第13話 アメジスト(1)
アメジスト・ロロハーヴェル
ロロハーヴェル侯爵家の長女で、
そんな彼女は「
でも彼女自身は「いい子」で、どうしてもイジワルをしてしまう自分を嫌悪しているような、「ゲームのシナリオや構成上、悪役も必要」という理由で配置されたキャラなの。
だけどこの〈世界〉は〈ゲーム〉じゃないし、アメジストが主人公であるセシリアちゃんにイジワルをする必要はない。
ないと思いたいし、そう願う。
前世のわたしは、アメジストが好きだった。
イヤなキャラとして書かれていたけど、それでも「なぜそうなったのか」は理解できたし、本当は「イジワルをしてしまう自分に戸惑っている」という設定もあった。
彼女は悪役だったけど、感情移入がしやすかったし共感もできたの。
だけどそれはわたしだけじゃなくて、それなりの数のプレイヤーがアメジストに共感したから、彼女を主人公にしたCDドラマが作られることになった。
アジメスト役の声優さんも、
「この子って本当はいい子だから、それをわかってもらえる機会がもらえて嬉しいです。この子が、ゲームをプレイした人たちに嫌われたままなのはイヤだなって思ってました」
ってコメントしてた。
だから前世のわたしも、
「アメジストが友だちだったら、楽しいだろうな」
そう思ってた。
「もしわたしがこの子の友だちだったら、悪役令嬢になんかさせないのに」
って。
この〈世界〉にもアメジストが存在していることは、すでに確認済みだ。
〈ゲーム〉と同じで、セシリアちゃんと同じ1年1組に在籍している。
学園祭前のこの時期、アメジストはまだ決定的な「悪役ルート」には入っていない。
彼女が間違いをおかしてどんどん取り返しがつかなくなっていくのは、学園祭以降だ。
わたしはぐれたば公式設定集もCDドラマも購入して、アメジストのシナリオも隅々まで堪能したから、彼女がどうして「あんなこと」をしたのかわかっている。
わたしは初見プレイのときから、アメジストが好きだった。
初見だとほとんどのプレイヤーは、
「プライドが高いお嬢さまで、自分以外の女子を格下に見ている嫌な子」
と、彼女を否定的に感じるだろう。
実際、そう感じるように「シナリオ」が仕組まれていたと思う。
だけど、数々の乙女ゲーを制覇したわたしにはわかっていた。乙女ゲーの悪役に「完全な悪い子タイプ」は少ないって。
そんなわけでアメジストは、わたしからすれば、
「世間知らずな箱入り娘で、初めての恋に
でしかなかった。
えぇ。前世のわたしは、「恋すら知らない本物の乙女」でしたけどね!
だけど乙女ゲームでは
そんな恋愛強者なわたしから見れば、彼女は恋に不器用というか、「自分の気持ちを表に出すのが下手」な子でしかない。
身分の高いお嬢さまだし、自分の思い通りいかないことも多かったんだろう。
マンガやアニメだと、身分が高くてわがままなお嬢さまってテンプレだけど、実際には違うと思う。庶民よりもお嬢さまのほうが、きちんとしていなくちゃダメないんじゃないかな。
守るものが多いでしょ? お金持ちや身分のある家って。
だからお嬢さまのほうが、
今世のわたしは貴族の端くれでしかないけれど、それでも両親からは、
「お前は
と教えられている。
田舎男爵の小領地なんて、領主の家族だろうが領民たちと一緒に農地に出て働いて家畜のお世話もするのが日常だから、立場なんて気にする必要ないんだけど。
だって領地で暮らす全員が、家族みたいなものだし。
領主の一家も、炭焼き小屋の一家も
わたしが育ったのはそんな土地柄で、小領地なんてどこも似たようなものだろうけど、さすがに侯爵家は違うよね。
子どもには厳しく教育するだろうし、そうでないと国が困ることになる。侯爵家の子息子女は、やがては国の中心に配置される人たちなんだから。
で、そんなアメジストの
前世のわたしの“ぐれたば”での
