第6話 ランチタイム

 わたしがセント・アリュー学園に入学して、2か月以上が経過した。

 その間、とりたてて大きな問題はない。セシリアちゃんは元気だし、魔王復活のきざしもない。

 今のところは……だけど。


「う〜ん……どっちにしよう?」


 お昼ご飯タイム。いつものようにわたしは、食堂で「本日のランチメニュー」をチェックしていた。

 やっぱりお昼は「ランチメニュー」が間違いない。

 今日は、Aランチが魚系で、Bランチはお肉系。

 美味しそうなのはBランチだけど、Aランチのほうがドリンク1杯分安いんだよな〜、見た目もきれいに盛りつけされてておしゃれだし。

 わたしは貧乏男爵家の小娘だから、貴族の中の話だけど裕福ゆうふくじゃない。王都は地元より物価が高いから、お昼ご飯とはいえ贅沢ぜいたくはできないのだ。


 でもなー。Bランチが、いい……かな~?

 メインが高級ブランド牛のお料理で、前世でわたしのお気に入りだった「牛皿」っぽくてめっちゃ美味しそう!

 この学園の食堂って王族や上級貴族のご子息ご令嬢も利用するからか、ホント美味しいんだよね。

 わたしがれしたしんだ田舎いなか素朴そぼくな味わいじゃなくて、洗練せんれんされてるっていうの? 味が濃いっていうの? 要するに美味しいの♡


 牛皿か〜、懐かしいな〜。

 お米があればもっと嬉しいけど、この大陸ではお米が作られてなくて、希少な食材だからすっごくお高いの。わたしもこの〈世界〉に来てから、お米は食べたことがない。

 だけどこの料理、パンと一緒に食べても美味しいんだろうな〜。それにいいにお〜い。

 どうしよ? Aランチだって悪くない。周りを見ると、Aランチを食べてる人の方が多い。

 だけどやっぱり、わたしはBかな〜?

 大多数の生徒が即決そっけつできる問題に悩むわたし。

 その背中に、


 ドンっ!


「きゃっ!」


 衝撃しょうげきと悲鳴がぶつかってきた。


 ついで、


 ガシャンッ


 その音でわかる。


(あー、やっちゃったー……)


 後ろを気にしていなかったわたしが、誰かにぶつかったんだ。

 動いてるつもりはなかったけど、つい動いちゃってたんだろうな。わたしならありそう。

 振り返って、


「ごめんな」


 ごめんなさいと最後まで言いきる前に、


 ビシャッ!


 わたしの顔面へとびせられるお湯。

 ……お湯? いや、匂いからして紅茶か? どっちでもいいけど、そこそこ熱い液体がわたしの顔を濡らして制服に染みこんだ。

 

「ちょっとあなた、失礼ですわよ」


 手で顔をぬぐい、声のぬしを見る。制服のリボンの色から上級生なのはわかったけど、知らない先輩だ。

 どうやらわたし、考えなしに上級生の進路しんろ妨害ぼうがいしていたらしい。

 そしてぶつかってしまったと。で、お湯だかお紅茶だかを浴びせられたと。そんな感じかな。

 さすがにやりすぎじゃないですか? とは思うけど、悪いのはわたしだ。ぶつかるつもりはなかったけどね。


 だけど、う~ん……なんか変だぞ?

 お紅茶(味で確かめた)を浴びせてくださった先輩と、ぶつかった上級生は別人みたい。

 わたしがぶつかった……と思われるからのトレイを持つ上級生とわたしの間には、別にふたりの上級生がいて、その右側の人がお紅茶をくださった先輩のようだ。

 なぜそう思ったかというと、彼女がからのカップを持っているからだ。


 わたしと3人の先輩たちのあいだで、床に落ちたお皿が割れているけど、お皿の中身は入っていなかったようだ。さすがにそれは見ればわかる。

 食べ終わった後?

 ふう……ならひと安心。昼食を弁償べんしょうしろと言われたら、わたしのお昼ご飯代がなくなってしまうところだった。


 ……この状況じょうきょうで昼食をとるのは無理か? 寮に戻って着替えないといけない。なにせ、お紅茶まみれだし。


「もうしわけございません」


 ここは頭を下げておくのが正解だろう。当たり前だけど。


「あなた、そのような謝罪でおすみになられるとお思い!? このおかたはコートバアル伯爵はくしゃく令嬢れいじょうでございますのよ?」


 お紅茶を浴びせてくださったのとは別の先輩が、彼女の後ろでたたずむ人を紹介してくれる。

 コートば……ん? 誰? 知らない。そんな人〈ゲーム〉に出てこなかったから。

 コートバ(略)先輩は上品な感じの綺麗な人だけど、取り巻き(たぶん)のふたりを止めてくれないんだから、きっと「そういう系」の人なんだろう。

 あー……でもなー、悪いのはわたしだし。


「ちょっとあなた、どう責任を取るおつもりっ!」


 お紅茶先輩(わたし命名)が、わたしの肩を突き飛ばす。それは大した力じゃなかったけど、むしろ非力だったけど、


「うぉっ!」


 紅茶で濡れた床がすべって、わたしは自分でも面白いくらいの「すてーんっ!」な感じで転んでしまった。

 お尻、イッたっ!


