっごい美人だ。スノウくんも綺麗なお顔だけど、お姉さんほどじゃないな。
「まずは、こちらをご確認ください」
お義姉さまへと向け、わたしはテーブルに封筒を差す出す。そこには「救護院」の住所が書かれたメモが入っている。もちろん入れたのはわたしだ。
「まぁ、なにかしら」
優雅な笑み。だけど封筒の中を目にした瞬間、彼女の仮面が
ゾッとした。
「これは、どなたからの伝言ですの?」
伝言じゃないけど、
「わたくしからとお受け取りください」
「そう、あなた。あなた……ね、そう、そうなのそうなのね、まぁそれはそれは」
ちょっ、なにこれこわいんだけど!?
「わたくし
だからこわいってっ! 目が、目が凍えてるんですけどこの人っ!
やっぱスノウくんのお姉ちゃんだ。似てるよ、スノウくんの何倍も危険人物っぽいけどっ!
「いえいえ、お
「あらあら、あなたにお姉さまなどと呼ばれる心当たりはございませんわ」
彼女は
予想以上に
そもそもわたし、「愛らしい女の子」じゃないよね? モブ顔だし。スノウくんが、すぐわたしを「かわいい」って持ち上げるから、調子に乗っちゃってたかも。
だけど話を進めないことには、どうしようもない。
わたしは「ランザーグ子爵が嫁探しをしている(本当はしてない)」こと、彼は人格者で「私財を使って孤児や貧民街の子どもたちを支援している」こと、アメジストが「子爵とお義姉さまとのお見合いを提示している」ことを伝えた。
「子爵がなさっておられることは、ライエさまが隠れてなさっていることと同じでいらっしゃいますでしょ?」
「そうね。だからあなたが、その情報をどこから調達したのか知りたいのだけど」
それを知ってどうするつもりなんだろう? ちょっと想像してみるだけで、冷や汗が出るような光景が溢れるんだけど。こんなの「予知した」なんて、絶対教えられない!
だけどこの人、ランザーク子爵の「活動」は知ってたな。わたしへの警戒は解かないけど、子爵の情報を聞き出そうとしてこない。
「企業秘密です」
「企業というからには組織なのかしら」
「それは気にしないでください」
そうは伝えたけど、彼女は全然納得してないお顔だ。
「そんなわけでですね、子爵さまとのお見合いをねじ込めませんか? ライエさまにとっても、悪い話ではないと思うのですが」
「どう悪くないのかしら。子爵はお父さまと同年代ですわよ」
おっさん過ぎるというわけか、それともわたしを試しているかだ。
とりあえずわたしは用意してあった「ひとつ目の答え」を、
「お金持ちで
即答する。
「でしょうね。死期が近いなどという
少し
だけどそうくることは
「子爵は
もっと詳しく説明したほうがいいかな? この「ふたつ目の答え」で納得してくれたと思いたいけど。
わたしが言葉を続けようとすると、
「あなた、どこまで知っているの。弟に近づいたのはそれが理由なの?」
丁寧でも冷徹でもない。ごく普通の口調に変わった。
どこまでは知りませんけど、「それ」というのはこれのことですね。
「この国の行きすぎた貴族主義に歯止めをかけたい。お義姉さ……ライエさまがそうお考えなのは、行動パターンを推測するに間違いがないかと。わたしがライエさまを理解できているとしたら、その程度です」
貴族が
それに
「アメジストがいうには、ランザーク子爵はライエさまと同じ目線をお持ちのかたです。そしてライエさまとは違い、
「なるほど。それは、侯爵令嬢のお見立てですの?」
「わたしのといったほうがご安心できるのでしたら、わたしのです。責任の
「不思議な人ね、あなた。弟ではあなたにつりあわないわ。わたくしレベルでないと、あなたを理解できないでしょう」
過剰な評価ですよ、それは。
だけど、
「“それ”はわたしが決めます。わたしはライエさまを、お
「この話と弟は関係がない。そういうこと?」
「関係はあります。好きな人のお姉ちゃんに
「いろいろと、とは」
「はい。それはもう、いろいろと……で、ございます」
その言葉にお義姉さまは、ニヤアァ~と悪役令嬢ヅラをなさいました。
わたしが思わせぶりに口にしただけの「いろいろと」に、どんな想像をしたのかわからないけど、本当に怖いなこの人。絶対に敵に回しちゃダメだ。
だけど、この人がわかってないはずがない。なのに確認されない。「ライエさまがランザーク子爵に
なにを考えているんだろう? わたしが熟慮した場所より深いところで、この人は思慮を遊ばせているんだろうか。
子爵はそれなりの年齢で、あまり身体の丈夫な人じゃない。死期が近いというのは、あながち間違っていない。そして現在、子爵が亡くなられた後、彼の奉仕活動を引き継ぐ人間はいない。誰も「陛下のご不興を買うようなこと」はしたくないからだ。
でも、「子爵の未亡人」が亡き夫の意思を引き継ぐとなると、話は違ってくるだろう。
『愛する夫の意思を尊重し、自分が天国にいったとき夫によい報告がしたい』
未亡人がそういったなら? それは陛下から「お目こぼし」をいただけるのではないか。ランザーク子爵は知識人として国に貢献した人物なのだから、その妻にも配慮がなされるのではないか。
だから、
『妻となったお義姉さまは子爵の死後も、恵まれない子どもたちを表立って支援できる』
これがわたしの考えた、ライエさまを説得するための「最大のメリット」だった。
だけど、
「いいでしょう、わかりました。ランザーク子爵とお会いいたします。侯爵令嬢にはそのようにお伝えなさい」
この人はなにも確認してこない。そんなことは「全部わかっておりますわ」って顔だ。
「ありがとうございます」
頭を下げたわたしの後頭部に、
「ですが、“それ”を決めるのはわたくしですわ。あなたの思惑通りにことが運ぶとは思わないように」
強い意志がぶつけられる。
「はい、ライエお
わたしは意識して彼女を「お
「では未来の
忠告? なんだろ。それよりも「未来の義姉」といってくれたことに安心した。
「人前でロロハーヴェル侯爵令嬢を呼び捨てにするのはおやめなさい。友だというのはよろしいです。侯爵令嬢がそれを許すのなら、名で呼び合うのもかまいません。ですが侯爵令嬢がいらっしゃらない場では
なるほど、確かに。「そういう感覚」なのか、この国の人は。
「ご忠告感謝いたします。ライエお義姉さま」
わたしは未来の義姉へと、深く頭をさげた。
この10日後。
ライエ・レイルウッド伯爵令嬢とランザーク子爵との婚姻が発表され、ニャンコ先輩の家には「お詫びのお金」が届いたそうだ。
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