第14話 アメジスト(2)

 学園祭まであと3日。準備を楽しむ生徒たちの活気で、わたしの期待値はバク上がりだ。

 そうは言ってもわたしは、クラスの研究展示発表にしか参加しないから準備期間は忙しくないし、本番はまつりを満喫するつもり。


 学園祭で忙しいのは、学園祭実行委員会に所属している生徒や、イベントを取り仕切る「高位貴族の子息や子女」と「取り巻きの低位貴族」たちだね。

 高位貴族でも取り巻きでもないわたしは、自由にフラフラできるってわけだけど、それはそれで寂しいものがある。


 ここ数日。学園祭の準備を楽しんでいる生徒を横目に、わたしはセシリアちゃんの監視をゆるめにしてアメジストのストーカーと化していた。

 やっぱりこの〈世界〉でも、アメジストはローアくんにご執心しゅうしんのご様子だ。わたしほど洗練されていないけど、彼女はローアくんをストーキングして、彼の小さなお尻を眺めていたりする。

 潤んだ瞳で好きな人を見つめ、半開きの唇をふるふるさせている様子は、満面の笑みで背中を叩いてやりたくなるほどとおとく思えちゃう。

 悪役令嬢と言っても、恋する乙女ですし可愛いものですよ。


 そして今。1年1組の教室にあるのは、アメジストの姿だけ。他の生徒は全員、それぞれが学園祭の準備に動いていた。

 わたしは教室の出入り口にひそみ、廊下から彼女の動向を盗み見る。ストーキングには慣れてますし、気づかれませんよ。


 これが、アメジストが悪役令嬢へと堕ちる「最初のつまずき」の場面。わたしはCDドラマを聴いて、このシーンの存在をしった。

 教室には誰もいない。わかっているはずなのに、彼女は挙動不審な動きで周りを確認する。

 偶然? それとも【誰か】によって仕組まれた必然? 学園祭の準備開始時間が来て、クラスメイトが一斉いっせいに教室を出ていった後、急ぐ必要がなかったアメジストは最後に教室を出ようとして、「それ」を見つけてしまった。


 校舎の外から人気ひとけのない教室に届く、騒がしくて楽しそうな生徒たちの声。


「ぁ……」


 その声に埋もさせるように、アメジストは小さく声をこぼす。

 そして彼女の右手が、セシリアちゃんが机の上に置き忘れた「通行証」へと伸びていく。


(やっぱり、ゲームと同じなんだ)

 

 違ってればいいと思っていた。なにもなければいいと思っていた。

 アメジスト、バカなことしなければいいなと思っていた。


 だけど、わたしの思いと反対に、彼女の手はゆっくりと伸びていく。

 ダメ。それ以上はっ!


「やめたほうがいいよ」


 わたしは教室にすべりこんで、アメジストの背中へと声をかけた。


 びっ、くぅうーっ!


 面白いほどに大きく両肩を跳ねさせて、振り返る彼女。


「な、なにをですのっ! あなたなにをおっしゃっ」


 わたしは慌てた様子の言葉をさえぎり、


「それ、隠そうとしたでしょ?」


 アメジストの手に収まった「通行証」を指さした。


 学園内通行証。

 これをなくすと平民であるセシリアちゃんは、学園内を自由に移動できなくなる。

 とはいえこの流れって〈ゲーム〉だと確定しているものだから、シナリオ的に致命的ではない。なにかのフラグが立ったり、折れたりするわけでもない。

 それでもセシリアちゃんは悲しんで落ち込むことになるから、できるなら「なくしたいイベント」だって思うし、わたしはアメジストに間違った道を選んでほしくない。

 あなたが「いい子」なの、わたし知ってるよ? あなたに「悪役令嬢」なんか似合わないよ。


 セリシアちゃんも通行証は大切なものなんだから、机の上なんてわかりやすい場所に置き忘れなければいいんだけど、これは〈ゲーム〉の流れに組み込まれたものだから「決まっていたイベント」なんだろう。

