第24話 2年生になりました

『学年末試験で、総合30位までに入る』


 その、1年生の最後に待ち構えていた2つ目の「闇堕ちフラグ」は、わたしが暗躍あんやくするまでもなくセシリアちゃんが自力じりきでへし折った。


 彼女の学年末総合順位は3位。学術も魔術も優秀な彼女には、『総合30位』なんて余裕だったみたい。総合47位が心配する必要なんて、最初からなかったようだ。

 わたしって学術は10位以内なんだけど、魔術は素質がなくて実技が「0点」だから、総合だと順位が下がっちゃう。落第らくだいしないならそれでいいけどね。


 2つ目の「闇堕ちフラグ」は、よほど運が悪くないと立たないって思ってたけど、予想通りだった。

 このフラグを回避かいひするのに気をつけるのは、体調管理くらいだもん。

 テスト期間直前に病気になっちゃうと、テストの結果は散々さんざんで「闇堕ちフラグ」が立っちゃうから。


 だけど〈ゲーム〉だと「闇堕ちエンド」見るために、学年末テストの前にわざと病気状態になる必要があるくらいフラグの回避は簡単。

 わたしもセシリアちゃんの「体調管理」に気をつけていたけど、無用な心配になってよかった。

 

 そんなこんなで学園生活も1年が過ぎ、わたしたちは2年生になった。


 新しいわたしの教室は2年4組。アメジストと同じだったから、めっちゃ嬉しかった。

 もしかして〈ゲーム〉でも、2年でマルタとアメジストはクラスメイトだったのかな? 〈ゲーム〉で主人公は2年1組だったから、そのあたりのことはわかんないけど。


     ◇


 新年度が始まったばかりの食堂。わたし、アメジスト、セシリアちゃんの3人は、同じテーブルで昼食をとっていた。

 なんかもうわたしたちって、「仲良し3人組」って感じなんだよね。


「ふたりでずるいよ~っ! あたし1組なのにー」


 テーブルに突っしてブーたれるセシリアちゃんに、


「なんですの? このあいらしい小動物は♡」


 アメジストが萌えている。

 気持ちわかるよ。めっちゃかわいいよね、この小動物。


 セシリアちゃんは親しくなるにつれて、わたしだけでなくアメジストにも言葉使いが柔らかくなっていった。

 彼女が無理して丁寧な言葉づかいをしているのは知っていた。前世の〈ゲーム〉での知識だ。もともと彼女は平民で、丁寧な言葉を使う生活をしていなかったから。


「その小動物、進化すると隣国の王妃になるらしいよ? でるなら今のうちだよ」


 セシリアちゃんとリアム王子の仲は順調に深まっていて、今では「学園公認カップル」みたいなものだ。ふたりの仲は誰もジャマしないし、できない。

 告白イベント、まだなんだけどなー。


「まぁ、隣国の王妃ですか? それは珍しい小動物ですわね。よしよしよしよし」


 アメジストがセシリアちゃんの頭をなで始める。ついでにわたしもなでてみた。

 なんだこれ!? めっちゃサラフワ触感。さすが未来の聖女で王妃さまだ。


「もっ、もーっ!」


 頭ナデナデでは納得できなかったらしく、小動物が両腕をバタバタさせる。あらかわいい。


「鳴き声もかわいいですわ、よしよし、いい子いい子ですわ」


 ご満悦な様子のアメジストと、ふてくされ顔のセシリアっちゃん。そんな友人たちの様子を眺めるわたし。

 女子3人での楽しいランチの時間だけど、わたし的には「もう一人」足りなく感じている。


(あ~あっ。ルルルラもいればいいのに)


 そう思うけど、実は彼女、もう学園の「生徒」ではない。

 前世の記憶でわかっていたことだけど、彼女は飛び級で卒業資格を得て「王宮魔導師」として公務員就職した。


 といっても、「特別研究員」として学園にはいる。

 学生じゃないから授業は受けないけど、学園内にある「王国魔導具研究部」という部署で魔導具の研究開発をしていてる。それに学園の女子寮に住んでいて、部屋もわたしと同室のままだ。

 どうもルルルラが、それを望んだらしい。「慣れた環境の方が研究がはかどる」とかなんとか。


 ルルルラが学園内で働く研究員というのは〈ゲーム〉と同じ。そもそも〈ゲーム〉だと彼女が登場するのは主人公が2年生になってからで、「学園内で働く頼りになるOG」という位置づけだ。

 これからはルルルラ、セシリアちゃんとの絡みも多くなるだろう。彼女は「聖女を助ける便利キャラ」だから。


 仲良くたわむれるセシリアちゃんとアメジスト。わたしはこの1年、学園でいろいろやってきたように思うけど、それらは、


『イベントの発生に、影響を与えていない』


 ように思える。


 「未来予知」が当たりすぎている。

 わたしが多少「シナリオ」からズレた行動をしても、


「予定されていたイベントが、予想していた通りに起こっている」


 っていえばいいかな。


 本来なら仲良くならないはずのアメジストとセシリアちゃんが友だちになっても、主人公の周りで起こる「予定」のイベントに変化がない。

 攻略キャラたちとのイベントは発生するし、彼女はイベントをこなし、〈ゲーム〉の攻略に向けたステータスアップの行動をとる。

 わたしがどう動こうと、セシリアちゃんは「ゲームの本筋」からそれることなく、主人公としての道を一直線に進んでいる。


 実は心配してたんだよね。フラグを完全に把握はあくして「アメジストとセシリアちゃんが敵対しなくても、シナリオの本筋に影響はない」とわかっていても、ふたりが友だちになるというのは「大きな変更」になるんじゃないかって。


