第12話 セシリア(3)

「信じられないだろうけど、わたし……ときどき未来がわかるの。予知能力って言えばいいのかな」


 そんなこと言われて、簡単に信じる人はいない。わたしだって信じない。だってこの〈世界〉に「未来を予知する魔法」はないんだから。

 正確にはないわけじゃない……らしいけど、それは伝説の中にだけ。実際には存在しないと言っていい。


 話しているわたしでさえ、「なにいってんだ? こいつ」と思ってしまいそうな胡散うさんくさい。だけどセシリアちゃんは無表情で、さらに無言。なにを考えているかは読み取れない。

 いや、なにも考えられないのかもしれない。そしてなにも言えないんだろう。あまりに意味不明すぎて。


「えっと……信じられないよね? こんな話」


 まぁ、半分くらいウソだし。〈ゲーム〉をやっていたから、イベントの内容を把握はあくしてるだけ。

 前世の知識で、どこでどんなフラグが立つかを知っているだけ。


 それに本当にこの〈世界〉が〈ゲーム〉の通りに動いているかなんて、わたしにだってわからない。

 だけど、もし「そう」だったら? だってどう考えても、「〈ゲーム〉のシナリオ通りにイベントが発生している」としか思えないもの。


 わたしを見つめるセシリアちゃんの瞳が揺れた。

 そう感じられた、次の瞬間。


「ではあのとき……ロマリアさまは、あたしになにかが起こると予知していたのですか? だから、行く手をはばんだのですか? そうしないといけない理由があったのですか? あの〈使い魔〉は、あたしを狙ったなにかだったのですか?」


 え?


「信じて……くれるの?」


「信じるといいますか、そのお話は事実ですよね。ロマリアさまが未来を予知できるように、あたしには言葉の真実とウソがわかります。ロマリアさまは、少しウソを混ぜた真実をお話ししています」


 う……うん?


 あーっ! そうだった。この子、「真偽しんぎ判定」の特殊能力スキルを持ってるんだった。

 特殊能力スキルは魔法とは違い、特別な人だけが生まれ持つ「個人的な能力」だ。もちろんわたしは持ってない。前世の記憶が特殊能力スキルだと言われれば、そうかもしれないけど。

 “ぐれたば”には「会話相手の言葉がウソか本当かを見極めるイベント」が何度かあって、そのときに発揮される能力だ。

 彼女の「真偽しんぎ判定」の効果は300秒だったはず。それに魔力を大きく消費するから、短い間に繰り返しては使えない。

 忘れてたわけじゃないけど、今は「その能力が使えるイベント中」じゃないから考えもしなかった。


 だけどこの子、わたしの説明に「あの能力」を使ったんだ。ということは今、この子にウソは通じないと思ったほうがいい。

 この子に「ウソをついている」と思われるのは、絶対に避けたい。警戒けいかいされたくないし、できれば信頼してもらいたいから。

 だったら今は、あまり踏みこんだことは言わないほうがいい……かも。魔王復活とか、エンディングに関わるようなことも。

 

 だけど「これ」は、ちゃんと言わないといけないかな。黙っているのはフェアじゃないし、わたしだっていい気分はしないから。


「ごめんなさい。わたしはあのとき、あなたを助けたかったわけじゃないの。わたしが助けたかったのはスノウくん。あなたがヘビにまれたら、彼が困ったことになるかも……だったから」


「スノウ……さん? スノウ・レイルウッドさまですか?」


 彼女はスノウくんとの「出会いイベント」を終えているから、彼を知っているのは当然だ。

 だけど、ここで登場するとは思いもしなかった名前なのだろう。頭上に「はてなマーク」が浮かぶ。


 どうしよう? この「名称」を出すのは危険かもしれない。

 だけどこの「名称」を出せは、確実に全部を信じてもらえる。わたしが「セシリアちゃんを助けた理由」も察してもらえるだろう。


 それにわたしも、「わたし」を信じられる。前世が妄想だっていう、どうしても消えない疑念ぎねんを捨てられるかもしれない。

 確認したい。信じたい、自分を。それが、彼を救うことにつながっているならっ!

