第17話 学園祭(2)

 学園祭2日目。友だち関係はみんな忙しくて、誰ともご一緒できなかった。

 なのでわたしは、日課のセシリアちゃんストーキングをして過ごした。2日目にはリアムとの学園祭イベントもあったしね、チェックしておかないと。


 だけど3日目、学園祭最終日の今日。


「ホントにいいの? リアム王子とまわらなくて」


 わたしの確認にセシリアちゃんは、「えへへ♡」と照れわらい。

 これはあれだな、次の休日にリアム王子とデートの約束したな。乙女ゲーの定番、好感度アップの大チャンス、デートイベントですよ。


 多くの乙女ゲーと同様どうよう“ぐれたば”にも「デートイベント」があって、ある程度の好感度があるキャラから「休日のおでかけ」にさそわれることがある。

 断ってもペナルティはないけど、「キャラ同時攻略のフラグ管理」をしていない限り断る理由がないし、受けるのが普通だ。好感度とステータスを上げるチャンスだしね。


 それに選択肢によっていろいろなセリフが用意されていて、数回のデートでは全てのセリフは聞けないの。

 中にはキャラの意外な側面がわかるものもあって、わたしも「ロード」を繰り返して、いろんな選択肢を試してセリフを楽しんだ。

 

 今日はセシリアちゃん、このとことろ学園祭実行委員であるリアムのお手伝いで忙しかったけど、午前中は時間がもらえたらしい。

 まぁ、お仕事漬けだったセシリアちゃんですが、昨日の午後にリアムとの「萌えイベント」があったことは、〈ゲーム〉経験者のわたしはしってますよ。

 というか、イベント突入の瞬間まで見守ってたし。

 さすがにふたりの世界ののぞき見までは気がひけたら、イベント発生を確認しただけだど。


 セシリアちゃん、お疲れのリアム王子に膝まくらしてあげたんだよね? で、そのあと一緒にアイスクリーム食べたんだよね?

 アイスをほっぺにつけてはにかむスチル、憶えてるよ。


 というわけでわたしは、セシリアちゃんとアメジストに、3人で学園祭最終日をまわることを提案した。

 アメジストは「少し抜けることもありますけど、大丈夫ですわ」で、セシリアちゃんは「午前中は予定ありません」だそうだ。

 ルルルラも誘ったんだけど、「魔導具の調整がどうこうで忙しい」んだって。せっかくの学園祭なのにねー。


 だけど、セシリアちゃんとアメジストとマルタの3人で学園祭をまわるなんて、〈ゲーム〉ではありえなかったイベントだ。

 このまま魔王の復活なんかなくて、みんなで平和に暮らせていけたらいいんだけど、そうはならないだろうな。

 それに魔王復活を警戒して行動しないと、いざってときに困るだろうし、あまり気は抜けないよね。


 普段とは違う、学園の風景。学園内には学生だけでなく、招待者や来賓者の姿もちらほら。


「あそこのシュークリーム、美味しいらしいですよ」


 セシリアちゃんが指差した出店には、確かに何人か並んでいる。


「では、食べてみましょうか」


 率先そっせんして移動するアメジストを追いかけるセシリアちゃん。わたしもふたりを追いかけようとした、そのとき。


 長身だから目立つんだけど、そうでなくともわたしの目は彼を見つけてしまっていただろう。

 その視線を感じたのか、彼が……スノウ・レイルウッドくんの視線が、わたしへと向けられる。


(スノウ……くん)


 身体が硬直して動けない。

 だって彼の視線が、本当に冷たかったから。


 立ち止まったわたしに気がついたのか、セシリアちゃんとアメジストが引き返してくる。


(ど、どうしよう……)


