第16話 学園祭(1)

 アメジストと友だちになった、その日の放課後。

 わたしとアメジストとセシリアちゃんは、食堂のカフェスペースでお茶とお菓子とおしゃべりを楽しんだ。

 ルルルラもさそったけど、忙しいって断られた。学園祭の準備がじゃなく、魔導具まどうぐの開発でみたい。


「わたくし、それほど近寄りがたいですか」


 不満げなアジメストに、


「アメジストちゃんは、侯爵令嬢さまだもの。平民が話しかけるのはためらいますよ」


 セシリアちゃんが答える。どうやらこのふたり、今日初めて個人的な会話をしたらしい。クラスメイトなのにね。


 だけどおしゃべりしていくうちに、彼女たちは急速にうち解けていく。

 わたしは前世の記憶でふたりの性格がわかってたから、「この子たち、すぐに仲良くなるだろうな」って思ってた。

 で、実際。すでにわたしの予想以上の仲良しっぷりだ。ちょっとけるんだけど?


「ほら、お口についてますわよ」


 お菓子を美味しそうに頬張ほおばるセシリアちゃんの口元の汚れを、アメジストがハンカチで拭いてあげる。


「ありがとうございます」


 されるがままに拭かれて、セシリアちゃんはにっこり笑顔。

 

「アメジストー、わたしもお口汚れちゃったぁ~」


 わざと口元にお菓子のカケラをつけて訴えてみたけど、


「わかっているのでしたら、ご自分でどうにかなさい。赤ちゃんですか」


 まっとうな言葉を返されただけで終わった。


「ずるいっ! セシリアちゃんは拭いてあげたじゃん」


「セシリアさんはあざとくありませんけれど、マルタはあざとさが不気味なんです」


 はぁ、そっすか。

 いや、わかるけど。自分でもわかってますけど。

 なんだか、勝ちほこった顔をするセシリアちゃん。よかったですね、羨ましいですよ。


 うん、でも。


「よかった」


 つい出ちゃった声に、


「なにがですの」


 アメジストが反応する。

 なにがって、「この状況が」だよ。


 わたしはね、ふたりが仲良くしているところが見たかったの。それは前世からの望みだった。

 だから、


「よかったね?」


 ニヤけた顔になってるだろうわたしに、怪訝けげんな顔をするアメジスト。だけどセシリアちゃんは、


「はい。よかったです、あたし、マルタちゃんとアメジストちゃんとお友だちになれて、嬉しいです」


 わたしとアメジストに笑顔をくれた。

 その笑顔にほだされたのか、アメジストも微笑になって、


「そうですわね」


 わたしの汚れたままの口元を、ハンカチで拭ってくれた。


 だけど次の日、その次の日も。ふたりは学園祭の準備で忙しそうだった。

 学園祭実行委員の手伝いをしているセシリアちゃんはわかるんだけど、アメジストもなんだかんだと忙しいらしい。侯爵令嬢だから、仕事が多いのかもしれない。


(ゲームだとサクサク進行してた学園祭イベントけど、しっかり準備されてたんだなー)

 

 そんなことを感じている間に学園内が〈ゲーム〉で見覚えのある学園祭の風景になっていき、ついに!

 3日間の学園祭が始まった。


     ◇


 学園祭初日。

 わたしはクラスの出し物(大陸史の研究展示)以外参加していないから、正直時間はある。

 ヒマじゃないよ? 学園祭を楽しみたいからね。


 それに、2つ目の「闇堕ちフラグ」が発生する時期じゃないと言っても、セシリアちゃんの監視はおこたれない。

 彼女が「どのイベントを消化するのか」はちゃんとチェックしておかないと、後々のフラグに関わってくるから。


 午前中はクラスのお仕事があるけど、午後は丸々空いているわたしは、ルルルラと学園祭を見てまわることになっている。

 このところわたしのルームメイトは「学園からの依頼」で魔導具を製作していて忙しいらしく、「ヤダ」って言われたけど無理やりさそった。


「いいでしょ~っ! わたしも青春した~い、親友と学園祭楽しみた~い!」


 ってダダをこねたら、少しだけなら付き合ってくれてるって。

 やっぱ優しいよね、あの子。


 あたりからただよってくるいい匂い。学生の出し物とはいえ、そこはお貴族さまの学校だ。屋台なのに本職のシェフが料理しているの。

 この学校、生徒数が300人くらいで少なめだから、学園祭には外部の人がそれなりの数参加してるんだよね。

 伯爵家がパトロンになってるレストランのシェフとか、子爵家お抱えの芸術家とか、有名な歌手とかも。


 学園祭といっても、学生が「企画の管理・運営」の手腕しゅわん披露ひろうするのが主な目的になっているみたいで、それは前世でわたしが参加した学園祭とは違うかな。

 あれ? もしかして前世でも金持ち学校の学園祭は、経営手腕を披露するイベントだったの? わたしが知らなかっただけ?


