第25話 魔王復活の予兆

 学校で会えなくても、夕方になったらルルルラは女子寮に戻ってくる。

 戻ってこない日もあるけど、ほぼほぼ戻ってくる。

 だから、


「魔王復活の予兆よちょう観測かんそくされた」


 部屋のドア開閉かいへいが一瞬のうちにされ、勉強していたわたしの背中に彼女の声が刺さるのは不思議じゃなかった。

 重大発表なのに反応を見せないわたしに、


「驚かないな」


 彼女はつげる。


「はいはい。わかってました」


 未来の聖女が学園内で青春しているあいだ、王国だってなにもしてないわけじゃない。

 すでに5年前から、魔王復活を観測するための行動を開始している。

 このあたりの「王国の動き」は、“ぐれたば”のシナリオライター「らいおん先生」書き下ろしの小説が公式サイトで公開されていた。

 その内容を簡単に説明すると、


「王国騎士団とか魔導師団が魔王復活の時期をさぐり、できるなら遅らせるために奔走ほんそうする」


 といったもので、世界観の補足説明をするだけのものだったから、わたしもそこまで読みこみはしなかった。

 らいおん先生が「趣味で書いた」といっていて、恋愛要素はなかったから。


「聖女が勝つとわかっているから、そんなに呑気のんきなのか」


 そう見える?


呑気のんきじゃないよ。聖女が魔王にはきっと勝つだろうけど、完全勝利かどうかは、まだ決まってない」


 まだ、すべての「闇堕ちフラグ」が回避できたわけじゃない。


「完全勝利? なんだそれは」


犠牲者ぎせいしゃが出る……かもしれない」


 出させないために、セシリアちゃんのフォローをするつもりだけど。


「魔王との決戦だぞ、数万の犠牲者が出てもおかしくないだろう」


「数万って……そんな大きな戦いにはならないよ。魔王の力は聖女がいでるもん。本人はわかってないだろうけど、魔王の完全復活はもうないから」


 聖女の「闇堕ちフラグ」は、すでに2本折られている。だから「闇堕ちエンド」はない。

 そして「トゥルーエンド」、「通常エンド」、「聖女エンドとも呼ばれるバッドエンド」。それらどの結末だろうと、聖女は魔王に勝つ。

 だけどセシリアちゃんがたどり着くべきエンディングは、「トゥルーエンド」しかありえない。それは以外では、花束の騎士に死者が出てしまう。


 乙女ゲーム「紅蓮ぐれん聖女せいじょ花束はなたば騎士きし」の最高エンド。

 魔王を倒し、聖女も花束の騎士たちも誰も死なない。彼女には、そのエンドを勝ち取ってもらうしかない。

 わたしのためにも、セシリアちゃん自身のためにも、この〈世界〉のためにも。


 もし、「そのために」わたしが「この〈世界〉にいる」のなら、わたしの使命はわかる。

 セシリアちゃんが「闇堕ちフラグ」を踏まないように、陰ながらお手伝いをする……だ。


 女神がなにを思って「わたしをこの〈世界〉に送った」かなんてわからない。人気ひとけのない場所で女神に呼びかけてみたけど、返事はなかったし。

 そもそもこの〈世界〉でのわたしの存在に、意味なんかない。全てがただの偶然かもしれないけど、わたしは信じている。


「大丈夫。セシリアちゃんなら、やってくれる」


 って。


 わたしはルルルラへと、


「それにあなたもいるでしょ? こっちには天才少女のルルルラちゃんがいるんだから、魔王なんかこわくないって」


 本音をつげて微笑んだ。


 そう。魔王なんかこわくない。

 聖女セシリアがいる限り、この〈世界〉は魔王になんか負けない。


 だからこわいのは、もっと別の……。


     ◇


 夢。

 夢のようなこの〈世界〉でも、わたしは夢を見る。


 五人の花束の騎士が十の字で、空中に張りつけられたように浮かんでいる。


(スノウくんっ!)


 その叫びは音にならず、わたしの中でだけ響く。


 聖剣をささえにして、苦しげな顔で片膝をつく聖女。少し浮かんで、聖女を見下ろす魔王。


「どいつがいい? 誰を死なせたい。選ばせてやろう、聖女」


 魔王の声とともに、『ルーレット』が回りだす。


 ゲーム器のコントローラーを手にした「わたし」は、よくわかっていない顔で適当にボタンを押す。


 こうなることは、今のわたしにはわかっていた。

 だって、なにもわかってなかった「この初回プレイ」で、「わたし」は2本の闇堕ちフラグを立てているんだから、最終決戦のこの場でふたりの花束の騎士が死ぬことは、今ならわかる。


(ダメっ! やめてっ)


 わたしの声は「わたし」に届かない。「わたし」は無表情で画面を眺め、ボタンを押した。

 ルーレットの動きが落ち、


「そうか、そいつが憎いのか。だから殺すのかっ!」


 魔王の言葉で、わたしの心臓が潰れそうになる。


「ぐがぁッ!」


 虚空に出現した大きな杭が、リアムの心臓を貫いた。


「セシ、リア……」


 リアムの口から血が溢れ、その滴りとともに彼の身体が地上へと落下する。


「もう一度選ばせてやろう」


 再度回り出すルーレット。無表情の「わたし」が再びボタンを押す。その操作に連動して、ルーレットの動きが鈍くなっていく。


(だ、ダメっ。やめ、て……)


 最悪の結果。スノウくんの前に現れる杭。

 必死に抵抗しようとする彼だけど、


「よかった♡ ローアきゅんじゃなかった」


 杭がスノウくんの心臓を破壊した瞬間。「わたし」はそういって笑った。

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