第12話 セシリア(3)
「信じられないだろうけど、わたし……ときどき未来がわかるの。予知能力って言えばいいのかな」
そんなこと言われて、簡単に信じる人はいない。わたしだって信じない。だってこの〈世界〉に「未来を予知する魔法」はないんだから。
正確にはないわけじゃない……らしいけど、それは伝説の中にだけ。実際には存在しないと言っていい。
話しているわたしでさえ、「なにいってんだ? こいつ」と思ってしまいそうな
いや、なにも考えられないのかもしれない。そしてなにも言えないんだろう。あまりに意味不明すぎて。
「えっと……信じられないよね? こんな話」
まぁ、半分くらいウソだし。〈ゲーム〉をやっていたから、イベントの内容を
前世の知識で、どこでどんなフラグが立つかを知っているだけ。
それに本当にこの〈世界〉が〈ゲーム〉の通りに動いているかなんて、わたしにだってわからない。
だけど、もし「そう」だったら? だってどう考えても、「〈ゲーム〉のシナリオ通りにイベントが発生している」としか思えないもの。
わたしを見つめるセシリアちゃんの瞳が揺れた。
そう感じられた、次の瞬間。
「ではあのとき……ロマリアさまは、あたしになにかが起こると予知していたのですか? だから、行く手を
え?
「信じて……くれるの?」
「信じるといいますか、そのお話は事実ですよね。ロマリアさまが未来を予知できるように、あたしには言葉の真実とウソがわかります。ロマリアさまは、少しウソを混ぜた真実をお話ししています」
う……うん?
あーっ! そうだった。この子、「
“ぐれたば”には「会話相手の言葉がウソか本当かを見極めるイベント」が何度かあって、そのときに発揮される能力だ。
彼女の「
忘れてたわけじゃないけど、今は「その能力が使えるイベント中」じゃないから考えもしなかった。
だけどこの子、わたしの説明に「あの能力」を使ったんだ。ということは今、この子にウソは通じないと思ったほうがいい。
この子に「ウソをついている」と思われるのは、絶対に避けたい。
だったら今は、あまり踏みこんだことは言わないほうがいい……かも。魔王復活とか、エンディングに関わるようなことも。
だけど「これ」は、ちゃんと言わないといけないかな。黙っているのはフェアじゃないし、わたしだっていい気分はしないから。
「ごめんなさい。わたしはあのとき、あなたを助けたかったわけじゃないの。わたしが助けたかったのはスノウくん。あなたがヘビに
「スノウ……さん? スノウ・レイルウッドさまですか?」
彼女はスノウくんとの「出会いイベント」を終えているから、彼を知っているのは当然だ。
だけど、ここで登場するとは思いもしなかった名前なのだろう。頭上に「はてなマーク」が浮かぶ。
どうしよう? この「名称」を出すのは危険かもしれない。
だけどこの「名称」を出せは、確実に全部を信じてもらえる。わたしが「セシリアちゃんを助けた理由」も察してもらえるだろう。
それにわたしも、「わたし」を信じられる。前世が妄想だっていう、どうしても消えない
確認したい。信じたい、自分を。それが、彼を救うことにつながっているならっ!
迷った末わたしは、
「スノウくんは、
その言葉に、セシリアちゃんの表情が驚きに染まる。
花束の騎士。その存在は、
彼女は「魔王が復活」した場合、「自分が聖女として目覚める可能性ある」ことを知っている。そして聖女には、「花束の騎士」と呼ばれる守護者が集まってくることも。
だけど自分が持つ「聖女としての可能性」は、秘密にしておかないといけない。
魔王復活の予兆も、自分が復活した魔王に相対する聖女の可能性を持っていることも、聖女として目覚めた自分を守る騎士たちの存在も、誰にも話しちゃいけないの。
〈ゲーム〉の主人公が「自分が聖女として目覚める可能性ある」と自覚していることはプレイヤーにも伏せられていて、プレイヤーがその事実を知るのは誰かの「トゥルーエンド」に到達したときだ。
それにより、プレイヤーにとってはゲーム内で感じていただろう「主人公のいくつかの不可解な言動」の理由が、ちゃんと考えれば解消される仕掛けになっている。
「なぜ……それを、え? レイルウッドさまが……騎士さま?」
忙しく表情を変えるセシリアちゃん。思った以上に混乱させちゃったみたい。
だけどこの反応。彼女は自分が聖女候補であること、そして花束の騎士の存在を認識している。それはわたしの認識と同じだ。
やっぱりこの〈世界〉は、〈ゲーム〉とリンクしている。これはわたしの妄想じゃない!