 わたしの指摘してきに反応してか、


「……っ!」


 アメジストは手にした通行証を捨てるように手放すと、一瞬泣きそうな顔をして、わたしをにらみながら無言で近づいてきた。


 わたしに? 違う、わたしの後ろにある、教室の出入り口に近づいてきたんだ。

 見栄みえなのか強がりなのか、わざわざわたしの隣を通って教室を出ようとする彼女の手首をつかみ、


「わかるよ」


 わたしはつげた。


「離しなさいッ!」


 強く振られるアメジストの腕。もちろん離してあげない。

 わたしってガリガリに見えても、女子にしては腕力があるの。子どものころから農作業してたからね、力の使い方がわかってる感じで。


「わたしね、好きな人がいるの。失敗して嫌われちゃったけど、でも、まだ好きなの」


「なんの話ですの、いいからお離しなさいっ!」


 だから離さないって。

 無理やり引き寄せて、目を見て言ってやった。


「あなたがローアくんを見てるときって、わたしがあの人を見てるときと同じ目をしてる気がする。あなたとわたしは同じなの。似た者同士? だから、よくないことして欲しくないって思うんだけど、変かな?」


 震えるアメジストの唇。女のわたしから見ても、キレイで色っぽい。さすが侯爵令嬢だ。


「あなたってローアくんしか見てないよね。だからセシリアちゃんが、わたしたちと同じ目で見つめてる男の子がいるの、しらないでしょ?」


 セシリアちゃんの名前に反応してか、アメジストから顔色が失せた。


「……そのようなこと、しりたくありません」


 違う。あなたはしるべきなの。しらなきゃいけない。


「違うよ。ローアくんじゃない。セシリアちゃんがわたしたちと同じ目をするのは、リアム王子を見つめているときだけ。確認すればいい、すぐにわかるから」


 わたしの言葉を聞くアメジストの表情が、驚きに変わる。

 そして、彼女は言った。


「なに……泣いてますの?」


 そう言われてわたしは、


「あれ? 泣いて……た?」


 自分の目から、涙がこぼれていることに気がついた。


「泣くつもりなんてなかったけど、好きな人に嫌われてるって思うと、悲しいね……」


 アメジストに「自分勝手な意見」をぶつけているあいだじゅう、わたしの頭の中にあったのは彼の……スノウくんの姿だった。

 アメジストの腕から力が抜けるのを感じ、わたしは彼女から手を離す。そして、さっきまで彼女の腕を掴んでいた手で涙をぬぐった。


「嫌われたのでしたら……謝罪しゃざいすればよろしいのでなくて?」


 うん。そう……だね。

 だけど、


「いいよ」


 首を横に振るわたしに、


「どうしてですの」


 再度たずねるアメジスト。逃げ出そうとしないのは安心する。

 あなたは「いい子」だね。泣いてるわたしを放っておけないんだよね? やっぱりわたし、あなたと友だちになりたい。


「これ以上、嫌われたくない……から」


 だってスノウくん、言い訳が嫌いな人なの。自分がするのも、他人がするのも。

 わたしの小さな声は、彼女に届いたかわからない。

 多分、聞こえただろうけど、彼女は言葉を続けなかった。


「そんなことより」


 濡れた頬を袖口で拭い、


「通行証。セシリアちゃんに届けてあげよ? 今ごろ困ってるかもしれないよ」


 わたしはつげる。


「……軽々しくお話になりますが、あなた、わたくしが誰かしっていますの?」


「アメジスト・ロロハーヴェルさんでしょ? 侯爵令嬢さまだよね。それに王太子殿下の姪っ子。自分が目立ってるのわかってない? みんなしってるよー」


 わたしが差し出した手を、数瞬すうしゅん躊躇ちゅうちょのあと、アメジストは受け取ってくれた。

 繋がった手の感触で思わず笑みが溢れちゃったわたしに、彼女も同じような笑みを浮かべてくれたのが、とっても嬉しかった。

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