第4話 スノウくんと昼食を

 学園生活8日目の昼食タイム。

 今日はわたし、食堂のサンドイッチにしてみました。

 前から気になってたんだよね、めっちゃ美味しそうだったから。値段もお手頃てごろだし。


 サンドイッチとドリンクが乗ったトレイを手に、いているテーブルを探す。

 食堂には昼食時、全校生徒の半数150人ほどが集まってくるけど、広くて席数も十分だからひとりでも席は確保できる。

 だけど今日は、いつにも増してにぎわわってるな。まぁ、美味しいもんね、ここのご飯。


 うーん……席、空いてない。こんなの初めて。

 もしかして「本日のランチ」、めっちゃ美味しいメニューだったの? 定番メニューのサンドイッチにしたの失敗だったかも。

 立ち止まって周りを確認。空いている席がないわけじゃないけど、友だちグループでテーブルを使っているから、おひとりさまは割りこみにくい。


(新入生も、グループができてきてるな……)


 見覚えのある同級生の子たちが、ひとつのテーブルを囲んでいる。学園生活にも慣れてきただろうし、友だちができるのは当たり前だ。

 まっ、わたしはおひとりさまですけど。

 それにわたし、りょうでもおひとりさまだ。

 普通は寮の一部屋をふたりで使うんだけど、ルームメイトの子が病弱らしく、体調をくずして入院中なんだって。寂しいから早く来てほしいよ。どんな子なんだろう?


(どこか、あいてないかな~)


 キョロキョロと視線と動かしていると、4人がけの席にひとりですわる男子と目があった。

 見覚えのある彼。それはわたしを女子寮へと案内してくれた、脚長あしなが男子のスノウ・レイルウッドくんだった。

 食事の手を止め、わたしを見ているスノウくん。その視線の意味がわからないほど、わたしも鈍感どんかんじゃない。


(わかりましたっ! 相席あいせきOKってことですね)


 さっしたわたしが席に近づくと、


「ここに座るといい」


 彼は無表情で言ってくれた。


 ぐれたば公式設定資料集には「スノウ・レイルウッドにはお人よしなところがある」と書かれていたけど、〈ゲーム〉内でそこまで彼のお人よしエピソードはなかったし、むしろ仲良くなるまでは冷たい印象のキャラだから、相席OKはちょい意外だ。


「ありがとう。スノウくん」


 あっ、名前で呼んじゃった。

 だって彼、〈ゲーム〉では主人公から「スノウくん」って呼ばれてたし、ファンの間でもスノウくん呼びがデフォだったから。


 したしくもない女子からの名前呼び。それも下級貴族からの。

 失礼といえば失礼なんだけど、学園の中では「身分の差は考慮されない」って建前になっているから、大丈夫だよね?

 無礼者っ! なんて怒鳴らないよね、さすがに。


「オレを知っているのか。自己紹介はまだだったはずだが」


 はいはい、知ってますよ。ご存知です。

 なんなら前世からね。


「スノウくんは有名だから。目立つ? あっ、かっこいい?」


 わたしは彼の正面の席に座り、昼食のサンドイッチを手に取る。だってお腹空いてるんだもん。


「それにスノウくんって、レイルウッド将軍のご子息だよね? みんなしってる……しっておりますわ」


 言葉使い。今さら気がついた。

 スノウくんのお父さんであるレイルウッド将軍は、今から20数年前に起きた魔王復活をもくろむ悪者たちとの戦い「ガリハーバ戦役」の指揮官で、現在はこの国の軍部トップ。

 さらに将軍はその戦いで、1万人を超える兵士を無駄死にから救ったと言われる英雄なの。


「父上か……確かに父上の活躍はほこらしいが」


 あれ? なんですかその顔。クール系無表情男子が、しかめっツラしてますよ? 〈ゲーム〉にそんな顔のスチルありませんでしたけど?

