第33話 婚約破棄作戦(1)

 その日の放課後。わたしはアメジストと待ち合わせをしている、いつもの学園内カフェテラスへと足を進めていた。


(最近寒くなってきたから、外でのお茶は考えものだなー)


 人気ひとけのない廊下。というかこの学園、生徒数の割にだだっぴろいから、ガラーンとしてる場所多いんだよね。

 で、そんな人気のない廊下を通りかかったとき、


「ぅわあぁっ! ど、どうしよっ、どうしたらいいのぉっ!」


 頭をかかえて髪を振り回している、なんだっけ、ヘッドバンギングだっけ? そんな感じでダンスってる女性徒を発見した。


「はぁ、はぁっ! やばいっ、だめっ、もうだめだあぁっ!」


 でも、あれ? この人見たことあるぞ。

 誰だった……あっ、思い出した!

 この人、お紅茶先輩だ!


 お紅茶先輩との出会いは1年半ほど前。田舎から出てきたばかりで調子に乗っていた後輩わたしに教育的指導をくれた3人の先輩がいて、そのひとりが彼女だ。

 3人の先輩たちの中で、この人だけがわたしに「すまなそうな顔」を覗かせてくれたから、多少の親近感はある。

 見知った人の意外な一面を拝見させてもらったわたしは、


「どうしたんですか、先輩」


 声をかけてみることにした。

 突然の声掛こえかけにお紅茶先輩は顔を上げると、わたしを見て「ぽか~ん」と間抜まぬけヅラをさらして、


「ヒイィッ!」


 めっちゃ驚いた。失礼な先輩だな。

 でも、これはあれだな、わたしのこと憶えてるな。話が早くて助かるぅー。


「大丈夫ですよ、みませんから」


 噛ませ犬だけにね。噛まれるのが役目ですから。


「なんですかその面白ダンス。歌劇団の入団テストでもあるんですか?」


 上級生と話すなんてひさしぶりだ。学園の女生徒はみんな女子寮で暮らしているけど、学年をまたいだ交流は少ないんだよね。

 学校でも寮でも学年ごとに固まってる感じで、上級生や下級生と仲がいい人は違うけど、わたしは他の学年に知り合いがいないから同級生との会話しかない。


 無言で逃げようとする先輩の肩をガシッとつかみ、


「教えてくださいよ~、なんで面白ダンスしてるんスかぁ~?」


「ダ、ダンスなんかしてない」


「じゃあなにしてるんですか。こんな誰もいない廊下で頭を振り回してるなんて、さすがにたのしすぎますよー」


 ここの生徒ってお上品な人が多いから、奇行きこうを見かけるなんてほぼない。


「話すくらい、いいじゃないですか。悩み事ですか? もうだめだあぁ~っ! とか言ってましたよね? お役に立てるとはいいませんけど、もしかしたらですよ?」


「……話せば、帰してくれる?」


「内容によります」


「じゃあ話さない離してッ!」

 

 必死で逃げようとする先輩だけど、この人めっちゃ非力っぽくて簡単につかまえていられる。ガリガリのわたしにつかまるなんて、どんだけ貧弱ひんじゃくなの。

 だけどこんなに抵抗するなんて、絶対なんかあるよね?

 なんか面白そうなことがあるに違いないっ! くわしく聞いてみたいっ。


「わたしがここで、先輩やめてくださいっ、いやっ! わたし女性とはお付き合いできませんって叫ぶのと、素直に話すのと、どっちにします? さすがに叫んだら、誰かには聞こえますよ?」


 冗談だよ、さすがにそこまではしない。

 だけどわたしの提案ていあんにお紅茶先輩は絶望的な顔で脱力して、「もうだめダメだあぁ~!」とのどを震わせたあと、素直に話を聞かせてくれた。


     ◇


 わたしが勝手に「お紅茶先輩」と命名したその人は、「ナーニャ・ミャウニャアー」というネコっぽい名前の持ち主だった。ちょっと呼びにくいフルネームだ。

 身分はわたしと同じで男爵令嬢だって。ひとりっ子のわたしと違って、3姉妹の末っ子だそうだけど。


 ただ、ミャウニャアー男爵は地方貴族ではなく、王都の隣町にお屋敷があるらしい。お紅茶先輩、都会っ子ということだね。だから非力なのか? 農作業とかしないんだろうなー。