 転んで痛がるわたしを見下ろし、コートバ先輩が「にやぁ~」という陰険いんけんわらいを披露ひろうする。テンプレ的な悪役ムーブで、わかりやすいといえばわかり易い人だ。

 それに対してわたしの肩をちょこんと押しただけのお紅茶先輩は、めっちゃ慌てた罪悪感丸出しの顔をしていた。


(え!? そんなつもりじゃないのっ。なんで転んでるの!? ごめんねっ、ごめんなさいっ!)


 そんな雰囲気かな。むしろ勝手に転んで申し訳なく思っちゃうよ。

 だけどわたしを助けようとか謝罪しようとか、そういう行動はない。なんだか変な動きであたふたしていて、ちょっと面白いけど。

 というか、コートバ先輩の悪役全開のニヤけヅラ。


(これ、わざとぶつかられた!?)


 だって「からのお皿」と「熱い紅茶」って、なんか変じゃない? 食後なら、紅茶だって冷めてるでしょ。

 本当のところはわからないけど、な~んかヤな感じのする人たちだな。とくにコートバ先輩。お紅茶先輩はまだアワアワなってて、ちょっとかわいい。


 はぁ……わたしはいつか、こんなごとをおこす気がしてた。

 気をつけてたけど軽く考えていたんだろう。この国で重視されている、「身分の差」ってやつを。

 周りがザワザワなってきた。コートバ先輩は有力貴族のご令嬢っぽいから、悪者わるものはわたしで決定だ。


(うーん……どうしよ?)


 ちょうど転んでるし、土下座どげざでもする? それで済むなら安いものだけど、この〈世界〉で土下座って通じるのかな?

 正直いって、わたしはどうするのが正解かわからなかった。


(でも、まぁ……)


 初手土下座。ダメだったら次を考えないといけないけど、思い浮かばないな。だって謝って許してもらえないなら、それ以上できることはない。

 とりあえず土下座だ。転んだままのわたしが身体を動かした瞬間。


「ロマリア嬢」


 頭上から声が降ってきた。

 この声。わざわざ見なくても、誰なのかわかる。

 わたしって前世はオタじょで声優さんに夢中だったからか、声の聞き分けは得意なの。


 誰かわかってたけど確認作業。顔を上げたわたしを見下ろしていたのは、予想通りスノウくんだった。

 ホント。正義感が強くて面倒見がいいね、あなたは。

 だけど「これはわたしとこの人たちの問題だからすっこんでて」という状況だ。

 わたしはお紅茶に濡れた顔で、彼をガン見してやった。


(ここは、あなたの出番じゃない!)


 そう意思を乗せて。


 だってそうでしょ? わたしだって女子ですからね、男の子に気にしてもらえる、助けてもらえるのはありがたいし、自分にまったくがないなら「こまってりゅの~、たしゅけてぇ~♡」っいうのもやり方としてはアリかもしれないけど、この場面では自分にも非があると、わたし自身が感じてしまっている。

 だから彼に頼るのは、ナシの場面だ。


 だけど、


「レイルウッドくん。こ、これは……」


 コートバ先輩が取り巻き先輩たちの前に出て、スノウくんに話しかける。このふたり知り合いなの?

 彼はわたしの「意思」を読み取ってくれたのか、


「申し訳ございません、コートバアル伯爵令嬢。友人が転んでいたので心配になりまして」


 そう言ってわたしの腕を引っ張って立ち上がらせ、


「話のジャマをしてすまなかった」


 無表情で言いはなつと、何事もなかったように去っていった。

 あっけにとられる当事者4人(わたし+3先輩)と見物人。わたしは、スノウくんの背中を視界におさめながらソワソワしているコートバ先輩に、


「もうしわけございませんでした。先輩がた」


 ちゃんと頭を下げた。

 土下座はしなかったけど。


 だけどお紅茶先輩、顔面蒼白で唇震わせてるんですけど?

 もしかしてこれ、スノウくんが現れた時点で「わたしの問題だからわたしが解決」はなくなってた? 彼の顔見せだけで、問題解決しちゃってたの?


 あぁ~っ! だから身分制度社会は苦手なのよっ。

 わけわかんないし、気にいらない。


「心より謝罪いたします」


 わたしはコートバ先輩に、再度、丁寧ていねいに頭をさげる。

 これで幕引きにしてもらえないかな? これ以上ゴタって目立ちたくないんだよね。同級生のストーキングを日課にしているものとしては。


 わたしの誠意せいいが通じたのか、お紅茶先輩ではないほうの取り巻き先輩から、


「これからは、お気をつけあそばせ」


 そのようにお言葉がいただけて、3人の先輩がたは去っていく。

 優雅とも思える歩きかたでコートバ先輩が、心配そうな視線をわたしに送りながらお紅茶先輩が、もう一人の印象が薄い先輩はごく普通に。

 先輩がたを見送ったわたしは、割れたお皿は食堂のスタッフさんが片づけてくれるというので、寮に戻って着替えることにした。

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