第5話 ルームメイトができました

 学園生活10日目、今日は休日で学校はお休み。そんな、本来ならゆっくり寝ていられる良き日の朝、彼女はやってきた。

 そう、わたしのルームメイトがっ!


せまい」


 部屋に入ってきた、ルームメイトの第一声。

 狭くはないけど、それは個人の感覚によるよね。

 

 彼女の名前は、ルルルラ・リリパネーラ。

 小柄な幼女顔の美少女で、〈ゲーム〉では2年目から登場する。主人公の困りごとを開発したチート魔導具まどうぐで手助けしてくれる、いわゆるお助けキャラだ。

 まぁ、青い猫型ロボットのような存在だと思ってください。


 体調をくずして入学が遅れていた彼女は、入学と同じように入寮も遅れていたらしい。

 確かに病弱びょうじゃく設定せっていあったな。あんまり気にならなかったけど。


「わ、わたし、マルタ・ロマリア。よろしく」


「なぜ、バカのふりをする」


 わたしを観察するように凝視ぎょうしして、顔を近づけてくる彼女。

 別にバカのふりはしてないし、この部屋も普通の女子らしく整えている。狭いと言われるほど散らかしてはいない。


「バカのふりはしていないけど、あなたほどかしこくないのは事実よ?」


「どうして僕が賢いのをしってるか興味あるな。というかおまえ、なぜ僕をしっている。僕はおまえをしらないのに不公平ふこうへいじゃないか」


 ちなみに、彼女の一人称は「ぼく」。彼女はあいらしい美少女だから、自分を「僕」というのも似合っている。

 とくだよね、かわいいとさ。なんでも許されるっていうの?


 うさんくさげな目で見るのやめてもらえないかな。さすがに、ちょい怖いんですけど。わたしはこの子の「規格外きかくがいの能力」を知っているから、なおさらおそろしく感じちゃう。

 これは“ぐれたば”のシナリオライター、「らいおん先生」を恨めばいいの?


「なんでこんなチートキャラ作ったのっ!」


 って。


 だけど彼女の存在は、「聖女の魔王討伐」に必要不可欠になってくるから、いないといないで困るんだけど……ね。


     ◇


 想像そうぞうもしていなかったルームメイトを得たわたしだけど、セシリアちゃんの監視かんしは忘れていない。

 今日もわたしは空いた時間で、彼女をストーキングだ。


 放課後。図書館のある方向に足を進める彼女を、スッと後追あとおい、サッとかくれて追跡中ついせきちゅう

 あっ、はい。完全な不審者ふしんしゃですよ?


 とはいえ、ストーキングにはこなれてきたわたしだけど、最初の「闇堕ちフラグ」イベントが発生する日時がわからない。

 “ぐれたば”には日時の概念がなかった。今が何年の何月何日とか、そういう表示はなかったの。

 

「第何フェーズ 何日目/午前 or 午後」


 みたいな表示のされかたで、「何月何日の何時」というものじゃなかったから。


 最初の「闇堕ちフラグ」は、1年生の中頃なかごろまでの、午後に発生するよう仕込まれている。午後というか、たぶん放課後だと思う。

 学園内で起こるからセシリアちゃんが学園にいる時間なのはわかるんだけど、彼女がこなしたイベントの進行状況……というか攻略キャラの好感度によって、その発生時期にはズレが出てくる。

 早いと入学50日目くらいで発生するし、遅いとその100日後くらいだ。結構幅がある。


 これまでセシリアちゃんは、順調じゅんちょうに「攻略対象キャラとお知り合いになろうイベント」をこなしてきた。

 予想通りといえば予想通りで、わたしがかげながらお助けという場面はなかった。

 そもそも彼女は「できる子」だ。乙女ゲームの主人公だしね。


 最初の「闇堕ちフラグ」イベント。

 その内容を確認しておくと、ある日主人公は生徒会室に呼び出されるんだけど、その途中でリアム王子から用事を頼まれる。


『セシリア・ガーノンさん。少し頼まれてほしいことがあるんだ』


 ここで選択肢。


「わかりました」【Yes】か、「急いでいるので」【No】かだ。

 だけどここで「わかりました」【Yes】を選択すると、「闇堕ちフラグ」が立ってしまう。


 リアムの用事をすませ急いで生徒会室にむかう主人公は、「リアムの用事を受けないと通らなかった道順」を通り、魔王がはなった呪蛇カースまれてしまう。

 それが、ひとつ目の「闇堕ちフラグ」イベントの内容だ。


 とはいえ、呪蛇カースまれて3日間寝込むんだけど、攻略キャラのひとりで前世でわたしのしキャラだった同級生の「ローア・ラブレット」、通称「ローアきゅん」に解毒&回復魔法をかけてもらい、大事おおごとにはならない。


