第35話 婚約破棄作戦(3)

「私、子爵夫人になれるような教育を受けてないの。自信がないのよっ!」


 絶望を表現するようないびつな笑みで、ニャンコ先輩は本音を叫んだ。


 自信がない? あぁ、そういうパターンね。

 理解しました。


 先輩、「めんどいことは嫌い」なタイプなんだ。

 うん、わかる~。わたしもそーゆーとこあるし。


「つまり先輩は、ランザーク子爵のために勉強して努力するつもりはないと、そういうことですね。端的たんてきにいえばめんどいと」


「……は? そんなこといってないでしょ!? 私だってあの人のためなら頑張れるわよっ! いつ貴族じゃなくなってもいいように、お料理だって掃除そうじだって自分でやってきたわ。贅沢ぜいたくはしない、節約せつやくをするくせをつけたわ。でもそれは子爵夫人になるためじゃないっ、あの人と生きるためにしてきた努力なのよ」


 あの人というのはランザーク子爵じゃなく、妄想ではなく実在している彼氏のことっぽい。

 ニャンコ先輩は下唇を噛みしめて、ぐっと涙をこらえるような顔をすると、


「子爵さまとのご縁談えんだんはありがたいし、喜ぶべき話だってわかってる。家のためにも、本当なら私のためにも。だけど私は……あの人が、好き……なの」


 本音を全部溢れさせてこらえきれなくなったのか、彼女の閉じられたまぶたからしずくがボタボタですよ。

 あれ? わたしが思ってたのとちょっと違う。もうちょい「軽いノリ」を想定そうていしてたんだけど。


「もう……どうしていいかわからない。ねぇ、私どうしたらいい!?」


 喉を引きつらせ、涙を溢れさせる先輩。異変を感じた店員さんが近づこうとするのを、アメジストが手のひらを向けるだけで優雅に静止させる。

 カッコいいなそれ。今度真似してみよう。


「マルタ。さきほどの話、詳しく話しなさいな」


「子爵に断ってもらえばいいってやつ?」


「それです」


 ふごーっ、ふごーっとうなっているニャンコ先輩はとりあえずそのままに、わたしは自分のアイデアを話すことにした。

 縁談えんだんを先輩からことれないなら、子爵に断ってもらえばいい。簡単だし、それ以外思い浮かばない。


「本当に子爵が、ニャンコ先輩と結婚したいっていってるわけじゃないんですよね?」


 家同志の繋がりからの縁談だと先輩はいってた。

 わたしの確認に、先輩が頷く。


「だったら子爵に、お嫁さんにしたい人を見つけてもらえばいい。子爵から先輩のお家に、今回の縁談はなかったことにって、いってもらえばいいんですよっ!」


 名案っ! わたし頭いいっ。

 ドヤった顏をアメジストに向けたが、彼女は浮かない顔だ。なぜに?


「どうやって……ですの」


 うん? どうやって?


「ニャンコ先輩よりも優良ゆうりょう物件ぶっけんを子爵に紹介する」


 わたしの名案を聞かされたアメジストが、チラッと先輩に視線を送る。


「マルタ、言い方ですわ」


 この際、言い方はどうでもいいでしょ。それに、


「しょうがないでしょ。先輩、わたしと同じ男爵令嬢だよ。それも三女、わたしでも長女なのに。探せばもっとちゃんとした優良物件はあるって」


「…………」


 否定できないのか、アメジストは無言だ。


「えっとね。わたし、子爵に紹介できる優良物件に心当たりあるよ。ニャンコ先輩より年も身分も上の人」


一応いちおううかがいますが、どなたですの?」


「スノウくんのお姉さん」


 わたしの即答に先輩はよくわかってない顔をしたけど、アメジストは微妙に理解をしめす顔をした。


     ◇


 スノウくんのお姉さん。ライエ・レイルウッド伯爵令嬢は弟よりの4つ年上としうえだから、現在20歳か21歳。どちらにしろ20歳は越えている。

 伯爵令嬢とすれば結婚が遅いかもしれないけど、それでも「まだあせる時間」じゃない。伯爵令嬢ともなると「お相手は選ぶ立場」でもあるから、それほどガッツク必要はない。


 ぐれたば公式設定資料集によれば、ライエお義姉ねえさまは「自由じゆう奔放ほんぽうなご令嬢」というイメージで、前世でいうところのギャル系? な見た目をしてるんだけど、それは「他人を油断させるためにわざとよそおっている」らしい。

