第9話 ルルルラ

 最初の「闇堕ちフラグ」を折り、寮の私室にもどったわたしは、


「はぁ~あぁああぁ~」


 自分のベッドに倒れこんでため息を吐き出した。


「大きなため息。スノウ・レイルウッドはなにをやらかした?」


 ため息へと返される、ルームメイトのルルルラの声。彼女はわたしが戻る前から部屋にいて、自分の机でなにやら作業中だった。


「違う。やらかしたのはわたし」


 やらかした?

 ……ううん。わたしはよくやった。だって聖女の「闇堕ちフラグ」をひとつ折ったんだもん。

 それは「トゥルーエンド」への道をつなげたってことだもん。


 ルルルラの口から、スノウくんの名前が出たことはスルー。彼女がどういう道筋でわたしのため息と彼を結びつけたかなんて、考えるだけムダだから。

 多少記憶力がいいだけな凡人ばんじんのわたしに、天才の思考回路が理解できるわけがない。

 しばらくルームメイトをやってわかったけど、ルルルラは想像していた以上の天才だ。前世のママも相当そうとう頭が良かったけど、ルルルラと比べればママなんてまだ普通の人だった。


 ルルルラはついこの前も、「犯罪組織の撲滅に大きく貢献した」とかなんとかで、王宮に呼ばれて陛下から直接勲章をたまわったらしい。

 いつの間にそんなことしてたの。あんた早寝遅起きで、部屋にいるあいだ魔導具まどうぐばっかり作ってるよね?


「そうか、おまえは色々やらかしそうだ」


 はい、的確てきかくな評価でございます。反論はんろん余地よちはございません。

 それ以上の言葉はなく、作業が室内に響く。


「なにしてるの?」


 わたしの問いに、


「新作」


 返ってきたのはその一言。新作の魔導具を作ってるのね。


「なにするもの?」


 魔導具とは、前世で言うと家電みたいなものかな。お湯をかしたり、遠くに声を届けたり、用途によって様々だ。


「おまえには関係ない。魔法の素質そしつないだろ」


 魔導具には、それを使うのに魔法の素質を必要とする物と、必要としない物がある。どうやら今作っているのは、必要とする物みたい。

 まあね、そりゃないですよ? わたしに魔法の素質はありまっせ~んっ!

 することもないし、勉強なんてやる気もでないから、わたしはベッドから降りてルルルラの作業を眺めることにした。


「失恋」


 つぶやくルルルラ。


「そうよ」


 答えるわたし。


「スノウ・レイルウッド」


「だったら?」


「そもそも、前提ぜんていが間違っている」


「前提? なんの?」


「あいつは次期レイルウッド伯爵。身分的に学園に入学できたのが奇跡みたいな小粒男爵令嬢のおまえとはつり合わない。高望たかのぞみもたいがいにしろ」


 きっついなー。

 まぁ、その通りなんだろうけど。


「で、でもさ、でもだよ?」


「でもでもだっては愚者ぐしゃ戯言ざれごと。でもぉー……までは許すが、だって~……まで行くとあざ笑ってやる」


 他人から見るとそうなんだろうな。わたしの想いは高望みだって。


(……うん、まぁ……それはさ、そうなんだけどさ)


 うぅ~んぅ! でもでもだってぇ~っ!


 再度溢れたわたしの大きなため息に、


「真面目な話、僕はスノウ・レイルウッドにいい印象がない。そして僕は」


 作業を中断するルルルラ。振り返ってわたしに視線を向けると、


「あなたの友だち……だよね?」


 見たことのない、不安そうにも見える顔で聞いてきた。


「なに今さら。友だちどころか親友だけど」


 だってわたし、まともに会話してもらえる同級生はルルルラだけだよ?

 それに彼女も、すでに学園全体から「変わった子」だと認識されているから、まともに会話できる同級生はわたしだけっぽい。


 わたしには「同級生女子をストーキングしている」という不審者の顔があるから、不用意に目立てないし、すすんで友だちを作ろうとは思わない。今のところはね。

 それは、友だちになりたい子がいないわけじゃないけど。

 〈ゲーム〉の登場キャラたちには興味あるよ? 主人公のセシリアちゃんにも、悪役令嬢のアメジストにも。

 とくにアメジストとは友だちになりたいな。あの子は前世のわたしに似てる気がするし、まだはっきりしてないけど「無用な悩み」に苦しんでいる可能性がある。「あんな悩み」さえとっぱらっちゃえば、悪役令嬢なんて「役」をしないで済むんだから。

 

「だったらわかるでしょ。あなたにはもっとふさわしい人がいる。僕はそう思う」


 ふさわしい人? 誰それ。そんな人いないよ。

 っていうか、なにが「だったらわかるでしょ」なの? なーんにもわかりませんけどっ!


 ……それにしても、なんでルルルラはスノウくんへの評価が低いんだろう? 彼女にはスノウくんに悪い評価を下すような、なにかがあったってこと?

 でもわたしは、スノウくんもルルルラも好きだから、どっちがどっかを悪く言うのなんか聞きたくない。

 はい。ただのわがままです。わかってまーす。

 だからわたしは、


「じゃあ、ルルルラがもらってよー。お嫁さんにしてー」


 話題を変えることにした。


「ヤダ。僕、婚約者フィアンセいるし」


 マ・ジ・で!?


