第11話 セシリア(2)

「ではセシリア・ガーノン。わたくしとそのともの部屋をおとずれた理由を説明なさい」


 ルルルラが、貴族の令嬢っぽい雰囲気と言葉づかいでつげる。


 ……って、はぁ!?


「いや、なにいってるのあんた、わかってるでしょ? 言い方、こわいよ、やめてよっ!」


 それに帰ってきたのは、眉をへの字にしたルルルラはあきれ顔。


きびしい刑務官けいむかんやさしい刑務官けいむかん。知らない?」


「知ってるけどなんの話。今、関係ないでしょっ!?」


「関係なくない、けど……」


 ルルルラは困った顔をわたしに、ついでセシリアちゃんにはすましたお嬢さま顔を向ける。


「まぁ……いいや。なにしにきたの? また水ぶっかけられにきた?」


 口調を優しくしてくれたのはいいけど、なにいってんのこいつっ!


「そんなわけないでしょっ!」


 え? ないよね?


「おまえも、またかけたくないのか?」


「やめてっ! わたしだって、したくてしたわけじゃないっ」


 ルルルラは近づいたわたしの顔を手で押して離しながら、


「だ、そうだけど?」


 セシリアちゃんへとつげる。


「あの……あたしはロマリアさまに、お礼を言いにきました。本当にそれだけです」


 セシリアちゃんのその答えに、


「だ、そうだけど」


 ルルルラはさっきと同じ言葉を、今度はわたしへとつげた。


 お礼を言いにきただけ? この子本当に、わたしが「助けた」ってわかってるの?


「セシリアちゃん、なんでわたしが助けたってわかるの?」


 彼女は安心したように微笑み、


「あの水に悪意あくいがあったなら、あたしは水をよけられたと思います」


 そういうと、今度は少し言葉を迷わせてから、


「あたしは、あの……光属性の魔法が使えますので」


 と、曖昧あいまいな説明をした。

 わたしには、彼女が「言葉を選んだ理由」がわかるから、それで納得したふりをする。


「そうなの? すごいね光属性魔法なんて。わたし魔法の素質ないから、うらやましい」


「あっ、はい。ありがとうございます。それでですね、あの水からは助けたいというおもいが感じられました。あのまま進んでいると、あたしはヘビにまれていたかもしれません。だからわかりました。この水は、あたしを助けてくれたんだって」


 セシリアちゃんは説明不足に気がついたらしく、だけど言葉を続けようとはしない。

 たぶん、聞いていいかどうかわからないんだ。


『だけどどうして、あの場所にヘビの〈使い魔〉がいたのがわかったのですか?』


 って。


 普通わからないよね。実際わたし以外、誰も〈使い魔〉の存在に気がついていなかっただろうし。

 だから「わかった」としたら、「知っていた」ということになる。

 わたしが〈使い魔〉の主人あるじとは思ってないだろうけど、関係者の可能性だってある。

 でもわたしは。彼女を助けた。セシリアちゃんはそう感じているみたいだから、混乱しているんだろう。

 とはいえ「なにか事情があるのかも?」と察するくらい、この子にはできる。

 黙りこんだわたしとセシリアちゃんに、


「僕は、いないほうがいい?」


 ルルルラが確認する。なにを今さら。


「大丈夫。いてくれたほうが安心する」


 わたしは自然と、隣に座る彼女の手をにぎっていた。それは振り払われることなく、繋がったままでいさせてもらえる。

 わたしは魔王の手先じゃない。だけど、どう説明したらいい?

 それに、あそこで「闇堕ちフラグ」が1本立ったところで、「通常エンド」への道が絶たれるわけじゃない。聖女と花束の騎士たちが魔王をつ道は閉ざされない。


 結果的にセシリアちゃんを助けたのかもしれないけど、あの瞬間、わたしが助けたかったのはスノウくんだ。

 わたしがおそれたのは、「闇堕ちフラグ」が立って花束の騎士の誰が死んでしまうこと。

 それが、「スノウくんかもしれない」ってことだったから。


 どこまで話していいの? なにも話さないのが正解? だって〈ゲーム〉のセシリアちゃんは、「自分の未来」を知らないんだから。


 もちろん彼女には、「フラグ」なんてわかりっこない。わたしにはこの〈世界〉が〈ゲーム〉のように感じられるけど、この〈世界〉の人たちには〈現実〉だもん。

 この〈世界〉はもしかしたら、【誰か】が仕込んだ「フラグ」に管理されているのかもしれない。わたしにはそう思えてしまう。

 だけどそれは「わたしだから」で、もしかしたら「わたしがくるっているだけ」かもしれない。


 前世の記憶。

 そんなのは全部、狂ったわたしの妄想かもしれない。


 あのヘビだって魔王なんか関係なくて、ただの偶然かもしれない。

 本当に〈使い魔〉だったの? 死骸しがいが残らなかったのは、魔法で消し飛んだからじゃないの?


 と、突然。ルルルラに手を強く握られたのを感じ、わたしは意識を〈現実〉へと浮上させられた。

 わたしの顔を見て、自信満々の顔で頷く彼女。なんで、そんな顔してるの? わたしを信じてるって意味? わたしの迷いを見抜いたの?


