第28話 リアーナとローア(1)

 セシリアちゃんとリアム王子のなかは、2年生になっても順調じゅんちょうに進んでいる。

 ちなみに、わたしとスノウくんも進んじゃってるよ? 学園内でもこっそり手を繋いだりして、ドキドキしたりしてる♡


 だけどアメジストとローアくんの仲には、まったく進展がない。

 アメジストは彼になんのアプローチもしないし、わたしにも手出しさせない。あまりのもどかしさに手を貸そうとしたとき、


「余計なことしないでッ!」


 って、本気で怒られた。

 あのときだけだな、アメジストを本気で怒らせたの。彼女は基本的に、お人よしなお嬢さまだもん。

 そういえば、スノウくんと似てるところがある。真面目なところとか。仲間を大切にするところとか。

 ふたりの仲が悪いのは、同族どうぞく嫌悪けんおってやつだろうか。


 アメジストにとって「ローアくんへのおもいは本気」だから、〈ゲーム〉では……ううん、たぶんこの〈世界〉でも「ローアくんをめぐる戦い」なら、彼女は相手が誰であろうと戦うだろう。

 真面目でお人よしなアメジストが、〈ゲーム〉で主人公に嫌がらせをするほど、められてしまったように。


     ◇


 今夜、女子寮のわたしとルルルラの部屋にいるのは、わたしとアメジストのふたり。ルルルラは研究室に泊まりこんでる。魔導具まどうぐの開発で忙しいらしい。


「アメジスト。ラブレットさまとはどうなの? 余計なことはしないけどさ」


 ローア・ラブレットくん。わたしも最初は「ローアくん」って呼んでたんだけど、そうするとアメジストが怖い目するんだもん。彼を親しげに名前で呼んでもらいたくないんだろう。わからなくはないけど。

 わたしだってアメジストが、スノウくんを「スノウくん」って呼んだら、嫌な気持ちになるだろうし。

 今みたいに「スノウ・レイルウッドっ!」と、敵意がこもったフルネーム呼びをしてもらったほうが、まだましかもしれない。


 いや、嫌な気持ちというか、嫉妬だろうな。アメジストはわたしより、確実にいい女だもん。

 お金持ちのお嬢さまだし、なにより美人だ。スタイルだってすごいの。お胸も……きょ、巨乳だし、むしろ爆乳だし! 

 わ、わたしは普通だけどねっ! まだまだ成長期間中だしねっ! スノウくんがおっきいのが好きとは限らないしっ。


「どうなのと言われましてもねー」


 アメジストは同級生の「ローア・ラブレット」くんに恋をしている。だけど侯爵令嬢のアメジストと男爵の息子の彼では、身分が違いすぎてつり合いがとれない。

 少なくとも「つり合ってない」というのが、この国での常識だ。


「もうちょっと積極的せっきょくてきにさー」


「あなたに言われたくありません。スノウ・レイルウッドごときにモジモジしていたあなたに」


「モジモジしてたけど、今は結構いい感じだよ♡ この前もね、デートしたの♡」


 わたしだって最近は、スノウくんにちゃんと「好き♡」って言ってるよ? ふたりきりのときだけど。

 そうつげると彼ね、優しく頭をなでてくれるの。


「はあぁ~っ……そうですかですか。全然、うらやましくございません。そうですわ、まったく羨ましくも嫉妬もしませんわよ、えぇしませんとも」


 羨ましいし、嫉妬するんだ? アメジストは乙女だからなー。恋する乙女だもんねー。

 彼女のお父さんのロロハーヴェル侯爵は、国王陛下の従兄の息子という「微妙に王族の一員」な立場にある。それに次期国王であるガレリア王太子の奥さんは、ロロハーヴェル侯爵の妹だ。