 だけどこの顔……ちょっと色っぽくてかわいいな。


「うん、将軍はすご……素晴すばらしいですわ。わたしのお父さんもガリハーバ戦役に召集しょうしゅうされていて、将軍がいらっしゃらなかったら、お前は生まれることがなかったんだ。お父さんはお母さんと出会う前に死んでいただろうっていってたよ……いってました。ありがとうございます」


 言葉使い難しいな。スノウくんはわたしよりも身分が上だから、馴れ馴れしく話すのは良くないんだろうけど。


「あっ、そうそう。確かに自己紹介がまだでしたわ。わたくし、地方貴族ロマリア男爵の娘で、名をマルタと申します。こんごともよろしくお願いいたしますわ、スノウ・レイルウッドさま」


 とりあえず、自己紹介と挨拶は終わり。

 わたしは手にしていたサンドイッチをパクついた。


「んんっ!? これめっちゃおいしい、スノウくんも食べてみれば? わたし、明日もこれにしよ」


 あっ、ヤバ。またタメ口きいちゃった。

 確かに彼はマルタより身分が上なんだけど、わたしとしては「ゲームのキャラ」って意識が消えない。

 だからなんか、親戚の子みたいな親近感があるっていうか、かしこまらないで話せちゃう。

 う~ん……良くないわね。気をつけないないと。


 だけどスノウくん、わたしのタメ口になにも言わず、不満げな顔もしていない。表情はいつも通りの無表情。

 お顔さ、もうちょいなんとかならない? 美男子なのはわかるけど、彫刻みたいに見えるよ? だけどこの人クール系キャラだしな、こんなものか。


 自分の昼食を食べ始めるスノウくん。ナイフで切りわけたお肉を、フォークに刺して口に運ぶ。

 わたしはなにも考えず、サンドイッチを手づかみでパクついちゃったけど、もしかしてマナー違反だった?

 でも……まっ、いっか。


「もぐもぐもぎゅ」


 やっぱりご飯はひとりで食べるより、誰かと一緒のほうがおいしい。

 前世では曜日によってまちまちだったけど、今世は実家だと家族揃って食事が普通だったしなー。

 

 光が差し込む食堂に満ちた、談笑や食器の音。

 平和な時間。

 平和な〈世界〉。


 だけど、わたしは知っている。

 この〈世界〉では約2年後、魔王が復活する(かもしれない)ことを。


 でも大丈夫。まだ時間はある。

 それにわたしは、乙女ゲーム「紅蓮ぐれん聖女せいじょ花束はなたば騎士きし」を20周以上して、イベント・スチル回収100%を達成した女なの。

 公式設定資料集を購入し、ドラマCDを買い、特番のwebラジオも聴いて隅々すみずみまでめつくしもした。


 だからわかってる。この〈ゲーム〉は、それほど難易度が高くないって。

 乙女ゲームにはフラグ管理がシビアなものもあるけど、“ぐれたば”は違う。

 よほどの「フラグ管理ミス」がない限り、聖女は魔王を倒してくれるし、攻略対象のうち誰かとはくっつける。

 だから安心して、


「おいひーね」


 わたしは美味なサンドイッチをパクつくことができるのだ。


「食べながら話すのはマナー違反だ」


 注意された。

 わたしは口の中のものを飲みこんで、


「おいしいね」


 言い直す。


「言い直せといったわけじゃない」


 苦笑顔のスノウくん。彼は照れ笑いになったわたしをチラ見して、食事を再開した。


 なんかいいな、これ。楽しいっ! まるで〈ゲーム〉に夢中になっていたあのころが、戻ってきたみたい。


 楽しかったよね、“くれたば”。

 夢中になって、続きが気になって仕方なくて、ママに隠れてこっそりプレイしたよね。

 ネットで同士どうしたちと交流して、考察意見を交換して「それ違うくない?」とか「それは見落としてた。天才か」とか、他人からはどうでもいいことで盛り上がったり。めっちゃ楽しかった。


 〈ゲーム〉の完全攻略は、すでに前世で終えている。

 だけどこの〈世界〉での“ぐれたば”は、まだ始まったばかり。

 これからの学園生活、もっともっと楽しくなるといいな。


 うんっ、絶対楽しくしてやるぞーっ!

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