 迷った末わたしは、


「スノウくんは、花束はなたば騎士きしのひとり……だから」


 その言葉に、セシリアちゃんの表情が驚きに染まる。

 花束の騎士。その存在は、ついとなる「聖女せいじょ」あってのものだ。

 彼女は「魔王が復活」した場合、「自分が聖女として目覚める可能性ある」ことを知っている。そして聖女には、「花束の騎士」と呼ばれる守護者が集まってくることも。


 だけど自分が持つ「聖女としての可能性」は、秘密にしておかないといけない。

 魔王復活の予兆も、自分が復活した魔王に相対する聖女の可能性を持っていることも、聖女として目覚めた自分を守る騎士たちの存在も、誰にも話しちゃいけないの。


 〈ゲーム〉の主人公が「自分が聖女として目覚める可能性ある」と自覚していることはプレイヤーにも伏せられていて、プレイヤーがその事実を知るのは誰かの「トゥルーエンド」に到達したときだ。

 それにより、プレイヤーにとってはゲーム内で感じていただろう「主人公のいくつかの不可解な言動」の理由が、ちゃんと考えれば解消される仕掛けになっている。


「なぜ……それを、え? レイルウッドさまが……騎士さま?」


 忙しく表情を変えるセシリアちゃん。思った以上に混乱させちゃったみたい。

 だけどこの反応。彼女は自分が聖女候補であること、そして花束の騎士の存在を認識している。それはわたしの認識と同じだ。

 やっぱりこの〈世界〉は、〈ゲーム〉とリンクしている。これはわたしの妄想じゃない!


