第23話 リアムルートへ(2)

 セシリアちゃんは、確実に「リアムルート」を目指してイベントを消化している。


「他の攻略対象は眼中にない」

 

 そんな感じで。


 それはそれでフラグ管理がしやすくていいんだけど、“ぐれたば”は「共通ルート」から「個別ルート」への分岐となる告白イベントで、主人公闇堕ちトラップがしこまれている。


 そう、告白イベントで『自分から告白する』を選択しないと、「闇堕ちフラグ」が立っちゃうの。


 ある程度の好感度があると、攻略対象から告白を受けて個別ルートへ分岐するけど、告白イベントで自分から告白しないと「トゥルーエンド」には進めない。


 だけど女子ってさ、やっぱ告白は「されたい」わけでしょ?

 だから告白イベントの選択肢で、『告白する』と『告白を待つ』が表示されると、普通『待つ』を選ぶよね。


 だけど、それがトラップなの。


 〈ゲーム〉の主人公ちゃんは、結局のところ「キャラクター」で「プレイヤー」じゃない。

 彼女にはキャラクターとしての設定があって、それには「魅力」ばかりじゃなく「欠点」も作られている。


 その欠点について「主人公は自覚していない」と公式設定資料集に書かれていたから、この〈世界〉の主人公であるセシリアちゃんも、自覚できていないと思う。

 彼女を観察して数ヶ月のわたしの見立てだと、「うん。自覚してないね」になる。


 セリシアちゃんの「欠点」。

 それは根っこの部分で、「自信がない」というもの。だから「臆病おくびょう」で「自己主張」が苦手だ。

 彼女は重要な局面であればあるほど、「わたしなんか……」と物怖ものおじしてしまう性格だと思う。


 だけどこれ、〈ゲーム〉だとあまり関係のない設定だ。だって主人公の性格には、プレイヤーの意思が介入かいにゅうしてくるから。

 選択肢を選ぶのは〈ゲーム〉を遊んでいるプレイヤーで、主人公じゃない。

 だけどこの〈世界〉は現実で、〈ゲーム〉じゃない。主人公の行動を選ぶのは、セシリアちゃん自身なの。


 普段のセシリアちゃんに、そんな臆病さは見られない。ハキハキしているし、テキパキしているし、言うべきことは言っているように思える。

 だけどそれは、「本気で考える必要がないから、気楽に判断している」だけな気がする。

 聖女として魔王と戦う可能性がある。そんな大事おおごとと比べれば、大抵のことは軽く思えちゃうだろうし。


 だけど彼女が自覚できないくらいの「深い場所」には、「他人と深く関わるのがこわい」という臆病な女の子がうずくまっている。

 これは〈ゲーム〉のキャラ設定として明確にされているから、間違いないと思う。


 自分から「好きな人に告白する」なんて、女の子にはとっても大変なことだ。

 魔王と戦うのと比べても、必要になる勇気は同じくらいじゃないの? 本当にそのくらい大変。


 だから乙女ゲームで、プレイヤーが主人公の成長を体感するために、「主人公には自分から告白させる」というシナリオ展開は間違ってないと思う。

 わたしも〈ゲーム〉の告白シーンでは心臓きゅうぅ~ってしてたし、攻略キャラが告白を受け入れるセリフはうるっとなったりした。


 〈ゲーム〉の流れ的にも主人公には、「あたえてもらうばかりじゃダメだよね」、「あたし、もっと成長しないと」、「この想いを、ちゃんとあのかたに届けたい」など。ところどこにそんな独白があって、制作サイドからの「告白は自分からしてね」との攻略的な匂わせがあった。


 主人公ちゃんが「根っこの部分で臆病」なのは、設定資料集によると1年前に亡くなった彼女のおばあちゃんがあまりに有能だったのがわざわいしているらしい。

 おばあちゃんは「神域しんいきの薬師」とも呼ばれた名医で、早くに両親を亡くした主人公にとって唯一の肉親で家族だったの。


 有能な親族に育てられたからこその劣等感。実はわからなくもない。わたしの「前世のお母さん」も、めっちゃ頭良かったから。

 ところどころで、「この人の脳みそはどうなってるんだ?」みたいな感覚を押しつけられる感じ。


 わたしも記憶力には自信があったけど、あの人はレベルが違ってた。バケモノだった。記憶力だけなくて、応用力もすさまじかったし。

 だけど、あれくらいじゃないと裁判官になんてなれないんだろうな。それでもルルルラと比べれば、まだ理解できるくらいの秀才だったけど。


 セシリアちゃんの「自覚のない欠点」を克服こくふくさせ、自分からリアムに告白させる。


 〈ゲーム〉では「ただの選択肢」でしかなかったけど、この〈世界〉では難易度が高いかもしれない。

 実際のところセシリアちゃんが『告白を待つ』選択をしても、リアムは告白をしてくれるだろう。それくらいの好感度は、すでにあるはずだ。


 彼女はリアムの好感度上げイベントは全部こなしてるし、ステータスも「リアム好み」の成長をしていってる。

 リアムは「頭脳タイプ」が好みだから、時間があれば図書館に入りびたって読書と勉強をしているこの〈世界〉の主人王は、リアムには「どストライク」のはず。


 セシリアちゃんだって、リアムから向けられる好意は感じているだろう。そこまでニブくない。

 だからこそ、うまくいっているからこそ『自分から告白』はしにくい。女の子ならなおさらだ。


 わかるよ。わかるんだけど、彼女にそれは許されない。

 というか、わたしが許さない。セシリアちゃんを襲う「闇堕ちフラグ」は全てへし折る。それがわたしの使命なの。


 まぁ、いざとなったら、


「未来予知で見たんだけどぉ~、自分から告白しないとダメになるよ~? マジで~、ホントに~、ヤバいって~」


 とおどすことになるだろうけど、できればそれはしたくない。わたしが「予知」したからじゃなくて、自分の意思で告白してほしい。

 だって「それ」はきっと、あなたを強くしてくれる。自覚できてない「心の底で蹲っているあなた」を、立ち上がらせてくれる。


 あなたの本心は、リアムに「自分の想いを届けたい」と願ってるよね? 〈ゲーム〉ではそうなってから。

 わたしから見た「この〈世界〉の主人公」は、セシリアちゃんなの。だからあなたには、「あなたの願い」を大切にしてほしい。

 こんなの「わたしのわがまま」でしかないけれど、がんばってね、セシリアちゃん。わたしも陰ながら、お助けいたしますのでッ!


 放課後の図書館。

 わたしとの会話で勉強どころじゃなくなったこの〈世界〉の主人公は、「乙女の顔」をしてところどころに「想い人の名」を織り交ぜながら、しばらくの間ブツブツとひとりごとを溢れさせていた。

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