 そう、ならなかった……ように思えた。

 わたしも予備知識なしの初見プレイでは、「ローアきゅんのスチルイベント発生っ! やった♡」って喜んだけど、まさかこれで「トゥルーエンドへの道」が絶たれていたとは思いもしなかったよ。

 だって、攻略対象のスチルまであるんだから。 

 むしろこのシーンのローアきゅん、心配そうなお顔で、でも真剣なお顔をしてて……前世のわたしってば、きゅんっ♡ としちゃったくらいよ。

 だって彼、わたしが好きな童顔低身長キャラなんだもん。


 と、前世でのローアきゅんとの思い出にひたっていたわたしは、


「何をしている」


 後ろからの、不意ふいの声に飛び跳ねた。

 振り返るとそこにいたのは、このところ仲良くというか少し話をしたり一緒に昼食をとったりするようになった、同級生のスノウくんだった。

 彼はわたしが見ていたものを見抜き、


「セシリア・ガーノン嬢だな」


 彼女の名を正確に言ってみせる。

 そっか。ふたりはもうお知り合いだった。

 スノウくんもローアきゅんと同じで〈ゲーム〉では攻略キャラのひとりだから、セシリアちゃんとの「出会いイベント」がある。そのイベントはわたし、終盤をちょい見できただけだったけど。


 スノウくんの視界に収まるセシリアちゃん。彼の表情は……よくわかんない。いつも通りの無表情。

 だけど、なんだろう……? 胸の奥がもやもやする。


 あっ! わたし、お腹空いてるのかも。今日のランチ、ちょっと量が少なめだったから。めっちゃ美味しかったけど。


「うん、セシリアちゃん。あの子、すっごいでしょ?」


「……なにがだ」


「だから、魔法の素質。もしかして、聖女さま……なのかな?」


 彼女が聖女として目覚めるのは、魔王がとりあえずの復活をしたあと、わたしたちが3年生になってからだ。

 なのでまだ、「魔法の素質がすんごい子」でしかない。


「なぜ、聖女が出てくる」


 そうなんだよなー。

 聖女は魔王と相対あいたいする存在。


『魔王が封印されている今、聖女が現れるはずがない』


 そういう設定の〈世界〉なんだよね、ここ。

 聖女となったセシリアちゃんを守護する、5人の花束の騎士。そのひとりであるスノウくんだけど、まだ彼女に聖女の可能性を感じていないみたい。


「スノウくん……あっ、レイルウッドさまとお呼びしたほうがよろしいでしょうか」


 スノウくんって同級生の女子たちから、「レイルウッドさま」と呼ばれているみたいなの。わたしも、そうしたほうがいいかな。

 ギリギリ貴族の男爵令嬢なわたしと、次期伯爵の彼。

 その身分差はわたしが感じている以上にあるはずだし、重視されているはずだ。

 この国って現国王になってから、身分を重視する流れになってるんだよね。


 わたしの本気での確認に、スノウくん……笑った? 無愛想とか無表情とか、彼はそんなお顔に微笑びしょうをのぞかせる。


「スノウでいい。それに、言葉使いも」


 そう? だったらお言葉に甘えさせてもらおうかな。楽だし。


「えへへ。ありがとー。わたし、礼儀れいぎ作法さほうは苦手なの。田舎娘だから」


 それに両親が娘に甘いというか、家訓である「領民のみんなを大切にする」を守っているならそれ以外は気にしないタイプだから、「礼儀、礼儀」って言われなかったんだよね。


「地方貴族のご令嬢は礼儀がなっていないと? そのようなご令嬢にはお目にかかったことがない。キミ以外には」


 セリフのわりに楽しそうな声色だけど、気にはなるな。


「やっぱわたし、礼儀がなってない? ダメかな?」


「オレは気にしないが、気にするものはいるだろう。特に年長者は」


 年長者って、お年より? 先生たちかな?

 だけど、


「じゃあ、スノウくんの前では気にしないことにする。気が楽でいいね」


 彼は気にしないみたいだから安心だ。

 ……というか わたしのことなんてどうでもいいのかな?

