第32話 ついばむような口づけを

 セシリアちゃんはこれから「魔王が復活までのあいだ」、リアムとの「恋人イベント」が立て続けに発生はっせいする。

 甘々あまあまイチャコラの連続なんだけど、それは、


「べーつにぃー、いーんでーすけーどねぇー」


 アメジスト、やさぐれてるな。彼女が今日のように、「友人」よりも「恋人」を優先することもあるってことだ。

 放課後のカフェテラス。いつもの「3人の席」には、今日はわたしとアメジストだけ。


「しょうがないじゃん。セシリアちゃん、リアム王子のお手伝いがあるんだから」


 アメジストが口をつけたカップから、ずびっと音が鳴る。これは本格的にこじらせてるな。礼儀作法完璧なアメジストが音を立てるなんて。


「それは良かったですわよ。セシリアはいい子ですもの、幸せになっていただきたいですわ」


 セシリアちゃんをリアムに取られたように感じるんだよね。わかるよ、わたしもだから。


「アメジストだっていい子じゃん。めっちゃいい子だと思うよ? わたしが男の子だったら、絶対惚れてるね」


 おっぱいが大きな美人系は、わたしの大好物だ。自分にない魅力であふれてるから。


「そーですわねー、それは嬉しーですわー」


「いや、ホントだって」


「ではわたくしとスノウ・レイルウッドでしたら、どちらを優先しますの」


「スノウくん」


 そりゃ即答だよ。仕方ないじゃん。


「……ほら」


 その唇をとががらせ顔、かわいいですね。


「でもさ、わたしが男の子だったら、その質問には絶対にアメジストって答えてるよ。セシリアちゃんには悪いけど、セシリアちゃんよりもアメジストを好きになると思うな」


 わたしが本音を言ってるとわかったのか、


「それはそれで、気持ち悪いですわね」


 彼女は眉をひそめる。


「なんでよっ!」


 一度カップに口をつけ、今度は音を立てずにお茶を飲んだアメジストは、


「ですがマルタが男の子でも、わたくしは騎士さまを求めますわ。ですのでごめんあそばせ、マルタさま」


 優雅ゆうがに笑って、お断りの言葉をつげた。


「……ねぇ、アメジスト。今度デートしよっか」


「あなたとですの?」


「うん。友だちデート」


 この〈世界〉でも、女の子が仲の良い友人と「ふたりでおでかけ」することを、友だちデートということがある。女の子同士でなら、普通に通じる言葉だ。


「かまいませんけれど、わたくしお高いですわよ。デート代、あなたに払えますの?」


 確かに、彼女を「庶民しょみんあじ」に連れて行くわけにはいかないかも。


「うっ、それは考慮こうりょして……」


 アメジストはくすくすと上品に笑い、


遠出とおではできませんけれど、よろしいですか」


 それはわたしだって、遠くに行くつもりなかったよ。せいぜい王都を歩くだけ。


「うんっ! ありがと。そういえばスノウくんとの初デートのときにね、セシリアちゃんとリアム王子が……」


 やば、アメジスト不機嫌顔してる。


「わたくしとのデートの話で、なぜあの男の名前を出すのです。そういうところですわよ、マルタ」


 は、はい。すみません……。


 顔を引きつらせるわたしに、アメジストが吹き出して笑う。わたしもつられて笑い、


「でもさ、よかったよね」


 セシリアちゃん、うまくいってよかったね。そこまで言葉にしなくても、


「ですわね、よかったです」


 ちゃんと通じた。


 シナリオが「個別ルート」に入ったということは、残る「闇堕ちフラグ」は2本。

 2年の学期末試験の順位と、「聖剣抜刀イベント」でのミニゲーム。


 セシリアちゃんは2年の学期末試験の順位で、総合10位以内に入らないといけない。そうしないと、4つ目の「闇堕ちフラグ」が立ってしまう。

 だけどわたしがことあるごとに、「お勉強は大丈夫?」と繰り返したことで、「これは、なにかあるな」とさっしてくれたのか、彼女は勉強をがんばってくれている。

 もともと優秀な子だし、きっと大丈夫だろう。


 それに最後の「闇堕ちフラグ」は、簡単なミニゲームだ。

 わたしが初見でクリアできたくらいだから、気にする必要はないと思う。


 1番の問題だった3つ目の「闇堕ちフラグ」は回避できた。

 セシリアちゃん頑張った、えらいっ!


 まだ油断ゆだんできないけど、わたしは随分ずいぶん気が楽になっていた。


     ◇


 セント・アリュー学園に「部活」はないけれど、休日に先生が魔術や剣術を指導しどうしてくれる「特別学科」がある。

 わたしは参加しないけど、スノウくんは剣術指導に参加している。


 今日、剣術の稽古は午前中。武術場には10人ほどがいて、模擬剣もぎけんを持って先生から「かた」を教わっているように見えた。

 スノウくんもゆっくり動きながら、「型」の確認をしているっぽい。

 特別学科はまだ終わりそうにないし、ジャマなんかしたくない。わたしは彼の視界に入らないよう気をつけながら、待ち合わせしている西校舎の横庭へと向かった。


 だけど、楽しみで早く来すぎてしまったようだ。ベンチに座って待つこと、うーん……2時間くらい?