 もしかしてこの〈世界〉に、なにかしらの「変化」を起こすんじゃないかって。


 だけど、想像以上になにもない。

 いや、ない方がいいんだよ? イベント内容が変化して「闇堕ちフラグ」に影響が出ちゃうと、わたしは対応できないから。「未来予知」してるなんてウソなんだから。


 〈世界〉に影響がないといえば、わたしとスノウくんの仲だってそうだ。

 マルタは〈ゲーム〉だとスノウくんに見向きもされないし、結構手ひどくフラれる「噛ませ犬キャラ」なんだだけど、この〈世界〉のマルタであるわたしは、すでに5回スノウくんとデートしたし、彼がわたしを「好ましく思っている」のは、他人から見てもわかるくらいなんだって。


 ちなみに、学年末試験の後の3回目のデートで、わたしはスノウくんに「好きです」って告白しました。セシリアちゃんに「告白を意識してもらう」ため、彼女とアメジストにもこっそりのぞいてもらって。


 わたしの告白に彼は、「ありがとう」って微笑んで、ぎゅっと抱きしめてくれた。嬉しかった。言葉にならないくらい、嬉しかった。

 アメジストには「あなた趣味が悪いですわ。ですがよろしいですわね、仲がおよろしくて」と言われたし、セシリアちゃんには「よかったね」と笑顔をもらった。


 だけど……2年になった今。

 わたしの告白は成功したの? わたしは「スノウルート」に入れたの? 正直わからない。

 イベント消化と好感度的に「セシリアちゃんのスノウ攻略」はムリなんだけど、それでもちょっと不安になる。

 スノウくんはマルタのじゃなくて、主人公の攻略対象キャラなんだもん。


 セシリアちゃんの心変わりは心配してない。彼女の想いはリアム王子だけに向いている。

 わたしも女子だから見てればわかる。それは疑わない。


 だけど、スノウくんの気持ちは?

 可愛かわいくて、素直すなおで、笑顔が魅力的みりょくてきで、頭もいいし魔法の素質は学園トップ。セシリアちゃんは、どんどんステキな女の子になっている。

 それがリアム王子のためだとしても、それでも彼女がステキな女の子であることに変わりない。


 だからね。少しだけだけど、ね。


 わたしは、セシリアちゃんを警戒けいかいしている。

 恋のライバルとして。


「あの男に、あれほど優しい顔ができるとは思いませんでしたわ。まぁ、マルタにしか向けない顔でしょうけど、それでも驚きですわ」


 要約すると、「スノウくんにとって、わたしは特別な存在である」。

 アメジストにはそう見えているみたいだけど、言わせてもらえば〈ゲーム〉のスノウくんだって主人公には優しかった。

 わかりにくい優しさだったり、ときには「余計なこと」と感じるようなフォローの仕方だったけど、それでも〈ゲーム〉の「スノウ・レイルウッド」は優しい男の子だった。

 アメジストがどう思おうと、彼は基本的に優しい人なの。


 彼がわたしを……マルタを想ってくれている。だけど。それってどうなの? 〈ゲーム〉的にはありえない展開だ。

 〈ゲーム〉でのマルタは


『スノウくんが女子を手ひどくフル……というシーンを、主人公に目撃させるためだけにいるませいぬ


 なんだよ?


 わたしが知っている〈ゲーム〉とこの〈世界〉の「内容」には、確実にズレがある。マルタなんて〈ゲーム〉だとちょい役のモブ子なのに、この〈世界〉だと「主人公のお友だち」だ。

 なのに主人公のセシリアちゃんが歩む「内容」は、〈ゲーム〉とほぼ同じ流れで進んでいる。


 彼女は順調にステータスをアップさせ、攻略キャラのリアム王子と仲を深めてイベントを進め、確実に「聖女への道」を歩んでいる。

 なんのために? もちろん、魔王を倒すためにだ。


 このままだと1年後には、魔王が復活してしまう。この〈世界〉が〈ゲーム〉と同じように進むなら、そうなる。

 復活するといっても、魔王はすぐに活動できる状態じゃないから、まだ時間はあるだろうけど。


 魔王は復活する。予知というよりは確信。この〈世界〉のシナリオは、〈ゲーム〉とほぼ同じ流れで進行している。

 もう、疑いようがない。疑うほうが危険だ。


 少なくとも今、この時代。この〈世界〉の主人公はセシリアちゃんだ。

 そしてわたしは「紅蓮の聖女セシリア」の、物語の結末を知っている。


 ……って、あれ?


(もしかしてわたしがこの〈世界〉に送られたのって、“ぐれたば”を完全攻略してたからなの?)


 ……ま、まさか……ね。

 たまたまだよ、偶然だよ……ね?

 たまたまこの〈世界〉が、〈ゲーム〉と同じ世界観だっただけ。


 だけど、もし「そう」だったら? わたしがマルタであることに、わたしがここにいることに意味があったとしたら。

 それはわたしをこの〈世界〉に転生させた、女神の思惑おもわくなのかもしれない。

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