 最初の「闇堕ちフラグ」イベントがあったあの日からずっと、わたしはスノウくんを避けてきた。

 彼にあのときの目で……そう、「この目」で見られるのが怖かったから。


「マルタ?」


「マルタちゃん?」


 わたしを左右で挟むようにして寄りそう、アメジストとセシリアちゃん。だけどわたしは、ふたりに応えることができない。声が出ない。


 スノウくんが、無言でわたしたちの横を通りすぎる。

 すれ違う瞬間。彼の目が冷たさを増したように感じて、わたしは息ができなくなった。

 黙りこみ、怯えた顔をしているだろうわたしに、左右のふたりがいぶかしむ様子を見せる。


 セシリアちゃんは、「わたしがスノウくんを好き」なのを知っている。わたしが彼に怯えるのはおかしいと思うはず。

 だけど彼女は、わたしが彼に嫌われちゃったのは知らないの。


「どうしたの、マルタちゃ……」


 セシリアちゃんの声にかぶせるように、


「ふん。なんですかその目は」


 アメジストがスノウくんの背中へと吐き捨てた。


 学園内で身分は考慮されない。そんな建前はあるけど、実はあまり意味はない。

 学園がどうこうではなく、生徒達が身分を気にして生活してしまっているから。

 伯爵家長男のスノウくんよりも侯爵令嬢のアメジストのほうが身分が上で、家系を見たたときも、王家の血筋に近いのはロロハーヴェル侯爵家だ。

 それにアメジストは叔母さんが王太子の奥さんで、王太子にとっては「血の繋がらない姪」に当たる。

 彼女は間違いなく、この国の「姫」のひとりなのだ。


「待ちなさいスノウ・レイルウッド。マルタ・ロマリアはわたくしの友人です。友人に向けたその無礼な視線、見逃すとでもお思いですかっ!」


 この言い方からさっするに、アメジストはスノウくんを知っている。

 ともに中央で暮らす高位貴族の令嬢と令息なんだから、当然といえば当然なんだろうけど。


「やめて……アメジスト」


 アメジストの腕を掴む……というよりすがりつき、わたしは震える声で懇願する。

 どうしよう。こわくて仕方がない。こんなのじゃ彼を笑顔にできない……わたし、「マルタ」と約束したのに。


「ご、ごめんなさい。友人が、し、失礼……を」


 スノウくんを見ることなく、わたしは頭を下げる。だけどアメジストは、わたしをすがりつかせたまま、


「失礼なのはこの男です」


 断言してしまった。


 あぁ、違う。違うの。


 どういえばいいかわからない。声が出てくれない。わたし、こんなにも弱虫だったんだ……。

 それとも「恋」って、こんなにもおそろしいものなの?


 わからない。

 だってこれが、わたしの「初めての恋」だもん。


「マルタちゃん、どうしたの?」


 セシリアちゃんにしてみれば、スノウくんに対してわたしが唐突とうとつおびえだし、アメジストが突然キレだしたように思えただろう。

 いや、アメジストが突然キレだしたのは間違いないけど。


 よく考えれば、アメジストがこんなことでキレる子だとは思えないんだけど、このときのわたしにはそこまで気が回らなかった。

 そのあたりの理由は、もう少しあとになってから知ることになる。


 困った顔のセシリアちゃん。彼女にはアメジストもわたしも、そしてスノウくんも友だちなのだろう。

 だからこの状況は、友だち同士がケンカをしてるように思えるはずだ。

 わたしはどうにか、意識して口を動かし、


「あのとき、レイルウッドさまが、近くにいた……の」


 それだけを、セシリアちゃんにつたえた。


 だけどそれで、彼女には通じたようで、


「マルタちゃん。レイルウッドさまに、わざとあたしに水をかけたって疑われているの?」


 まぁ、そうなんだけど。だけどここでなにを言っても、言い訳にしかならない。

 無言のわたしに、


「説明しなかったの?」


 セシリアちゃんは詰め寄る。

 だけどわたしは、曖昧あいまいな顔しかできない。なにを説明していいかわからない。なにを言っても「言い訳」にしかならないから。

 そしてスノウくんは、「正義感が強くて言い訳を嫌う、精神的潔癖性」だ。

 なにも言えないわたしに変わり、


「違います。マルタちゃんはあたしを助けてくれたんです」


 彼女はスノウくんの正面に移動して、はっきりとつげた。

 ううん。なにもできないわたしの代わりに、言ってくれたの。


「あのときあたし、気がつかずにヘビを踏みそうになっていたんです。毒のあるヘビだったそうです。だからマルタちゃんがとっさに、あたしとベビの間に水をかけて足が進まないようにしてくれたんです。手元がくるってあたしにかかちゃっいましたけど。ヘビはリアムさまが退治してくださいましたので、いたのは間違いありません。リアムさまが証言してくださるはずです」


 セシリアちゃんの説明を聞きながらも、いまいち状況を把握はあくできない様子のアメジストだけど、


「もしかして、そう……なの? あなたの……」


 彼女は「バカ」じゃない。これだけのやり取りで、全部を察したのだろう。

 わたしが「失敗して嫌われちゃった好きな人」が「スノウくん」だって、彼女にはわかったのだ。

 スノウくんにわたしの気持ちが伝わらないよう、言葉を選んでくれている。


 だけど、それじゃ収まらなかったんだろう。


「あなたバカですの!?」


 ご立腹りっぷくのご様子です。

 えっと……わたしがバカなのは間違いないんだけど、


「言い訳……嫌いだから」


 わたしはボソっと吐き出した。

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