「マ・ジ・で!? って顔しない」


 ルルルラは学園内では外しているけど、寮ではいつもロケットペンダントを身につけている。お気に入りなんだろう。

 だけど学園内では、特別な許可がない限りアクセサリーをつけることはできないから、ガマンしてるっぽい。

 なんでもその昔、宝玉ほうぎょくがはめ込まれた国宝級のブレスレッドが学園内で盗難にあったらしい。で、他国を巻きこんでの大問題になったとか。

 それ以降、学内へのアクセサリー持ちこみは基本NGなんだって。


 ルルルラは首にかけるロケットペンダントを手にして、


「見ていいよ」


 ロケットを開いた。

 その中にあったのは、


(写真……? じゃないよね)


 この〈世界〉には写真技術がない。だけど写真の代わりになる「転写魔法」があるから、きっとそれだろう。


「僕の婚約者だ」


 16歳のルルルラよりすこし年下な感じの、13・4歳くらいの可愛い系の男の子。

 とはいえルルルラは容姿ようしが幼いから、彼女の方が年下に見えるくらいだけど。


「めっちゃ美少年じゃない!? どんなあくどいを使ったの」


「……それでこそおまえだが、大概たいがい失礼だな」


 あきれた様子のルルルラが、


「こいつはハーヴェスト。今は血の繋がらない弟で、未来の旦那くんだ」


 優しい声色でつげる。


「弟? 家族なの?」


 そういえばルルルラには弟がいるって、公式設定資料集に書いてあったな〈ゲーム〉には名前すら出てこなかったから忘れてた。


「今も家族だし、未来でも家族だ」


「決まってるの? 自分で選んだの?」


 なにが「決まってる」のか主語が明確じゃなかったけど、ルルルラには「結婚」がとわかったみたい。


「最初は親が決めたことだったが、最終的には自分たちで選んだ。ハーヴェも、僕がいいと言ってくれた」


 姿絵を見るルルルラ。ちゃんと女の子の顔をしてる。好きな人を見ている女の子の顔だ。そのお顔は、素直にかわいいって思う。

 わたしに言えることは、


「よかったね」


 だけ。

 そんな女の子の顔で見ることができる人がいるのは、幸せなことだよ。


「あぁ、よかった……」


 ルルルラはロケットを閉じ、胸元へと戻す。


「じゃあ、わたしとスノウくんを応援してくれてもいいでしょぉ~」


「失恋したんだろ? 高望みしすぎて」


「失恋はしたけど、高望みじゃ……って、あれ? 高望みだから元々ダメだった?」


「恋は良薬りょうやく。密かな想いは毒薬どくやくとなれ」


「なに……それ」


「ガノウ・レンオウの言葉だ」


 誰よそれ。


「見合わない恋は不幸ってこと?」


「そう受け取るならだが。さて、どちからがどちらに見合わない」


「わたしが、スノウくんにでしょ? 身分も見た目もつり合わない」


「僕は違う解釈かいしゃくだ。スノウ・レイルウッドごときが、僕の親友に見合わないのさ。おまえにあんな大きなため息を吐かせるクズがいるなら、そのクソムシどもはすべて僕の敵だ。つぶしてやろうか? プチっと」


 言うことが過激かげきなのよ。そしてこの天才少女には、口にした物騒を実行できる能力があるのが怖い。


「ありがと。でも過激な報復ほうふくはやめてね」


「過激でない報復は許すわけだな」


「許さないわよ。報復しないで。っていうか、これに限っては悪いのはわたし」


 彼女は小さく微笑んで、それは愛らしくもあり、


「悪いこと考えないの」


 ゾッとしたわたしは釘を刺しておいた。


「愛らしく微笑ほほえんだだけだが?」


「そう見える人もいるでしょうけど、わたしには邪悪って言葉が顔に張りついてるように見えたけど」


「ふむ……この顔が悪だくみと理解できたのは、ハーヴェに続いてふたり目だ」


「それ、められた気がしない」


「褒めてないからな」


 わたしはわざと、小さなため息をつく。


「やめて、悪いのはわたし」


 彼女はちょっと考える顔をして、


「……未来は変えられたのか? 失恋してまで変えたかったのだろう」


 はぁ!? なんでわたしが「ニセ未来予知」してるのまで知ってるのよっ!

 わたしそんな素振そぶりり見せた? 「はいっ! 未来予知できましたーっ」みたいなの。

 はぁ……これだからチート能力者は困る。あんたどこまで天才なの。だったらごまかしたところで、なんの意味もないだろうな。


「たぶんね。変えられたわけじゃなくて、良い方向にひとつ進めたって感じだけど」


 スノウくんの……花束の騎士たち死亡の可能性を、ひとつ潰した。

 だから、進めた。最高のエンディング、「トゥルーエンド」へと。


「おまえは正しい選択をしたさ」


 正しい……か。

 うん、そうだよね。この失恋がなにかのフラグだとは思えないけど、無意味なものと思いたくない。


「だといいけどね……はぁ~」


 正しいことだったと思えれば、少しは気持ちが軽くなれるかもしれないけど、やっぱり……ため息が止まらないよ。


 わたしのため息に、ルルルラはなんの反応も見せなかった。話は終わり。室内には再度、魔導具を作る作業音だけが響く。

 しばらくその作業を眺めていたわたしだけど、なにをしてるのかわからなかったし、あまり面白くもなかったから、自分のベッドに戻ってふて寝した。


(やっぱりマルタは、スノウくんにフラれる運命なのかな~)


 フラれたわけじゃない。そもそも告白していない。

 だけど、嫌われたのは確実だろうな……。

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