「わたしは未来予知で、〈紅蓮の聖女の物語〉の結末を見ました。だけどあなたに、その結末は話せません」
わたしが「未来予知」をしているというのは、ルルルラの思い違いだ。
とはいえ今は、彼女の勘違いに乗っかったほうが進めやすいし、前世で〈ゲーム〉がどうこうよりは、「未来予知」のほうが受け入れてもらえると思う。
この〈世界〉には過去に、予知能力を持った聖者がいたという伝説があるから。伝説があるだけで、実際にいたかどうかは不明だけど。
「お話しいただけないのは……未来が変わってしまうから、ですか?」
「わからない。だけど、変わっちゃうかもしれない」
実際、わたしにはわからない。今こうしてセシリアちゃんとと話していることで、「なにかが起こる」可能性だってある。
だけど〈ゲーム〉に、そんなフラグは仕込まれていない。そもそもマルタとセシリアちゃんが絡むイベントはない。
だから今の状況に、フラグは仕込まれていないはずだ。
そう信じるしかないだけだけど。
「あたし……目覚めるのですか?」
わたしは頷いて、
「わたしが見た未来がくるなら」
はっきりとつげた。
「魔王が……いつ」
「それは心配しなくていい。わたし、いくつかの枝分かれした未来を見たの。その全部で、あなたと騎士たちは魔王を討ち倒していた」
最初の「闇堕ちフラグ」は折ったはずだから、このまま普通に進めれば「闇堕ちエンド」はない。だけど「バッドエンド」への道は残っている。
次に心配するべきは攻略対象キャラの「主人公への好感度」で分岐する、「個別ルート」の存在だ。
「ガーノンさん、気になる人っている?」
この〈世界〉とリンクしているとしか思えない“ぐれたば”は、乙女ゲームだ。
冒険や戦いもあるけど、主人公の「青春」と「恋愛」が主軸なの。だからこの〈世界〉も、主人公セシリアの「青春」と「恋愛」が主軸になっているはずだ。
だからセシリアちゃん。あなたは「恋」をする。してもらわないと困る。
主人公は誰とも結ばれない。だけど「命がけで魔王を倒して世界を救う」というエンディングを、ぐれたば製作陣が「バッドエンド」とした理由。
それは、あなたが恋を叶えることが、この〈世界〉の「幸せ」だからだよ。この〈世界〉はあなたが、「恋を叶える」ための〈舞台〉なの。
誰がどう思おうと、わたしはそう理解している。
「気になる人……ですか? それはどのような? 気になるというのでしたら、ロマリアさまが一番気になりますけれど」
そっか、未来予知ができる人間は気になるよね。隠さないといけないのに、聖女候補だってバレてるし。
だけど、
「んー……そういうんじゃなくて、好きな人? って言えばわかる? 気になる男の子はいるの? って意味」
わたしの質問に、セシリアちゃんの顔がぽわっと火照った。この時期なら、誰か決まった攻略対象がいても不思議じゃない。
「大丈夫、言わなくていい。だけど大切なの。あなたに、そういう人がいるかどうか」
教えてもらわなくてもこれから起こるイベント内容で、わたしには彼女が選んだお相手がわかる。
だってもうすぐ「個別ルート」分岐に向けての、攻略キャラの好感度上昇イベントが活発化する時期だから。
それに、もし、
「スノウ・レイルウッドさまでは、ない……です」
わたしの心配を、あっさり吹き飛ばすセシリアちゃん。
その名前が出てくるってことは、彼女にはわたしのスノウくんへの想いがバレてるみたい。
でも、めっちゃ安心した。
もし彼女の口からこぼれるのが彼の名前だったら、わたしはどうすればいいんだろう。そう思ったから。
「そう……なんだ?」
「あたしが気になるというか、近くにいたいと思うのは……リアムさま、です」
リアムかー。まぁ、順当なのか?
リアム・ブレイク・リガーノ。彼はリガーノ王国の第一王子で、“ぐれたば”のメイン攻略キャラだ。
ちなみに後になって気がついたけど、このときわたしは「セリシアちゃんの想い人が攻略対象キャラじゃなかった場合」を失念していた。そんなの思いもしなかった。
だけど、リアム推し?
ってことは、セリシアちゃんとアメジストは対立しないってことだ。
アメジスト・ロロハーヴェル侯爵令嬢。
彼女はいわゆる「悪役令嬢キャラ」なんだけど、本当は悪い子じゃない。
それは公式設定資料集で明確にされているし、アメジストを主人公にしたCDドラマもあって、彼女が可愛い子なのはファンならみんな知ってる。
セシリアちゃんとアメジストが決定的に対立するのは、「ローアきゅんルート」だけ。アメジストの想い人がローアきゅんだから。
アメジストが悪役を与えられるきっかけには、「主人公がいい子すぎて彼女を追い詰めちゃった」ところもあって、正直わたしなんかはアメジストに同情しちゃうところがあった。
だけどセシリアちゃんが「リアムルート」に向かっているというのなら、この〈世界〉で「ふたりの対立」は回避できるはずだ。アメジストは「ゲーム的な演出のイジワルキャラ」なだけで、「聖女の物語」に関わってくるわけじゃないから。
彼女の存在は「プレイヤーにストレスを与える」もの。そのストレスが主人公への感情移入を大きくして、物語への没入感を強めてくれるんだけど、この〈世界〉は〈ゲーム〉じゃないんだから悪役令嬢なんて必要ない。
だってこの〈世界〉に、「プレイヤー」はいないんだから。
〈ゲーム〉でアメジストが主人公にイジワルを始めるのは、目前に迫った「学園祭イベント」から。
2つ目の「闇堕ちフラグ」にはまだ時間がある。それに、あれの回避は簡単だ。わたしがどうこうする必要はないし、できることは少ない。
セシリアちゃんはちゃんと「学習」を頑張っている。だから大丈夫。
だからしばらくの間は、ストーキングを緩めても問題ないと思う。
だったら……。
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