「わたしは未来予知で、〈紅蓮の聖女の物語〉の結末を見ました。だけどあなたに、その結末は話せません」


 わたしが「未来予知」をしているというのは、ルルルラの思い違いだ。

 とはいえ今は、彼女の勘違いに乗っかったほうが進めやすいし、前世で〈ゲーム〉がどうこうよりは、「未来予知」のほうが受け入れてもらえると思う。

 この〈世界〉には過去に、予知能力を持った聖者がいたという伝説があるから。伝説があるだけで、実際にいたかどうかは不明だけど。


「お話しいただけないのは……未来が変わってしまうから、ですか?」


「わからない。だけど、変わっちゃうかもしれない」


 実際、わたしにはわからない。今こうしてセシリアちゃんとと話していることで、「なにかが起こる」可能性だってある。

 だけど〈ゲーム〉に、そんなフラグは仕込まれていない。そもそもマルタとセシリアちゃんが絡むイベントはない。


 だから今の状況に、フラグは仕込まれていないはずだ。

 そう信じるしかないだけだけど。


「あたし……目覚めるのですか?」


 わたしは頷いて、


「わたしが見た未来がくるなら」


 はっきりとつげた。


「魔王が……いつ」


「それは心配しなくていい。わたし、いくつかの枝分かれした未来を見たの。その全部で、あなたと騎士たちは魔王を討ち倒していた」


 最初の「闇堕ちフラグ」は折ったはずだから、このまま普通に進めれば「闇堕ちエンド」はない。だけど「バッドエンド」への道は残っている。

 次に心配するべきは攻略対象キャラの「主人公への好感度」で分岐する、「個別ルート」の存在だ。


「ガーノンさん、気になる人っている?」


 この〈世界〉とリンクしているとしか思えない“ぐれたば”は、乙女ゲームだ。

 冒険や戦いもあるけど、主人公の「青春」と「恋愛」が主軸なの。だからこの〈世界〉も、主人公セシリアの「青春」と「恋愛」が主軸になっているはずだ。


 だからセシリアちゃん。あなたは「恋」をする。してもらわないと困る。

 主人公は誰とも結ばれない。だけど「命がけで魔王を倒して世界を救う」というエンディングを、ぐれたば製作陣が「バッドエンド」とした理由。

 それは、あなたが恋を叶えることが、この〈世界〉の「幸せ」だからだよ。この〈世界〉はあなたが、「恋を叶える」ための〈舞台〉なの。

 誰がどう思おうと、わたしはそう理解している。


「気になる人……ですか? それはどのような? 気になるというのでしたら、ロマリアさまが一番気になりますけれど」


 そっか、未来予知ができる人間は気になるよね。隠さないといけないのに、聖女候補だってバレてるし。

 だけど、


「んー……そういうんじゃなくて、好きな人? って言えばわかる? 気になる男の子はいるの? って意味」


 わたしの質問に、セシリアちゃんの顔がぽわっと火照った。この時期なら、誰か決まった攻略対象がいても不思議じゃない。


「大丈夫、言わなくていい。だけど大切なの。あなたに、そういう人がいるかどうか」


 教えてもらわなくてもこれから起こるイベント内容で、わたしには彼女が選んだお相手がわかる。

 だってもうすぐ「個別ルート」分岐に向けての、攻略キャラの好感度上昇イベントが活発化する時期だから。

 それに、もし、


「スノウ・レイルウッドさまでは、ない……です」


 わたしの心配を、あっさり吹き飛ばすセシリアちゃん。

 その名前が出てくるってことは、彼女にはわたしのスノウくんへの想いがバレてるみたい。

 

 でも、めっちゃ安心した。

 もし彼女の口からこぼれるのが彼の名前だったら、わたしはどうすればいいんだろう。そう思ったから。


「そう……なんだ?」


「あたしが気になるというか、近くにいたいと思うのは……リアムさま、です」


 リアムかー。まぁ、順当なのか?

 リアム・ブレイク・リガーノ。彼はリガーノ王国の第一王子で、“ぐれたば”のメイン攻略キャラだ。


 ちなみに後になって気がついたけど、このときわたしは「セリシアちゃんの想い人が攻略対象キャラじゃなかった場合」を失念していた。そんなの思いもしなかった。


 だけど、リアム推し?

 ってことは、セリシアちゃんとアメジストは対立しないってことだ。


 アメジスト・ロロハーヴェル侯爵令嬢。

 彼女はいわゆる「悪役令嬢キャラ」なんだけど、本当は悪い子じゃない。

 それは公式設定資料集で明確にされているし、アメジストを主人公にしたCDドラマもあって、彼女が可愛い子なのはファンならみんな知ってる。

 セシリアちゃんとアメジストが決定的に対立するのは、「ローアきゅんルート」だけ。アメジストの想い人がローアきゅんだから。


 アメジストが悪役を与えられるきっかけには、「主人公がいい子すぎて彼女を追い詰めちゃった」ところもあって、正直わたしなんかはアメジストに同情しちゃうところがあった。

 だけどセシリアちゃんが「リアムルート」に向かっているというのなら、この〈世界〉で「ふたりの対立」は回避できるはずだ。アメジストは「ゲーム的な演出のイジワルキャラ」なだけで、「聖女の物語」に関わってくるわけじゃないから。

 彼女の存在は「プレイヤーにストレスを与える」もの。そのストレスが主人公への感情移入を大きくして、物語への没入感を強めてくれるんだけど、この〈世界〉は〈ゲーム〉じゃないんだから悪役令嬢なんて必要ない。

 だってこの〈世界〉に、「プレイヤー」はいないんだから。


 〈ゲーム〉でアメジストが主人公にイジワルを始めるのは、目前に迫った「学園祭イベント」から。

 2つ目の「闇堕ちフラグ」にはまだ時間がある。それに、あれの回避は簡単だ。わたしがどうこうする必要はないし、できることは少ない。

 セシリアちゃんはちゃんと「学習」を頑張っている。だから大丈夫。


 だからしばらくの間は、ストーキングを緩めても問題ないと思う。

 だったら……。

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