第21話 休日デートイベント(2)

 スノウくんの口数は多くない、それはわかってる。

 なんなら前世からわかってる。

 だったら彼の分も、わたしが口を動かせばいい。


 意味のない雑談にも、「あぁ」とか「そうだな」とか応えてくれるスノウくん。本当はそんな短い相槌あいづちすら、苦手なのかもしれないけど。


 彼が「恋人に望む」のは〈ゲーム〉の公式設定によると、「会話がなくても成り立つ関係」なんだって。

 一緒にいるだけでたされる関係ってことだろう。


 〈ゲーム〉での彼はそんなだったから、前世のわたしは苦手なタイプだった。

 数多くの乙女ゲーを制覇したけれど、「スノウ・レイルウッド」は印象に残るキャラクターじゃなかったし、むしろ同じ声優さんが演じた別のキャラの方が好みだったりした。


 だって、わかんなかったんだもん。


「一緒にいるだけでいいってなに!? おしゃべりするから楽しいんでしょっ! 乙女ゲーなんだから、会話してこそでしょ!」


 そう思ってた。


「……」


 やがて話すこともなくなり、わたしの口は動いてくれなくなる。だけどスノウくんは、わたしを見ててくれた。

 それに全然、退屈そうに見えない。むしろ楽しそうな顔をしてる。

 なにも話してくれないけど、視線はわたしを気にしてくれてる。歩いている人にぶつからないように、気になるものを見つけて立ち止まっていないか。

 わたしがそっと見上げると、彼の穏やかな視線とぶつかるの。そんな優しい目で見られると、わたしは笑顔になっちゃう。


 会話なんてなくていい。こうして微笑み合えるんだから、それだけで満たされる。

 やっと、わかった。

 こんな「空気感」が、あなたのこのみなんだね。

 わたしもこういうの、嫌いじゃないかもしれない。


 ううん。あなたとなら、これが幸せだよ。


 言葉は少なく、ただ街を歩くだけ。でもそれがすごく楽しい、嬉しいっ!

 カフェで昼食をとって会計を済ませた後。わたしを振り返って手を伸ばしてくれたときは、ホント、少し涙が出たくらい嬉しかった。


 デートの間、わたしたちの手が離れることはあったけど、それでも彼はまた繋ぎ直してくれた。

 少し照れた様子で、わたしの手を奪うように、自分の手に包んでくれた。


 こんな幸せがあるんて、しらなかった。

 乙女ゲームにだって満たされてたけど、それとは違う幸せだ。


「ぅへ……うへへっ」


 あまりの幸福に思わず溢れてしまった、不気味な声。


(やばっ! 変な声でちゃったっ)


 彼を見上げると、


「キミは面白い声で笑うな」


 と、なんだか楽しそう。

 い、いや……恥ずかしいな……。


「ご、ごめんなさい。つい」


 つい、なんだよっ! 自分に突っ込み入れちゃう状況だよ。


「楽しそうでいいと思う」


 彼はわたしの手を強めに握り、


「かわいいと、思う」


 わたしの頭の上に顔を近づけて、小声でそう囁いた。


 はうぅっ! それはズルいよっ! やばいよ、ダメだよ、卑怯ひきょうだよっ!


 顔見られてないし、彼の顔も見えない。見られているのは頭頂部だけだろう。

 で、でも……。

 心臓がドクドクして、鼓動が彼に聞こえてしまいそう。


 強く握られた手。少し痛いくらいに。わたしも力強く握りかえして、


「……ウソ」


 自然とあふれた言葉。

 だけど、違う。知ってるでしょ? 彼はウソがつけるほど器用じゃないって。


「ウソじゃない。マルタはかわいい」


 わたしに返す言葉はなく、腰から力が抜けてその場にへたり込んでしまいそうだった。


     ◇


 そのあとも、いろいろなことがあった。


「初デートの記念になにか贈りたい」


 〈ゲーム〉のイベントと同じことを言われて舞い上がったわたしは、


「だったら、スノウくんに選んでほしい」


 なんて女の子っぽいことを返しちゃったばかりに、


 それは高いっ! 学生が初デートの記念に贈られるものじゃないでしょ!?

 値段、スノウくん値段見てえぇ~っ!

 

 な状況におちいっていた。

 お貴族さま御用達ごようたしな感じの品のいい装飾店。スノウくんは伯爵家の長男ですし、わたしとは金銭感覚が違うのはわかるけど、それでもこれは高すぎる。

 あなたが興味をしめしているその小さなペンダントひとつで、今わたしが着てる一張羅、三着くらい買えちゃうんですけど!?


「気に入らないか?」


「そ、そんなことないっ! 絶対ないっ」


 それめっちゃ素敵ですよ。紫の蘭花をモチーフしたものですね、センスいいです。むしろ良すぎて、地味なわたしに似合うかどうかですよ。

 ですがそれ以前に、値段が怖いんですよ! わたし、食堂のランチで迷うくらいの金銭感覚なんです。


「あ、あのね? 困らせたくない……の」


「困る?」


 ピンときてないなこの人。


「値段が……ね?」


 値段を確認するスノウくん。

 だけど、


「女性のアクセサリーは、このくらいではないのか? 姉上がそのように言っておられたが」


 あぁ、スノウくんのお姉さんね。ライエ・レイルウッド伯爵令嬢ですよね?

 知ってますよ、もちろん〈ゲーム〉の知識で。


 あなたのお姉さん贅沢三昧しているふりして、家のお金で買ったり貴族の男に貢がせたりしている宝石や装飾品を資金に、孤児や生活が困難な子どもたちを保護する「救護院きゅうごいん」を運営していますよ?

 ですのであなたのお姉さんの金銭感覚を基準にするのは、おかしいです。お金持ちからどれだけガメれるか挑戦してるんですよ、それ。


 うん。だけど、はっきり言わないとだよね。


「違うよ、これは高いの。わたしには高級品です。嬉しいよ? 本当に。あなたが選んでくれたことが一番嬉しい。でもね、こんな高価なしなはいただけません。ありがとう嬉しいですと、ごめんなさいが混ざった感じ。わかる?」


 どうにか納得してもらって、そのあと露店で手頃な価格のペンダントを買ってもらった。

 今度は嬉しそうにしているわたしに、


「その顔が見たかった。先ほどは困らせてしまったようだ、すまない」


 彼はそう言って笑った。

 わたしもあなたの、その顔が見たかったんです。


 お互いに笑顔を見せ合ったあと、わたしたちは残り少なくなったデートの時間を楽しんで、太陽が傾きかけた頃に女子寮の前まで送ってもらった。


「また、誘ってもいいだろうか」


「はいっ! ぜひ」


 わたしの返事に、彼は少し迷ったようなお顔。デートの間には、そんな表情見せなかったよね。なんだろ?


「どうかした?」


 そう言おうとした瞬間。

 スノウくんは自然な動作でわたしの左手をとると、持ち上げるようにしてその甲にそっと唇を触れさせた。


 ひっ……!


 男性が女性の左手に口づけをする。

 上流階級の挨拶ではあるんだけど、こ、これってレディに対するものだと、


「あなたのことを、異性として意識しています」


 という意思表示でもあるの。


 ウソっ! え!?

 は、恥ずかしくて、唇がブルブルしておりますがぁっ!


 きっとわたし、顔面真っ赤でプシュプシュなってる。スノウくんはわたしの左腕をそっとおろして、ゆっくりと手を離すと、


「また、明日」


 それだけ言い残して、去っていった。

 だけど背中を見せる瞬間の横顔が照れ顔だったのが、めっちゃ嬉しかったですっ!

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