 そんな彼女の人物紹介に書かれてるキャッチフレーズは、『国の行くすえうれう才女』とされている。


 “ぐれたば”の舞台であるファングル王国は、20年ほど前に現国王になってから急速に「貴族主義」が進んでいるという設定だ。

 それはこの〈世界〉で暮らしているわたしの体感たいかんだと、設定じゃなくて現実にそうなってるんだけど。


「貴族主義が進んでるって、具体的にどういうこと?」


 って問われると、簡単にいえば「貴族と平民の貧富ひんぷの差」が開いているってこと。

 むものはさらに富み、貧しきものの生活はさらに苦しくって感じ。


 王都にいるとあまり気にならないけど、その影響は地方だと顕著けんちょになってきてるかな。

 徐々じょじょにだけど、毎年のように「平民」にかけられる税が高くなっている。それはうちの領地ロマリア男爵領でも同じで、お父さんも領民に苦労させないよう頑張がんばっている。


 〈ゲーム〉でのライエお義姉ねえさまは、「取るにたらないわがままな令嬢」をよそおいつつ、裏では「貴族主義」の犠牲ぎせいになっている「子どもたち」を助ける活動をしているの。

 裏に回っているのは「貴族主義」が国王が進める「国策」である以上、表立ってとなえるわけにはいかないからだ。

 そう、スノウくんのお姉さんであるライエ・レイルウッド伯爵令嬢は、ランザーク子爵と同じような奉仕ほうし活動かつどうをしてるってわけ。


 だけどライエ・レイルウッド伯爵令嬢に関して、資料集にはそれ以上詳しいことが書かれていない。〈ゲーム〉では名前しか登場しない、モブですらない「名前だけのキャラ」だから。

 わたしのスノウくんのお姉ちゃんに対する印象は、文字だけで説明されてもよくわかんないけど「慈愛じあいに満ちた頭のいい人」って感じかな。


「アメジストは、スノウくんのお姉さんと顔見知りでしょ?」


「まぁ、それは社交界しゃこうかいでは顔をあわ」


「「社交界っ!」」


 わたしとニャンコ先輩の声が、アメジストの言葉をさえぎるようにハモった。社交界なんて、下っぱ男爵令嬢にはえんのない話だもんね。


「な、なんですの」


「社交界ってなにするの? ダンス? 美味しいもの食べられる? わたし社交界行ったことない」


「社交界に……行く?」


 なぜか不思議そうな顔をするアメジスト。

 なに、わたしまた変なこといった? 社交界って、パーティーみたいなものじゃないの。


「ダンスは、しますわね。ご馳走も当然ありますわ」


 ほら、やっぱりパーティーじゃん。


「そっかー。いいねー、美味しそう♡」


「美味しそうって、あれはあれで大変ですのよ」


 持つものの苦労というわけね。贅沢なっ!


