第30話 ルート分岐(1)

 アメジストとローアくんの関係は、おたがいを認識にんしきできての再会からも変わっていない。

 だけど彼女は、これまで以上に笑うようになった。このところはまるで、子どもに戻ったような表情で楽しそうに笑う。

 ムスッとした表情が多かった〈ゲーム〉とは、まるで別人だ。


 それとは別件だけど、セシリアちゃんはシロちゃんが男の子だと気がついたみたいで、彼から逃げるようになった。

 そんなに避けてやらないで。その子、花束の騎士最強だよ? 聖女編のダンジョン攻略でめっちゃ便利。


 シロちゃんとの関係をリアムに勘違いされるのがイヤなのはわかるけど、リアムの好感度が相当上がっている今の状態だと、「シロちゃんルート」には入れない。

 シロちゃんの主人公への感情は「あこがれれ」以上にはならない。「恋愛感情」にはならないから。


 って、それは〈ゲーム〉での話だけどね。〈現実〉にはどうなんだろうね。

 そこまではわかんないや。


   ◇


 放課後の図書館。ここの図書館って、いつも人が少ないんだよね。

 今日、広い読書スペースを占領せんりょうしているのは、わたし、セシリアちゃん、アメジストの3人だけ。


「マルタちゃんとアメジストちゃんは、すごいね。自分の気持ち、ちゃんと好きな人にいえたんだもん」


 アメジストがローアくんに「おしたいしております」と告白してから10日ほど。

 彼女はわたしたちののぞに気がついていたみたいで、後でふたりそろってしかられた。

 わたしは「告白する姿」をセシリアちゃんに見てもらいたかったからいいんだけど、彼女は完全に覗かれただけだもんね。

 だけど、本気で怒ったわけじゃない。「もうっ! 仕方のない子たちですわ」ってお姉さんぶられたよ。

 わたしたちを、手のかかる妹みたいに思ってる?


「すごいかどうかは、わかりませんけれど」


 アメジストはローアくんが持ち上げた左手を、右手でいとおしそうになで、


「ちゃんといわないと通じませんわ。殿方とのがたとは、そのような生き物ですもの」


 わかったようなことをいう。どうせ、適当いってるだけだろう。彼女だって『彼氏なし歴=年齢』なわけだし、大して殿方を理解してないよ。

 だけどわたしはアメジストに乗っかって、


「だよねー。セシリアちゃんも、ちゃんといったほうがいいよー」


 唐突とうとつなわたしの言葉に、


「……それ、マルタちゃんの能力?」


 わたしの能力。「エセ未来予知」だ。少し「むすっとしたお顔」してるのは、余計なお世話だからだろうな。

 わたしはわざとらしく小首をかしげて、


「能力? なんのこと? でも後悔したいならいいよ。ちゃんといわないと通じない、殿方とはそういう生き物……だよね? アメジスト」


「えぇ、そうですわ。それにセシリアのおもびとは隣国の王子ですもの。こういってはなんですが、なかなかにむずかしいお相手ですわよ」


 うっと、息を飲むセシリアちゃん。アメジストの言葉は事実だけど、実はそれ、気にする必要がない。

 だって彼女は、聖女として目覚めて魔王をほろぼす存在だ。

 先代の聖女が「封印」しかできずに次世代に禍根かこんを残すにとどまった魔王を、紅蓮の聖女は花束と騎士たちとともに滅ぼすんだから。

 それはもう、世界中から感謝されて有名人になるの。むしろリアムなんて小国の王子、魔王討伐の聖女セシリアにはもったいないくらい。


 とはいえそれは未来の話で、その未来を知ってるのはわたしだけ。アメジストの言葉に、セシリアちゃんは考える顔をして、


「……ねぇ、マルタちゃん、アメジストちゃん。聞きたいんだけど、いいかな」


 頷いたわたしたちへと、


「えっとね。リアムさまってあたしのこと、好き……だよね?」


 自覚してましたか。まぁ、誰が見てもわかるほどだもんね。

 だって学園内には、「リアムとセシリアちゃんは交際している」って思ってる人のほうが多いんじゃないかな。

 宣言せんげんするものじゃないからあれだけど、他人から見ればあなたたち普通にカップルだよ。


「リアム王子に好かれているという自覚は、ありますのね」


「う、うん。なんと……なく」


 なんとなくのレベルじゃないだろう。あんたたち、学園内でも手を繋いでるときあるよね? それを隠そうともしてないよね。

 以前、「隣国の王子が平民の優等生をもてあそんでる」ってうわざあったの、知らないでしょ。


「なんとなくって、あなたそれ本気でおっしゃってますの? 本気ならにぶすぎですわ」


「だ、だってわからないんだもんっ! あたしは好き……だよ。でもリアムさまは王子さまだし、あたしは平民。迷惑にしかなれない」


 確かにね、そう思っちゃうのは当然だろう。王族と平民では、身分が違いすぎる。だけどそれは「この国」での話。リアムの国では、この国ほど身分を重視していない。

 そんなこと言っても、さすがに王族と平民じゃ身分差あるけどね。


 女の子から告白するなんて大変だ。とっても勇気がいるよね。わたしも勇気出してみた。

 それに、彼女の想い人は「王子さま」。拒絶される可能性の方が高い。困らせてしまう可能性が、ほぼ100%。そう思っちゃうのもわかるよ。

 だけど、それでも。


「わたしはスノウくんに、好きですって言ったよ? 怖かったけど言った。アメジストもだよ」


 ローアくんに「お慕いしております」って、ちゃんと伝えた。


「そうですわね。マルタと違って、よいお返事はいただけませんでしたけど……」


 そんなさみしそうな顔しないでよ。まだチャンスはあるって、わたしは思うんだけどな。この〈世界〉の全てが、〈ゲーム〉と同じシナリオだとは思えないし。


「怖かった? アメジストちゃんも」


「それはもう、ガクブルでしたわ」


 寒気を感じているように自分の身体を抱きしめる彼女の様子に、セシリアちゃんが笑みを浮かべる。


「やっぱりすごいよ、ふたりとも」


 笑みをうれいに変え、


「あたしも、強くなりたい」


 彼女は下唇を噛む。


「リアムさまに、好きですって伝えたい」


 3つ目の「闇堕ちフラフ」回避に向けて、いい流れが作れている。

 だけど「友人の恋心」に対して「フラグがどうこう」を気にすることに、胸がモヤっとした。


 仕方ない。それは理解してる。

 だけど少しの罪悪感があるの。わたしだって彼女の恋を、素直に全力で応援したい。そんな思いはあるんだよ。


「伝えたいなら、伝えたほうがいいよ。そのほうが後悔こうかいが少ないから」


「後悔って……マルタ、あなた言葉を選びなさい」


「そんなこと言われてもなー……大丈夫だよ、リアム王子ってセシリアちゃんに夢中じゃん。王子の身分みぶん捨ててでも、セシリアちゃんを選ぶんじゃない?」


「そこまで無責任なかたには見えませんけれど、ですがそれもありですわね」


 わたしたちのそれこそ無責任な会話に、セシリアちゃんはなにも言わない。思案しあんがおで、話が聞こえているかもあやしい。


「うまくいってもダメでもさ、セシリアちゃんにはわたしたちがいるよ。ね? アメジスト」


「ですからかたですわよ、マルタ」


 と、セシリアちゃんはハッとした顔をして、


「後悔は……しない」


 つぶやくと、わたしたちの顔を見て、


「あたし、後悔するのは嫌。後悔はもう嫌っ! 強くなるの、ならないといけないの」


 その瞳に強い光を宿やどした。

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