物腰は柔らかいけど、芯はしっかりしている。負けず嫌いで、努力家で、だけどガンコなところもあるローアくん。
口には出さないけど「イヤだと思うことはしない」と決めて、不条理には
ローアくんの身分は男爵の息子で、男爵の娘のわたしと同じくギリギリ貴族にひっかかっているだけ。
だけど彼は、わたしと違って「魔法の力」に優れている。
「水と風の2属性」の素質を持ち、「その2つの属性」を持つ魔法使いにしか使えない上位魔法である、「回復魔法」と「浄化魔法」が使えるの。
花束の騎士の中では「ヒーラー」役かな。
2属性の素質持ちなんて、魔法が使える人の中でも100人にひとりもいない。ほとんどの人は、ひとつの属性魔法しか扱えない。わたしなんか、魔法の素質自体持ってないのに。うらやましい。
侯爵令嬢であるアメジストと、男爵の息子でしかないローアくん。
その立場には、身分に厳しいこの国だと圧倒的な開きがある。この国では身分差が大きい相手と結婚どころか、恋愛もしないのが普通だ。
特に身分が上の女性が、下の男性に想いを寄せるというのが
だから侯爵令嬢が男爵の息子に「想い」をよせるなんて、貴族社会では許されない。まったくの常識はずれ。
そんな「想い」を表に出すなんて、侯爵令嬢としてはありえない。「なんてはしたなく下劣なんざましょッ!」と思われても仕方がない。
これが、アメジストの置かれている状況だ。
自分は身分というイバラに絡みとられ身動きがとれないのに、「平民の主人公ごときが、愛しいローアくんと仲良くしている」という状況に、彼女は我慢ができなくなっていく。
だけどこうした状況は「裏側」に置かれているから、多くのプレイヤーにとって、アメジストはウザい「悪役令嬢」でしかない。
だけどところどころで、彼女の「本当はこんなことしたくないのに」みたいな
一番わかりやすいのは、アメジストが主人公に「うざ
最初はバグかと思ったし、バグだと思ってメーカーに報告した人もいるらしいけど、メーカーからは「正常な動作です」と回答があって、それは公式HPの「Q&A」にも記された。
あの演出はバグではない。そこから
「アメジストは、やりたくてイジワルをしてるわけじゃない」
といういうこと。
だったら、
「なぜイジワルをしているのか?」
と考えるわたしのようなプレイヤーもいるだろうし、それを考えることが「物語に深みを持たせることにつながっている」とシナリオライターのらいおん先生は考えたのだろうと想像したけど、別段そこまで深い演出ではなかったらしい。
CDドラマのブックレットで明かされたらいおん先生の意図は、
「アメジストは侯爵令嬢なんですから、高度な教育を受けているでしょうし、バカではないはずです。だから本能のまま気に入らないヤツに嫌がらせはしないと思って、自分でもどうしようもないけどやっちゃう、そのことに迷いもあるというキャラにしました。誰かを好きになったとき、アメジストみたいにしちゃダメだよ? という具体例ですかね。このゲーム、中高生の女子向けですし」
というものだった。
だからわたしは、
「恋をしても、アメジストのように振るまうと失敗する」
というのを心に刻んで、まだ見ぬ恋を待ち
まぁ、前世のわたしの恋は、最後まで乙女ゲームの中にしかなかったけど……。
そんなわけでわたしは、主人公のセシリアちゃんと同様に悪役令嬢のアメジストも好きだったから、何度か妄想したことがある。
ふたりが仲良くなって、楽しい学園生活を送れたらいいのにって。そういう〈if〉のファンディスクが出ればいいのにって。
だけど、それは叶わなかった。わたし的には「紅蓮の聖女と花束の騎士」は大ヒットしたけど、乙女ゲーマーの仲間うちでは、
「そこそこじゃない? アニメ化? ムリムリ、なに言ってんの」
くらいの評価だったから……。
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