第18話 学園祭(3)

「言い訳……嫌いだから」


 わたしは「誰が」とは言わなかったけど、セシリアちゃんとアメジストは同時に、にらむような視線をスノウくんに刺した。


 そしてふたりは、わたしにスノウくんに向けたのよりは柔らかい視線で、


「それは言い訳じゃないよ。説明」


「あなたのバカさにはため息が出ますわ」


 ふたりがかりでお説教ですよ。


「よろしいですか、マルタ。言い訳ではなく、セシリアが言うように説明をなさい。あなたが誤解を解きたいのでしたらですけれど」


「ちゃんと言わないとダメだよ。マルタちゃんなにも悪くないでしょ? いいことしたんだよ? それなのに勘違いされて苦しんでるなんて、助けてもらったあたしはどう思えばいいの」


「まぁ、わたくしはどうでもよろしいですけれど。こんな男の誤解がとけたところで、あなたの価値が高まるわけでもございませんし」


 それはさすがにいいすぎ。わたしが不満顔をむけると、彼女はプイッと顔を背けた。


 だけど、ふたりの言い分はわかる。悪いのはわたしなんだろう。臆病おくびょうなわたしが悪い。

 だけどね、本当にこわいの。


「あ、あの……レイルウッドさま」


 彼に言い訳なんかしたくない。不愉快に思われたくない。

 でも、


「わたし、セシリアちゃんにわざと水をかけたわけじゃないです。でもかかっちゃったのは事実だから、言い訳は……しませんでした」


 友だちをないがしろにはできない。彼女たちの気持ちはとっても嬉しい。

 なんとか言葉にはしたけど、とてもスノウくんの顔は見れない。うつむいて言うことじゃないのはわかるけど、ムリ。


「スノウく……レイルウッドさまがご覧になられたことが、すべてです」


 わたしはさらに、深く頭を下げた。

 謝罪というわけじゃない。彼の顔を見るのが辛かっただけ。


「マルタっ! あなたが頭を下げる必要はございませんっ」


 強い口調のアメジストが、わたしの肩を掴んで顔を上げさせようとする。

 セシリアちゃんも、


「マルタちゃん、大丈夫だから」


 もう片方の肩をぎゅっと握ってくれる。


 わかってる、けど……こわい。

 スノウくんの言葉が、こわくて仕方ないの。


 だって、「選択ミスった。ロードしよ」ができないんだもん!


「どうしたのかな?」


 外野からの声。人通りがある場所で騒ぎすぎたみたい。


「ロマリア男爵令嬢……いや、マルタ」


 スノウくんの声が、頭の上から落ちてきた。

 声、怒ってない。

 男の子っぽい低さの、聞いてると落ち着く声。


 優しい、この人の声。


「前みたいに、スノウくんと呼んでもらえると嬉しい」


 わたしの上半身が自動的に跳ね上げる。肩に置かれた、友人ふたりの手を吹っ飛ばす勢いで。


「キミを軽蔑けいべつしたわけじゃない」


 困ったような顔。だけど目が、優しくなってる。


「ただ、驚いてしまって。キミがあのようなことをするとは思えなかったから」


 驚いた、だけ?

 怒ってたわけじゃないの?

 軽蔑したわけじゃないって?


 わたし、嫌われたんじゃなかったの!?


「なぜ、マルタに確認しなかったのです。この子のこと、少しは理解できているのでしょ」


「なぜ、だろう。しなかったのではない……できなかった?」


 スノウくんの言葉に、セシリアちゃんがわたしの背中を軽く叩いてにっこり笑顔。

 なにその顔? 意味わかんない。

 わたしは「はてな顔」を返すだけ。


「こちらこそ申し訳なかった。キミに不快ふかいな思いをさせてしまった。すまない」


 えっ……あっ……。

 不快、じゃなかったけど。こわかっただけで。

 だけど、どう反応すればいいんだろう? 言葉が、出てこない。


「わかればよろしいですわ、スノウ・レイルウッド。今回は特別に目を瞑ります。これからはお気をつけなさい」


 なんでそんなこと言うのよっ!