 で、先輩はおとなしく、素直に、こころよくお話を聞かせてくださったわけだけど、


「じゃあ、ニャーニャ先輩は」


 お紅茶先輩と呼ぶわけにもいかないので、話を聞き終わったわたしがつけた新たな名称に、


「ナーニャよ。ニャーニャはやめて、昔っからそのあだ名なの、実は今もなの。やめて」


 先輩から待ったがかかる。


「じゃあ、ニャンコ先輩でいいです。こっちのほうがひねりがないから、ボツにしたんですけど」


「なにがじゃあなのよっ! 捻らなくていいし、普通にナーニャ先輩でいいでしょ!?」


 で、お紅茶先輩改めニャンコ先輩の話をまとめると、


「理解完了です。ニャンコ先輩は望みもしない結婚を押しつけられそうで、困っているわけですね? で、その苦しみを面白ダンスで表現していたと」


「えぇ、そうよ。面白ダンスで表現してないけれど、そうよ」


 髪振り乱して、ヘッドバンギングしてたじゃないですか。あれ、面白ダンスですって。


「断れないのよ、だってお相手は格上のかたですもの。男爵家の三女を子爵夫人にとおっしゃってくれているのよ。だから後妻ごさいなのはいいわ。ですけど10年連れそった奥さまを亡くされてから20年独り身だったかたですもの、ずいぶん年上なのよ。はっきりいっておじさまなのよ」


「はぁ、お金持ちのおじさんなんですね? いいじゃないですか、すぐ死にますよ、お金残して」


「あんたなに失礼なこといってんのよっ! 私の旦那さまになるかもしれないおかたなのよっ」


「えー、ニャンコ先輩がおじさんはイヤだって」


「イヤとはいってないしニャンコじゃないわよっ! ただ私には将来をちかった人がッ」


 勝手に叫んだくせに、両手で口元を押させてあたりを確認するニャンコ先輩。

 大丈夫です、誰もいませんよ。わたし、もう一年以上同級生のストーキングを日課にしてますから、気配には敏感になってきてるんです。


 うーん。だけど、将来を誓い合った人?


「彼氏いるならことわればいいじゃないですか。はい解決」


「だから断れないっていったでしょ!? いったよね? ねッ!」


 そういえばいってたな。思ってたより面倒くさい話だな、これ。聞かなきゃよかった。

 それもこれも、ニャンコ先輩が廊下で頭振ってるからいけないんだ。


「わかりました。わたしじゃお役に立てません」


「でしょうね……そんな感じよ、あなた」


「なので、たよりになる友人をご紹介しましょう」


「えっ! それはありがたいわ」


 わたしはニャンコ先輩を連れ、元々の目的地だったカフェテラスに向かう。

 今日もセシリアちゃんは「リアム関係のイベント進行中」で来れないから、待ち合わせしてるのはアメジストだけだけど、用があるのは彼女だから問題ない。

 で、見知らぬ上級生を連れてきたわたしに、


「遅いですわ……って、マルタ。どなたですの、そのかた」


 制服のリボンの色から、先輩であることはわかっただろう。だけど知らない人だったみたいで、アメジストは小首を傾げる。

 この様子だと、アメジストとニャンコ先輩に面識めんしきはないっぽい。

 なのでわたしは、小首を傾げる友人を先輩に紹介した。


「ニャンコ先輩。こちらがわたしの頼りになる友人、ガレリア王太子殿下のめいっ子でおなじみ、アメジスト・ロロハーヴェル侯爵令嬢でございますっ!」


 わたしの紹介にアメジストは髪をかきあげ、 


「おなじみではございませんわよ。ガレリアおじさまとは、年に3度ほどしかお会いいたしません」


 少し戸惑とまどったように微笑ほほえむ。

 いいね! お嬢さまっぽいよっ。


「どうですか、このナチュラルにセレブかんぶっこんでくるお姫さま。頼りになりそうじゃないですか?」


 わたしの予想に反して、青ざめたニャンコ先輩は絶望感に溢れた顔をしていた。

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