不老不死の実 第二話
「え?」
山田は驚いて周囲を見回した。
「停電かな……?」
万智がごそごそと体を起こした。
窓際の爽果が背に月明かりを受けて、暗闇にぼうっと浮かび上がる。
山田はその姿に目を奪われた。
バン!
窓をたたき割る勢いで、何かがぶち当たる音が響いた。
山田は驚いて窓ガラスに目を
ピキピキと薄氷が割れるような音を立ててガラスにひびが入った。
白と万智が驚いた顔をして窓ガラスに視線を注いでいる。
頭が陥没し、血まみれの綿子が窓ガラスに張り付いて、両手でガラスを叩いていた。叩く度にガラスのひびが増える。血まみれの手形が、窓ガラス全体に浮かび上がった。
山田は声を出せず、綿子を凝視して固まった。
最後に大きくガラスを殴打する音が響き、ガラスが粉みじんに散った。
咄嗟に万智が爽果に覆い被さった。
散ったガラスの欠片が、勢いよく山田の頬を掠め、頬から一筋の血が垂れる。
「窓が……」
万智が震える声で窓ガラスを指差した。
「勝手にひびが入ったね」
白の一言で、音を聞いたのは自分だけだと、山田は悟った。ガラスが突然割れたように見えたのだろう。
窓ガラスが割れてしまうと、綿子の姿が瞬く間に消えた。散ったガラスに綿子の血が付着している。
それなのに、白と万智が、綿子に気付いてないのが不思議でならない。綿子の
万智が庇った爽果には傷一つ付いていなかった。その代わり、万智自身が一番傷ついているようで、足から血を流している。
「爽果、怪我はない?」
万智が我に返って、爽果の体に傷がないか確かめた。爽果が黙って首を振る。
白が掃き出し窓の割れた部分から外を窺い、誰もいないことを確認し、「今のうちに出ましょう」と促した。
爽果を抱きしめて、万智が頷く。その顔が、歪んで辛そうに見えた。
万智が爽果を支えて立ち上がろうとしたけれど、「痛っ」と短く叫んで、ガクリと膝をついた。血が流れるふくらはぎを押さえて、呻いている。
爽果が痛がっている万智を、無表情で見下ろした。
「大丈夫ですか!」
山田が慌てて万智の足を見る。ガラスの破片が足に突き刺さっていた。これでは歩けそうにない。逃げられないと悟った万智が、「爽果を頼みます」と悲痛な声を上げた。
「でも……!」
万智を置いて逃げられない、と山田は迷った。
それなのに、白が無情に言い放つ。
「早く行きましょう」
万智を置いていくのか、と山田は白を睨みつける。
「山田さん、良いんです。私が健次郎さん達を引き留めますから」
万智が弱々しく微笑んだ。
山田は万智と白を交互に見た。選べと言われて、心が二つに裂けそうだ。
白のほうを向いたとき、山田は思わず、「ひっ」と息を飲んだ。
割れた窓ガラスの向こうに、綿子が立っていた。頭が陥没してなくなったはずの目が、山田を凝視している。ゆっくりと腕を伸ばし、海の方角を指差した。
逃げろと言うことなのか。綿子の不可解な様子を見て、山田は逡巡する。
「早く」
白が山田を急かした。
ずっと海を指している綿子に戸惑いながら、「必ず、助けますから!」と山田は万智に言い残す。
白を先頭にして、山田達は公民館から逃げ出した。
暗い夜道を、国道に向けて逃げようと足を向けた時、今まで黙って付いてきていた爽果が立ち止まった。
「爽果さん?」
山田と白は、付いてこない爽果を振り向いた。
「わたし、ほかい様を見てくる」
「え? でも……、早く助けを呼ばないと!」
万智さんが! と続けようとしたが、最後まで言い終えないうちに爽果が西浜の漁港に向かって走り出した。
「先生」
どうしたら良いか分からず、白を振り向く。
「追いかけましょう」
二人は闇夜に消えた爽果を追いかけることにした。
走りながら、山田は綿子のことを思い返す。
綿子が何故ガラスを割ったのか、その真意が分からない。逃がしてくれる為なのか、それとも山田達に怪我を負わせるつもりだったのか。
今は、逃がしてくれたのだ、と信じるしかない。
漁港から左の道へ、吉宝神社に向かう。
爽果がほかい様にこだわる理由は分からないが、おわたいから戻ってきてからおかしいのは確かだ。それに、六体のほかい様が倒されて穴が掘られていたらしいから、それを見に行こうとしているのだろう。
真っ暗闇の岩場を信じられない速さで、爽果が走り去って行く。
山田は息を切らせて、転ばないように追いかけるのがやっとだ。先生ですら、走ることができないようだ。
もうすぐほかい様の洞窟だ。
爽果が洞窟の前に突っ立っている。
潮風に乗って、あの旋律が聞こえてきたが、山田はおかしいことに気付いた。
歌だ。何かを歌っている。一人ではない。誰が歌っているのか、海の方向から聞こえてくる。
爽果も一緒になって歌い出した。
いちりっとかいででもっくぃちんがらびんたのほかいさあおんごっじまやちょんがめ
少女達の笑い声が歌の合間に響く。楽しそうに笑いながら歌っている。
迷うことなく、白が海に向かった。それを山田が追いすがって止める。
「先生!」
「あれを見て」
白が指差すほうを見ると、月明かりに波が白く煌めいている中、六人の白い少女達が海面から顔を出して、愉快そうに歌っていた。
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