「そんなことより、マルタはなぜ伯爵令嬢をご存知ですの。もう家族を紹介されるほど、あの男との仲が進んでますの」


 わたしは首を横に振る。


「会ったことないよ、うわさだけ。美人でかしこい人だって聞いてる。あと未婚みこんだって」


「美人なのは間違いございませんが、賢いという印象はございませんわ。よくいらっしゃる、普通のご令嬢というお人です。多少、個性的なよそおいではございますけれど」


 それは仮の姿だよ。取るにたらない自分を演じてるだけ。


 確かに会ったことはないから、この〈世界〉の彼女が〈ゲーム〉の設定と同じかはわからないけど、きっと大丈夫だと思う。そう願う。

 だけど、


「大丈夫、スノウくんのお姉さんだよ? めっちゃステキで才女なレディに決まってるって」


 資料集にそう書いてあったし。


「そうだとよろしいですが……確かに身分はもちろん、見た目もきちんとなされば子爵夫人としてはもったいないほどのお人ですけれど、どう説得せっとくするつもりですか」


「それは、ちょっと考えがある」


 ライエお義姉ねえさまとライザーク子爵は、たぶん「話が合う」。それにお義姉さまには、子爵と結婚するメリットがあるもん。


「ちょっとの考えでどうにかなるものですか。結婚ですよ、結婚。ですからニャンコさんも悩んでいらっしゃるのでしょう」


 説明しにくいな。公式設定資料集読んだからとはいえないし。


「まぁ、一回挑戦させて。説得してみる」


 わたしのサムズアップにアメジストは疑わしそうな顔をしたけど、ニャンコ先輩はちょっと期待してる顔をした。

 わたしに期待をする。この人本当に切羽せっぱまってるんだなとわかって、ちょっとだけかわいそうになった。


     ◇


 学園内には小規模しょうきぼな庭がいつくかあって、生徒はあまり使ってないけど、季節の花が咲いていたりキレイに整えられている。

 敷地が広いし、学園内の見栄みばえをよくしたいんだろう。


 そんな、点在する庭のひとつを借りて、わたしはベンチにスノウくんと並んで座ると、


「あのね。わたし、スノウくんのお姉さんに会いたいの」


 お願いした。


姉上あねうえに?」


 彼は考える顔をして、


父上ちちうえではなく、姉上?」


 あれ? これって、


『恋人なんだから、親御おやごさんに紹介してほしい』


 っていってると勘違かんちがいされてる?


「アメジストのお使いなの。スノウくんのお姉さんに、縁談を紹介したいんだって。宰相府におつとめの子爵さまなんだけど、頭がよろしいかたらしくて下手な人は紹介できないみたい。アメジストがいうにはスノウくんのお姉さんが頭がよくて、身分も無理があるってわけじゃないから、いいんじゃないかって話なの」


 お姉さんが賢さんなのは、アメジストがいったわけじゃない。設定資料集に「才女」って書いてあったから知ってるだけ。


「確かに姉上は頭のよい人だ。昔はとてもよかったが……今は」


 悩むような顔でわたしを見て、


「少し、マルタに似ているかもしれない」


 スノウくんはいった。


「どういうところが?」


「なにを考えているのかわからない感じが」


 わたし、結構わかりやすいと思うけど……。

 もしかして彼には「ミステリアスな女」に見えてるのかな? それはカッコいいねっ!

 だけど、


「わたし、あなたには素直な女ですけどっ!」


 ちょっとねたフリをしてみよう。恋愛の駆け引きですよ。乙女ゲームで学んだセリフそのままだから、きっとイケる。

 でも、なんでそんな「困った顔」してるんですか? 選択ミスった?


「だから、そういうところがよくわからない。姉上と似ている」


 予想と違ったスノウくんの反応に、わたしは呆然とする。すると彼は続けて、

 

「キミは今、思ってもないことを口にした。確かにいつもは素直でかわいいが、ときどきそういう意味のないことをいうし、行動をとる。姉上もそうだ」


 思ってもないわけじゃないけど、あなたに素直なのは本当だけど、確かに「借りもの」の言葉を使いました。

 でも、


「これは、女の駆け引きだよ。恋愛テクニック」


 眉をへの字にするスノウくん。また、疑わしそうな顔するなー。別に変なこといってないでしょ。

 彼はわたしの頭に手を置いて、


「そんなことしなくても、オレはキミに夢中だ」


 ほっぺにキスをくれました。

 いやぁ、照れますな~♡ 夢中ですか~。

 そしてニヤけているわたしに、


「オレも同席したほうがいいだろうか」


 確認する。


「結婚の話だよ? 女同志のほうが話しやすいな」


 彼は頷き、


「わかった」


 そして唇にも、触れるだけの口づけをくれました。

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