 アメジストのお父さんは、未来の王妃のお兄さん。

 で、そうなるとアメジストは王様の姪っ子だ。今でも王太子の姪っ子だけど。

 そうなんだよねー。アメジストってめっちゃ上流階級の子なんだよね。侯爵令嬢なんだから当たり前か。


 だけどローアくんは、わたしと同じ男爵家の子息でしかない。「回復&浄化の魔法」が使えるから貴重きちょう人材じんざいではあるけど。

 回復&浄化魔法は「水と風の2属性の素質」を持ってないと使えない「上位魔法」で、これを使える人は魔法の素質を持つ人間でも500人にひとりくらいだと言われている。

 だけど魔法の素質や属性は遺伝しないから、ロロハーヴェル侯爵家が「珍しい2属性持ちのローアくん」の血を取りこもうという話にはならない。


 ぐれたば公式設定資料集によると、アメジストは王太子の3人目の息子で後々「第3王子」と呼ばれることとなる、「5歳年下の従弟いとこ」と結婚するらしい。

 要するに、ローアくんとは結ばれないの。

 この〈世界〉ではどうなるかわからないけど、〈ゲーム〉では「主人公がローアくんを選ばなくても」、アメジストとローアくんが結ばれることはない。


 だからこそ「アメジスト編」と呼ばれるCDドラマが、心にくるものになるんだけど……。


     ◇


 ここで、CDドラマの内容を簡単に説明しておこう。


 7さいなったアメジストは、「100日研修」という「家庭内の試練」に挑戦する。


『100日の間、身分を隠して格下の生活を体験する』


 というものだ。

 格下と言っても下級貴族の家で暮らすだけで、庶民の生活を体験するわけじゃないけれど。


 で、その研修場所となった格下の貴族の家が、「ラブレット男爵家」。

 ローアくんの生家せいかってわけ。


 リアーナという偽名ぎめいでラブレット男爵家で暮らすことなったアメジストは、長男のローアくんとすぐに仲良くなる。

 同じ日に生まれたもの同士というのも、ふたりの親密性しんみつせいを高める要因よういんになった。


 7さいのアメジストは現在ほど洗練せんれんされてなくて、外見は特筆とくひつするものじゃなく、かわいいのは間違いないけど、上級貴族のご令嬢という雰囲気ではなかった。


 よく笑う、表情が豊かな普通の子ども。そんな感じ。

 だからローアくんも、しばらくのあいだ一緒に暮らすことになった少女に物怖ものおじはしなかった。


 リアーナと名乗っていたその頃と現在では、アメジストの外見は別人のように変化している。髪を伸ばしたし、背も伸びた。なにより雰囲気が高貴な女性として洗練され、あまり笑わなくなった。


 現在のローアくんが、「アメジストがリアーナだと気がつかない」のも仕方ないと思う。

 わたしもCDドラマのジャケットに描かれた愛らしい少女が、幼いころのアメジストだってわからなかったし。


 だけどCDドラマを10回は聴いたわたしは、アメジストのローアくんへの想いを知っている。

 ふたりの間にあった、過去の出来事も。

 ローアくんは忘れているかもしれないけれど、アメジストは憶えている。

 幼いころ彼と交わした、


『ぼくはリアーナの騎士だ。これからもずっとキミを守る。約束するよ、ぼくの姫君』


 その約束を。


     ◇


 放課後。いつものように、最近では指定席になってるカフェテラスの席で「仲良し3人組」で談笑してたとき。


「もしかして、リアー……ナ?」


 セシリアちゃんに本を渡しにきたローアくんが、アメジストを見て驚いた顔をした。


 リアーナはかつて、アメジストが名乗っていた偽名。その偽名で彼女は、ローアくん一家と暮らしていた時期がある。


 驚いた顔をしたのはアメジストも同じだけど、なぜだ? アメジストはローアくんの存在を認識しているはずだ。ストーキングもしていたんだから。


 で、これはあとからわかったことだけど、どうやら彼女は学園で再会したローアくんが、


「自分をリアーナだと認識している」


 と思い込んでいたらしい。

 自分が「成長したローアくんを再会した瞬間に認識できた」のだから、「彼もそうに違いない」と。


 だから彼女は、「ローアくんが自分に話しかけてこない」のが不満だったし、だけど「もしかして、なにか理由があるのかも」と勝手に勘違いして、自分から話しかけなかったんだって。


 だけど、うーん……ローアくんに気づけって、それは無理があるよ。

 アメジスト。あなた幼いころから、ずいぶん変わったよ? そんなのローアくんじゃなくても、わたしでも無理だよ。

 いや、わたしもわたしだ。ローアくんがアメジストを「リアーナと認識していない」のはCDドラマで知っていたから、「そういうもの」だと思っていた。

 そしてアメジストが、「ローアくんは、わたくしがリアーナだと気がついている」なんて思い込みをしているとは、想像もしなかった。


 ローアくんが「アメジスト」=「リナーナ」だと気づけたのは、彼女がわたしたちと「自然な笑顔」で会話していたからだと思う。

 アメジストの笑顔とリアーナの笑顔が同じだと気がついた彼は、むしろ立派なんじゃないかな。リアーナの見た目は、ぜんぜん変わっちゃってるんだから。


「は、はい。おひさし、ぶり、ローア……くん」


 片言のアメジスト。これまで「リアーナだと認識されていなかった」事実を、瞬間的に受け入れられなかったのだろう。


「久しぶりじゃないよ。何度も見かけたし、すれ違ったこともあるじゃない」


 ローアくんは困った顔をする。


「言ってくれればよかった……」


 と、突然。彼はハッとした顔をして、


「ご無礼をいたしました。ロロハーヴェル侯爵令嬢アメジストさま」


 深く頭を下げた。


 まぁ、そうなるよね。

 それが貴族社会では普通だもん。


 学園内で身分は考慮されないと言っても、普通は気にするもんね。

 生徒同士は結構、お互いの身分を気にしている。


「あー……あたし、図書館行かなくちゃー」


 わざとらしいな、セシリアちゃん。

 アメジストの想い人がローアくんであることは、セシリアちゃんも気がついている。黙ってはいるけど。


「マルタちゃんも、一緒にきてほしーなー」


「うん、そーだねー。あたしも、図書館に用事あるの思い出したー」


 セシリアちゃんにつられて、わざとらしくなっちゃったよ。

 席を立つ友人ふたりを、


「ちょっ、ちょっとあなたたち」


 アメジストが呼び止める。

 ごめんねー。友だちとしては、ここはいなくなるのが正解の場面なの。

 だけど、ちょっとアドバイス。わたしはアメジストの耳元に唇をよせ、


「ちゃんと話しをしたほうがいい。余計じゃない。友だちだから言ってるんだよ」


 小声の早口でつげる。

 セシリアちゃんもアメジストに小さく頷いて、わたしたちはその場を離れた。

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