 待つ時間も楽しいといえば楽しいんだけど、やっぱり、


「スノウくーん」


 一緒にいられるほうが、楽しくて嬉しい。

 手を振るわたしに彼は、「わたしにはみだとわかる、微妙な表情の変化」でこたえてくれた。


 うっ、スノウくんその格好……肌着の前ボタンがすべてはずされて、はだけた上半身にドキッとしちゃうんですけど。

 彼は背が高くてきたえられた身体だから、胸板むないたとか腹筋ふっきんとか、そういうのを見せられると男性っぽさがすごく増す。

 ためらいなくわたしの隣に腰を下ろす彼に、


「汗、ふこっか?」


 確認する。タオルは持ってきてるよ? 特別学科後の彼を見るのは初めてじゃない。前にも見学に来てるから、汗をかくのは知ってたからね。


「自分でできる」


 ですよねー。

 わたしがタオルを渡すと、彼は……きゃっ! 服を脱いで、上半身裸になった。

 いやぁ……これは、目の毒です。というかさそってるの!? これ、誘われてる!?


 ドキドキしながら彼を盗み見していると、彼が汗を拭き終わったタオルを渡してきた。

 当たり前のようにおこなわれたそれに、わたしは嬉しくなる。気を使って「洗って返す」じゃなくて、「オレが使ったものはお前が洗え」みたいな、そういう男っぽいところというか、「お前はオレの女だろ」みたいな扱いは……好き♡


 汗をぬぐい、肌着を戻す彼。身体を冷やして欲しくないから、持ってきた大きめのタオルを、彼の肩からかける。


「ありがとう」


 彼の言葉にわたしは、笑顔だけを返す。そしてベンチの上で、お弁当箱を広げた。

 わたしだって、それなりに料理はできる。前世ではあんまりだったけど、今世では幼い頃から、お母さんにいろいろ教えてもらいながらお手伝いをしてたから。


 筋肉をつけるには鶏肉がいい。と、前世で学んだ。

 日本人魂が抜けないわたしは、鶏肉にはお米が合うと思うんだけど、この国の主食は小麦だ。パンとか麺で、残念ながらお米はない。

 文献ぶんけんによると、この〈世界〉にも「米っぽい穀物」はあるらしいけど、わたしがいる大陸では栽培さいばいされていないみたい。


 わたしお手製の今日のお弁当は、パンにチキンステーキと野菜を挟んだサンドイッチ。


「この前美味しいっていってくれたから、また作っちゃった」


 はい。二度目です。料理はできますけど、それほどレパートリィはありません。

 わたしが手渡したそれを、スノウくんは無言でかじる。

 美味しいってお顔に見とれていると、口のものを飲みこんだ彼が、


「どうした」


 首をかしげる。


「えへへー、うれし〜っ♡」


 だってわたしが作ったものを、大好きな人が美味しそうに食べてくれるの。あまりの幸せに、思わずデレデレになっちゃうよー。


「お口、ソースついてる」


 ナプキンを手に、彼の唇の横についたソースを脱ぐろうと身体を近づけると、突然っ!


「んく……っ」

 

 キッ、キスされた!?


 彼はナプキンを持って伸ばしたわたしの腕を掴み、そのまま引き寄せると、唇をわたしのそれへと重ねてきた。


 触れ合う唇。彼の感触が、直接的にわたしを満たしにくる。


 うわっ、めっちゃ不意打ふいうちだ。

 嬉しいけど、ファーストキスなんですけど!?


 呆然ぼうぜんとしているわたしから、彼の体温が離れる。


「……すまない、つい」


「つい!?」


 ついって、なにそれ。驚きの顔をするわたしに、


「マルタがかわいくて、勝手に身体が動いた」


 そっちを先にいってくれませんか。


「いや……だったか」


 その問いに、わたしは首を横にふる。

 そんなに心配そうなお顔しなくていいよ。


「いやじゃないです。でも驚いちゃって。初めてだから、キス……したの」


 嬉しいですよ? そんな強引に来られるとは、思ってなかっただけ。


「…………」


 わたしを見つめながらも、沈黙の彼。

 どうしよう。なにかいってよ。そう思うけどこの人は口下手だ。物理的には「口出し」してきたけど。


 わたしの腕を掴んだままの、大きな手とたくましい腕。やせっぽちのわたしとは全然違う。


「いやじゃない……ですよ」


 初めてのキスが、自分の作った鶏肉サンドイッチ味とは思いもしなかったけど、わたしは彼の強引なキスに、女の子っぽく、ついばむような口づけをお返しした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る