「あなたはいつもそうだ。お気をつけるのはあなたではないか、ロロハーヴェル侯爵令嬢」


 ふたりの間に生まれる不穏ふおんな空気。にらみ合うの、やめてくれないかな……。


「やめて、アメジストちゃん。レイルウッドさまもやめてください」


 セシリアちゃんの介入かいにゅうで、不穏な空気が消える。さすが未来の聖女だ。かっこいい。


 わたしの腕を抱きしめて、アメジストがスノウくんにつげる。


「マルタはわたくしの友人です。忘れないでくださいませ。今度いじめたら、あなたを地獄に送ってさしあげますわ」


「あぁ、理解した」


「ふんっ! 素直なのはよろしいですけど、どうでしょうか。あなた、子どものころから変わってませんわ。言葉が足らないのです」


「あなたは少しお変わりになられた。言葉が汚くなられましたか」


 再度、ふたりの間の空気が重くなっていく。

 このふたりって仲悪いの!? 〈ゲーム〉ではこの人たちが絡むシーンってなかったから、わからないんですけどっ!


「アーメージースートちゃーん」


 やばっ! セシリアちゃんの「引きつり笑顔」だ。これは本気で怒ってる証拠。わたしは〈ゲーム〉で何度か見た! アメジスト、これ以上は危険だよ。

 彼女も初めて見るだろうとはいえ、それが「怒り顔」だと理解できたのか、


「ちょっ、ちょっと釘をさしただけですわ」


「釘、ささなくていいでしょ? レイルウッドさまもです。マルタちゃんもだよ? ちゃんと言わないとわからないし、わかってもらえないよ?」


 お説教された三人は、同じように頷く。


「すまなかった、マルタ」


 ひさしぶり……とまでは言わないけど、それでも長い間聞いていなかったような気持ちになる、優しい声。


 それになにより、「マルタ」って呼び捨てにされてる。

 それが恥ずかしくて、嬉しい。


 わたしが返事をする前に、アメジストがなにか言おうとしたのか、セシリアちゃんにガシッと肩を掴まれて静止させられる。


「い、いいえ……わたしこそ、ごめん……ね」


 と、いつの間にかわたしたちを、見物人が囲んでいた。


 えっと……これ以上目立つわけにはいかないっ!


 目だけで外野を見回し、次にスノウくんを見る。


(ここは、解散)


 視線に込めた意味を、スノウくんは読み取ってくれたみたい。

 彼は無言でわたしたち三人に頭を下げると、そのまま歩き去っていった。


     ◇


 スノウくんの姿が見えなくなると、わたしたちは人気ひとけのない場所に移動した。

 わたしを真ん中に、三人でベンチに並んで座る。


「あのような気のきかない男は、マルタにふさわしくございませんっ!」


 アメジストの本気の断言に、苦笑するセシリアちゃん。

 わたしは、


「でも、好きなの……大好き」


 そう答えるしかなかった。

 それが事実だから。


「そう……ですの。でしたら、仕方がありませんわね」


「ですね。好きなら、どうしようもないです」


 ふたりが、わたしに寄りそってくれる。


「ふたりとも、ありがとう。スノウくんと仲直りできてよかった」


 唇が震える。

 涙が、溢れてくる。


「ありがど~……ふたりども、だいじゅぎぃ~」


 わたしの涙まじりの感謝に、ふたりはわたしの頭をなでてくれた。


 よかった。本当に。

 わたしだけじゃ、きっとスノウくんと仲直りできなかった。誤解をとくことができなかった。

 アメジストとセシリアちゃんのふたりがいてくれないと、ムリだった。

 そもそもわたし誤解されてるとは思ってなかったし、ルルルラだって「スノウくんはわたしにふさわしくない」って、アメジストと同じこと言うだけだし。


 あ、そうそう。

 ルルルラとアメジストが「スノウくんへの評価が低い」理由。これから数日後に、アメジストに説明してもらったんだけど、


「スノウくんも、ルルルラやアメジストと同じ幼等学園出身で、そのころに女子ふたりは彼を含んだ男子グループとケンカをして、それから仲悪いまま」


 なんだって。


 え? それって何年前の話?

 幼等学園って、5歳から9歳までの子が通う学校だよね? 田舎者のわたしは通ってないけど。

 その説明の最後にアメジストは、


「いま思いますと、ケンカの原因はルーラが余計なことを……まっ! そうはいっても男の子なのですから、あの子たちがガマンすればよかったのですわっ」


 と、詳しく聞きたいような、聞かないほうがいいようなことを言った。

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