第34話 婚約破棄作戦(2)

 カフェテラスのテーブルを、わたし、アメジスト、ニャンコ先輩の3人でかこむ。

 うん、やっぱり外はちょっと寒いな。魔王の復活に関係あるかわからないけど、このところ不自然にえるんだよね。

 アメジストがさりげなく店員さんに合図あいずを送り、注文を取りに来てもらう。店員さんに視線を投げて、すっと手を持ちあげるだけの動作どうさで。

 なんだそれ、カッコいいな。

 わたしだったら、


「すみませーん。注文いいですかー」


 っていうけどね。

 まっ、そこが本物のお嬢さまと、田舎男爵家の小娘との違いだろうけど。

 

 アメジストは最近お気に入りのハーブティーを注文。なんか変なにおいがするけど彼女は好きみたい。

 セシリアちゃんも「いい匂いだねー♡」とかいってたけど、わたしはなんか「カレーっぽい匂い」だと思っている。

 アメジストに続き、ニャンコ先輩はカフェオレ。わたしが紅茶を注文すると、先輩は顔を引きつらせた。


「大丈夫です。顔にかけたりしませんから」


「そ、そう……ありがとう」


 わたしと彼女の他人からすれば意味不明なやり取りに、アメジストは不思議そうな顔はしたけど、なにも聞かなかった。

 たぶん「マルタがまた、なにかしでかしたのね。困った子ですわ」くらいに思ったんだろう。


 そして、わたしが助け舟を出しながらだけど、ニャンコ先輩はアメジストに事情を説明した。

 どうもニャンコ先輩、アメジストにビビってるっぽい。身分がどうこうみたいなことを、わたしにボソっといってきたから。

 話しを聞き終えたアジメストは冷めたハーブティーでのどうるおし、


「ランザーク子爵ししゃくですか。人徳じんとくあるおかただとうかがっておりますわ。確か、宰相府さいしょうふにおつとめでしたわね」


 ニャンコ先輩に確認する。そのランザーグ子爵というのが、先輩の旦那候補のおじさまらしい。

 だけど、


「ねぇアメジスト。人徳があるってどういう意味? 優しいとか人柄ひとがらがいいってこと?」


 人徳といっても、いろいろあるだろう。一概に「いい人」と思っていいものだろうか。ちょっと胡散うさんくさそうに思ってしまう。


「そうですわね。ランザーク子爵は奉仕活動といいますか、保護活動といいますか」


 アメジストは言葉を切り、少し考える時間をとってから、


「弱い立場の人たち……とくに、貧しい子どもたちを助ける活動をなされていらっしゃいます」


 そう続けた。


 ん? 貧しい子どもの保護活動? “ぐれたば”で「それ」をやっているのって、「あの人」だったはず……。

 もしかしてランザーク子爵は、「あの人」と同じことをしているの?

 でも、だったら……。


「そんなことして大丈夫? 国王陛下は、そういう弱者救済をこのまないかただよね」


 わたしの確認に、


「好まないわけではないでしょうが、そうね……子爵に対して、陛下はあまり良い印象を抱いておられないかもしれません。ですがランザーク子爵は先王陛下の御代みよよりそういった活動をなされていたらしいですし、王国に貢献こうけんのあるかたでもありますから、現王陛下も子爵から慈愛じあいの精神を奪おうとはなさらないらしいですわ」


 アメジストは答えてくれる。

 ランザーク子爵は、王国に貢献した慈愛の人……って感じなのか。国王陛下もそれは認めてると。

 それに、ランザーク子爵が在籍する宰相府って、


「宰相府ってかしこさんの集団だよね? 国の頭脳とかいわれてる」


 再度アメジストに確認すると、


「あなたのかたはあれですけれど、そうです。知識人の集まりですわ」


 どうやらわたしの認識であっているようだ。


 ランザーク子爵は、国政こくせいの中心部に所属している才人。それにアメジストの話しかたからも、「悪い人」には思えない。

 だったら、


「確かにいい縁談えんだんですね」


 ニャンコ先輩に笑顔をむけると、


「だから、そういったでしょ」


 彼女は困ったような顔をした。

 その困り顔は無視することにして、


「じゃあ先輩、それで決めちゃいましょうよ」


 とりあえずオススメしてみる。


「あなた、私の話もう忘れたの?」


 覚えてますけど、


「おじさんはイヤ、ですよね?」


 別にいいじゃないですか、賢いおじさん。見た目にもよりますけど、お金は持ってるんでしょ?


「将来を誓い合った人がいるっていったでしょっ!」


 あぁ、そういう話もあったな。

 でも、


「どうせ妄想もうそう彼氏かれしでしょ?」


「実在してます! 本当に失礼な人ねっ」


「もしわけございません、ニャンコさん。そのおバカさんに代わり謝罪いたします」


 キレ気味のニャンコ先輩にアメジストが謝罪する。先輩、アメジストに自己紹介してたのに、普通にニャンコ呼びされたな。

 でも、おバカさんってひどいな。学術の成績、わたしのほうがいいのに。


「彼は王都のレストランで働いているわ。調理師の修行中なの。元は男爵家の三男で、家を出て上級じょうきゅう市民しみんになったの」


 男爵家というのは、家と男爵位をげるのは基本長男で、それ以外の子どもは家を出て「上級市民」というあつかいになる。

 ようするに、貴族じゃなくなるわけ。


 だけど男爵家の令嬢は身分の近い貴族と結婚して、貴族のままでいることが多いかな? ニャンコ先輩の結婚話もそのパターンだ。

 ちなみに私は「ひとりっ子」だからお婿むこさんを取ることになるんだけど、スノウくん伯爵家の長男なんだよねー。

 お婿さんに来てとはお願いしづらい。どうしよ。


 スノウくん。

 スノウくんといえば、「あの人」は彼の関係者だ。

 ランザーク子爵は、「あの人」と同じような活動をしている。その上、国王陛下も子爵の活動をとがめていない。


「断れないってことは、断ってもらえばいいわけだよね」


 わたしのヒラメキに、


「断ってもらうって、ランザーク子爵にですか?」


 アメジストは「こいつなにいい出した」みたいな不信ふしんかお


「うんっ!」


「それは、そうでしょう……けれど」


「だって子爵は、先輩じゃないとイヤってわけじゃないよね? ニャンコちゃんめっちゃカワイイっ、だいちゅき♡ って、そんな話じゃないでしょ」


 ニャンコ先輩の話よると、ミャウニャアー男爵家はランザーク子爵家とのつながりがあって、男爵が「三女が売れ残ってる。このままだと貴族落ちしちゃいそう」みたいな話を子爵にしたところ、「後妻でいいなら、嫁に来てもらってかまわない」という流れになったんだって。

 で、ミャウニャー男爵はおおよろこびで、「ぜひお願いします」と答えたそうだ。

 これは親が勝手にした口約束とはいえ、貴族社会だと婚約と考えていい状況だ。

 アメジストはニャンコ先輩をチラ見して、


「ですが、どうやってですの。それにですわね、わたくしからいわせていただければ、子爵にとつぐのはニャンコさんにとってこれ以上ないほどの良縁りょうえんですわよ?」


 男爵家の三女が、後妻とはいえ子爵夫人にとのぞまれる。わたしでもわかるくらいの「たま輿こし」だから、アメジストがそういうのは当然だ。


 わたしとアメジストに見つめられ、


「それは、わかっています……けれど」


 ニャンコ先輩は困り顔で、ごくんっと唾を飲みこむと、


「私、子爵夫人になれるような教育を受けてないの。自信がないのよっ!」


 絶望を表現したいびつな笑みで、本音を吐露とろした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る