 〈ゲーム〉のマルタは、彼に告白してフラれるませいぬだもん。彼にとってわたしは、その程度の存在だ。


 スノウくんは話題を変え、


「キミはなぜ、セシリア嬢をぬすみ見している」


 まぁ、そうなるわよね。


「毎日、彼女の後をつけているな」


 モロバレでしたか……。

 上手にストーキングできてるつもりだったけど、これからは後ろも警戒けいかいしないと。


「わたしって魔法の素質がないから、うらやましいなって。参考にしようかと」


 意味がわからない。そう伝えるかのように、眉をへの字のするスノウくん。そうだよね、実際、適当にごまかしただけだし。


 だけど魔法だよ? せっかく魔法のある世界に転生したんだから、使ってみたいよね? 魔法。

 そうは言ってもわたしには、魔法の素質がないんだって。だから魔法は使えない。一生無理みたい。そこはねー……ザンネン。


「オレも魔法の素質は小さい。氷属性の低級魔法しか使えない」


 そうらしいね。だけどあなたって花束の騎士の中では「剣士系」だから、魔法は使えなくていいよ。魔法キャラも回復キャラも、別にいるから大丈夫。


「でもスノウくんは、剣が得意なんでしょ? 騎士さま目指してるんだよね?」


 彼はキュッと唇を結んで、


「なぜ、オレが騎士志望なのを知っている」


 やばっ! 前世で知りましたとは言えない。


「そ、そんなの……みんな噂してるよ? 女子は噂好きだから、ね」


「そう……か」


 納得してくれたみたい。助かったー……。


 実際彼は、魔王との最終決戦で死亡しなければ王国騎士になる。

 そういえばわたし、スノウルートも「トゥルーエンド」回収してるけど、あんまり印象にないな。

 記憶はしてるよ? わたし、記憶力だけは自信あるから。

 だけどさ、「感動した~♡」とかはなかった。だってスノウくん、しキャラじゃなかったし。むしろ5人の攻略キャラの中で、一番微妙に思ってた。


 だけど今は前世で推しだったローアきゅんよりも、スノウくんが気になってる。

 だってこの〈世界〉のローアきゅんとは話したことないけど、彼とは話もするし昼食だってご一緒することもある。

 わたし、男子とこんなに仲良くするの、前世も含めて初めてだもん。それは……ね?

 わたしだってお年頃なのっ! もうすぐ16歳(今世年齢)だからねっ。


 はぁ~……やっぱりおかしい。なんでわたし、こんなにドキドキしてるの? もしかしてこれが、「恋」ってやつなのか!?


 どうしよう? 意識したら、スノウくんの顔が見れなくなってきた。

 なんだか、めっちゃ恥ずかしいんだけど……。


 かたむき始めた太陽が逆光になって、彼の表情を隠そうとする。安心するような、残念になるような複雑な気持ちだ。

 あぁ、でもこんな時間か。こんな時間から生徒会が、セシリアちゃんを呼び出したりはしないだろう。


「……ねぇ、スノウくん。お腹すかない?」


「いや」


「わたしはすいてるの。食堂でお菓子食べない?」


 勇気を出してさそってみましたよ。なんだか、心臓バクバクなんですけど。前世と今世のトータル年齢だと、わたしって彼よりずいぶんお姉さんなのに。

 彼は少し眉をしかめ、


「女子寮の門限が男子寮より早いのを忘れるな」


 う、うん……? それは「いいよ」ってこと?

 わたしは彼の言葉をいいように受け取って、


「わたしレモンのスポンジケーキ。食堂のケーキ、ぜんぶおいしいんだって。スノウくんはなんにするー?」


 わざとはしゃいでみせた。

 女子寮の門限が男子寮より早いと言っても、まだ時間はある。そのあいだ、全部じゃなくていい。少しだけでいいの。


(あなたの時間を、わたしにください)


 そう願ったわたしの笑顔を、スノウくんはどう受け取ってくれたのかな?

 先行して歩き出したわたしに続き、


「甘いものは苦手だ」


 彼はそう言いながらも、すぐに追いついて隣を歩き始めた。

 わたしは彼の歩幅に合わせるよう、初めて会ったときのよう早歩きにする。


「なぜそう急ぐ」


「スノウくんの歩幅に合わせようと思って」


 彼は小さなため息をついて、


「オレがキミの歩幅に合わせているのが、わからなかったか」


 はい?

 わたしは早歩きをやめて、


「ゆっくりでいいの?」


 隣の彼を見上げる。


「急ぎの用があるなら、キミにつき合わない」


 つき合う。その言葉にドキッとしたけど、それは一瞬だけ。脳内の記憶領域には焼きつけましたけどね。


「えへへ。ありがとうございます、レイルウッドさまっ」


 ふざけた口調のわたしに彼は、


「どういたしまして、ロマリア男爵令嬢」


 いつも通りの真面目口調でだけど、おふざけにつき合ってくれた。

 彼がこんな冗談につき合ってくれるなんて思ってもみなかった。〈ゲーム〉ではふざけた感じのイベントはなかったから。

 でも……あれ? もしかして〈ゲーム〉だと、主人公がわたしみたいにふざけた態度をとるキャラじゃなかったから?

 だからスノウくん、堅物キャラとしての側面そくめん誇張こちょうされていただけなの?


 考えてもわからないけど、〈ゲーム〉ではしることができなかった彼の姿、彼の印象。わたしはただ嬉しくて、ドキドキして、


「それほど面白かったか?」


 彼があきれたように言うほど、にやけてしまっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る