 ルルルラと待ち合わせをしているベンチに座って、学園祭特価で安価に入手した、この〈世界〉では珍しいアイスクリームをパクつく。


(あまいっ! 美味しい♡)


 アイスなんていつぶりだろ? めっちゃ小さい頃に食べたよね。10年ぶりくらいかも。


「マルタ」


 名前呼ばれた? 声の方を見ると、そこには「メイド服」を着たアメジストの姿がっ!

 はぅっ! なにそれっ!

 え? 特殊イベント!? こんなスチルしらないんですけどっ。


「アメジスト、どしたのその格好。めっちゃかわいいっ! おかえりなさいませご主人さまって言ってみ?」


 思わずニヤニヤしちゃってるわたしに、


「いいませんわよ」


 アメジストは苦笑する。


「そのかわいいカッコ、見せにきてくれたの? かーわーいーいーって言って欲しい?」


「はぁ……まぁいいですわ。それよりマルタ、あなたヒマでしょ?」


「え、忙しいよ。学園祭見てまわるから」


「それをヒマと言っているのですわ。時間はおありですわよね。でしたら少し、わたくしと見てまわりませんこと? わたくし、休憩時間をいただきましたの」


「え!? いいの? うれしーっ」


 といったものの。わたしはここでルルルラと待ち合わせ中だ。


「じゃあさ、わたしのルームメイトも一緒でいい? 紹介するよ。いい子だよ? ちょっと変わってるけど」


 あっ、でも、


「ルルルラ・リリパネーラ。天才少女で有名だから、知ってるかもしれ」


 わたしの言葉をさえぎり、


「ルルルラ!? あなた、ルーラのルームメイトですの!?」


 アメジストの絶叫が響き渡る。


 な、なに? なんでそんな驚くの?

 それにルーラって、もしかしてルルルラの愛称?


「アメジスト、ルルルラとはお知り合い?」


「お知り合いもなにも、幼なじみですわよっ!」


 幼なじみと言う割には、顔怖いよ?


「もしかして、仲良くない?」


「よ、よくないというか……苦手なのですわ、あの子。小さなころは一緒に遊びましたし、席を並べて勉強いたしましたわよ。同じ幼等ようとう学園がくえんでしたし。で、ですがルーラは……」


 と、ここで、


「ずいぶんなざまだな、ジース」


 話題のルルルラ嬢がご到着。

 彼女はアメジストに寄りそい、ニヤァ~という悪役ヅラで「幼なじみ」を見上げる。


「ル、ルーラ……おひさしぶり、ですわね」


 引きつったお顔で、わたしのルームメイトを見下ろすアメジスト。

 アメジストは長身だし、ルルルラはチビっ子だ。並んでみるとふたりの身長差は、30cm以上ありそうだった。


「ひさしぶりじゃないさ。僕は昨日きのうもキミを見かけたぞ。小柄な男子の尻を見つめて、指をくわえていたじゃないか」


 あー、ローアくんのお尻か。ちっちゃいもんね。


「指などくわえておりませんわっ!」


 くわえてたよ? わたしも見た。ルルルラも見たんだ?


「あのさ、ルルルラ。アメジストめっちゃ怯えてるんだけど、あんた彼女になにかしたの?」


「なにも? 幼いころに仲良く遊んだだけさ」


 いや、仲良く遊んだ? って……そんな雰囲気に見えないけど。


「これでも僕は、ジースはお気に入りなんだ。愛称で呼びあうくらいには」


 ルルルラとアメジストが幼なじみなんて、公式設定資料集に記載はなかったはずだ。

 それにアメジスト編と呼ばれているCDドラマでも、そんな説明はなかった。


「さぁ、ジース。久しぶりの再会だ。旧交を温めようじゃないか」


 アメジストの手を握り、愛らしく微笑むルルルラ。


「ヒイィ……っ!」


 怯えたアメジストの声をBGMに、わたしは溶けかけのアイスクリームを急いで食べた。

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