「マルタ。この子には、全部話したほうがいい」


「……全部って?」


 ルルルラはわたしの耳元へ唇を寄せると、


「予知能力」


 小さく囁いた。

 

「……大丈夫?」


 わたしは聞き返す。そんなこと話して大丈夫なのって。自分でさえ、自分を疑ってしまうほど曖昧なのに。


「僕は天才だ」


 だろうけどさ。あなたの「よくない顔」だってしってるのよ、わたし。


 ……いや、でも、そうだ。全部がぜんぶ、わたしの妄想とは思えない。

 いくつもの〈現実〉が前世の記憶と合致がっちしてたから、わたしは「ここは〈ゲーム〉の世界」だと思ったんだし。


 わたしは今、おかしくなってる。情緒不安定だ。

 原因はわかってる。スノウくんだよね。

 彼との距離が「離れて」しまったのが、苦しくて悲しくて、心がグチャグチャになってるんだ。


「マルタ」


 再度、強く握られる手。


「信じてもらえる、かな?」


 わたしの介入で「闇墜ちエンド」は回避されたはずだけど、「闇堕ちフラグ」はまだ4本残っていて、それはスノウくんの生死に関わってくる。

 聖女として目覚めたセシリアちゃんを守護する花束の騎士は彼だけじゃないけど、わたしにとってはそれで十分だ。


 犠牲者の可能性に、彼がいる。


 それだけでわたしは、泣いてしまいそうになるほど苦しい。

 それほどにわたしは、彼を……。


 すべての「闇堕ちフラグ」は折らないといけない。

 それは決定事項。


 だからこそ迷うの。

 話すことでのデメリットはなに? 話さないことでのデメリットはなに?

 なにが正解かわからない。この〈世界〉には攻略サイトがないし、交流サイトで話せる仲間もいない。


 だけどわたしは、「紅蓮の聖女と花束の騎士」を完全攻略した「ぐれたばマスター」だ。

 〈ゲーム〉と〈現実〉は違っていて、迷うことも疑うこともつきないけど。


「大丈夫だ、マルタ。おまえは間違ってない。僕が保証する」


 保証? うん、そうだね。あなたが保証してくれるなら、間違いないね。

 そうだ。わたしには「未来予知」ができている。少なくとも天才少女のルルルラには、そう見えている。

 わたしは深呼吸して、セリシアちゃんを見る。


 しっかりしなさい、わたし。子どものころから何度も考えて、確認して、そして悟ったんでしょ?

 ここは“ぐれたば”の世界だって。

 今さらなにを迷うことがあるの? ここを楽しむって決めたんでしょ?

 何年も楽しみにしてたじゃない。〈ゲーム〉のシナリオに突入するのを。この学園で「みんな」に会えるのを。

 妄想でもいいじゃない。むしろ大勝利じゃない。

 だけど、妄想じゃなかったどうするの。わかってたのに、回避できたかもしれないのに、最悪の結末を迎えたらどうすの。

 後悔して終わり? スノウくんの死体を前に、泣きながら後悔するの?


 で、どうする。その後はありもしない「セーブデータ」を探す? ロードしてやり直すために?

 この〈世界〉は〈ゲーム〉じゃない。セーブデータはないし、ロードもできない。少なくともわたしにはできないし、できないと思って行動するしかない。


 だけど、気持ちを強く持とうとする「わたし」の中で、「マルタ」が囁く。


(わたしなんかに、なにができるの? 負け犬のわたしなんかがなにをしたって、あの人は振り向いてくれない。わたしなんかに、わたしなんかに、わたしなんかにっ! わたしなんかに、できることなんてない)


 うん、そうだね。そうかもしれないね。

 でも、だからなに? そんなのどうだっていいでしょ!?

 しかっりしなさい「マルタ・ロマリア」、スノウくんの命がかかってるのよっ。あなたは告白をためらわないほどに、「彼が好き」だったんでしょ?

 怖かったよね、苦しかったよね、幸せだったよね。わかるよ、だって「わたし」は「あなた」なんだから。


 だから「あなた」にはちゃんと言う。

 わたしだって、あなたに負けないくらい彼が好きだよ。


 わたしたちは、「同じ人」を好きになった。

 多分それは「同じ想い」じゃないだろうけど、それぞれの「違う想い」で彼を見つめていただろうけど、それでもわかり合えることはあるよね。


 だったらさ、わたしたちが目指すは「トゥルーエンド」しかないでしょ。

 やってやろうよ、一緒に。

 力を貸してマルタ。わたしたちが好きになった、あの人のために。

 わたしたちであの人を、あの澄まし顔を、見たことない満面の笑顔にさせちゃおうよ!

 その笑顔が、わたしたちに与えられるものじゃなくたってさ。


(わたしに、できるの? あの人を笑顔にできる……の?)


 できるって。わたしたちなら、できる!

 同じ人を好きになって、同じようにダメだった負け犬同士なんだから、今度は協力して勝ち馬になろうよ。

 わたしたちの勝利は、彼を笑顔にさせること。次のことはさ、それをやってから考えよう?


 だって「わたしたち」は、まだ、あの人が好きなんだもんっ!

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