御郷島 第五話

「こんなこと、吉宝さんも許さないですよ!」

「成継はん死んだごねいやった。朔実も死んだごねいやった。草野もおわたい振興会の連中はみんな死んだんだごねいやったんだ生きてるのはいちょっとはあんた達わいたっ母子おやこだけだ。そいでも病気やんめじゃねちゅうのか」

「それは……」


 おわたい振興会の人だけが死んでしまったことに、万智が絶句している。


「もうすぐ、成継はんと朔実が戻ってくるすだくっ。公民館に安置して、葬式おんぼ準備しこをする。あんた達わいたっはおとなしくしてろ」


 そう言うと、健次郎が出て行った。


 万智が呆然と出て行く健次郎の背を見ている。


 山田はつくもに顔を向けた。


「一体、ぼく達どうなるんですか」


 山田も万智と同じく不安に駆られた。


「うーん……」


 白が口を尖らせて考え込んだ。


 先ほどまでの宴会の沸き立った雰囲気が嘘のように、しんとしている。


 刻一刻と時間は過ぎていく。息苦しい座敷で、山田達は座ることも許されず、立ち尽くし、息を潜めていた。


 脇に立つ組合員が不安そうに喋っている。


「死んだのはおわたいに賛成したわろらばっかいじゃったな。おわたいもおいがじいちゃんから聞いたきたのと違った。本当はほんのこちゃ藁で作った舟に人形とみかん乗せるんじゃろ? なんもかんも違ってちごってじいちゃんがゆちょったよ」

「うちはおふくろが嫌な顔しちょった。バチが当たってさ。ほかいさあのお祀りも爽果だけでやったって聞いたきたぞ」


「え? 維継さんじゃねのか? 毎年めとし、維継さんがやっちょっただろ」

「成継さんは怠者さぼいごろじゃっで、そげな面倒臭いめんで仕事しごっはしたくなかったんじゃねか」

確かにつんとな。おわたい振興会なんちそっせなものを作って、吉宝さあのご神体を外に出して、勝手にいろいろ弄くり回したから、ほかい様が怒られたんじゃろ」


「おい、ちっとほかいさあを見てくる見っくっ。こいらが余計なこといしれんことをしちょっかもしれん」

「ああ、見てきてくれ」


 組合員の一人が小走りで外へ出て行った。


 それを山田は歯がゆい思いで見ていた。どこでボタンを掛け違えたのか。


 三宅村で、漁業に携わっている村民のほとんどが漁業組合の組合員だ。みかん農家の照男の考えなんて、微塵も理解できないのだろう。ましてや、村の産業の振興など、考えてもいなかったのではないか。そうでなかったら、これほど認識の違いが生まれるわけがない。多分、照男達が振興をいてしまったのだろう。


 それに、とりまとめ役のはずの成継が、互いの齟齬を埋める役目を果たしてなかったのかもしれない。


 多分、それが原因なのだ。


 それ以上に、おわたい振興会の人間だけ、何故変死したのかが分からない。感染症ではなくとも、何かがあったのだろう。でもそれをほかい様のせいと思いたくない。


 今は誤解が解けるまで、静観するしかないのだろうか。




大変わっぜえだ!」


 ほかい様を見てくると言って出掛けていた組合員が息せき切って駆け込んできた。


「なんだ、どげんした?」


 相当走ってきたのだろう。息を切らしながら、まくし立てる。


「ほかいさあが全部すっぺ倒されてて穴が掘られちょった。六つとも全部すっぺだ! こいらがほかいさあを荒らしたんだ!」


 身に覚えのない濡れ衣を、山田達になすりつけるように、指を差した。


「なんだって?」


 その場にいた組合員達がざわめきだした。


「どげんすっ。もしかしたらかった、振興会の連中が死んだのは、こいらがほかいさあを荒らしたせいじゃねか」

「だとしたら、死んだのはほかいさあの祟りたたいじゃねか」

「こりゃ連中だけじゃね、おい達もとばっちりを食うぞ」


 山田は会話を聞きながら、風向きがどんどん悪いほうに変わり始めたのを感じた。


「どげんすっ?」


 数人の組合員が面つき合わせてこそこそと話し出した。


「どもこもない。次に死ぬけしんのはおい達かもしれんだぞ?」

「健次郎を待っちょっ場合じゃね」

死ぬけしんならこいらが死ねばいい」


「そうだな。ほかいさあの歌の七番目。次の七番目を差し出せばよかんじゃねか」

「そしたら、そりゃ爽果しかいないじゃろ」

「こいらはどげんすっ?」

「爽果といっしょに公民館に隔離したらいい」


 山田は彼らの時代錯誤な会話に青ざめた。チラリと白や万智を横目で見る。白は難しい顔をして考え込んでいるが、万智は爽果を抱きしめて、不安そうに山田を見つめ返した。


「ほかいさあのことを知らせたら、きっと健次郎も同じおんなし事を言うはずだ」

ほかん連中は、海に投げて神さあにやったらいい」

「爽果だけじゃ、足らないかもしれん。六つも荒らされたんじゃっでな。数は足らないたっしらんが、こいで許してもらうしかないじゃろ」

「とねはんと颯実も放り込んだらいい。一人ひとい足りないたっしらんっしらんが、許してもらおう」


 いきなり、白が組合員達に声を掛けた。山田はそれを見て、背中に冷や汗がにじんだ。


「すみません。七番目というと、七体目のほかい様ということですか? 数え歌では六つしか歌詞がないんですけど、続きがあるんですか」


 突然話しかけてきた白を、組合員達が度肝を抜かれたように見つめた。話しかけられるなど思いも寄らなかったようだ。


 山田は白のあまりの空気の読まない様子に、肝が冷える。


 殺そうと話していた対象から話しかけられるとは思っていなかったのだろう、誰もが言葉を失っていたが、一人の組合員が答えた。


「歌が聞こえっくるじゃろ。六体のほかいさあが歌ってうとているんだ。波の音だちゅうことにしているこちしちょっが、波の音であげなものが聞こゆっわけがないじゃろ。数え歌はずっと昔から六番しかなかったが、きっと七人目が欲しんじゃねか? 大昔に女を海に流しちょったんじゃっで、きっとそいがほかい様になったんだって、漁師ふなとの間では当たい前の話になっちょっんだよ」


 それを他の組合員が止める。


「おい、余計ないしれんことを教えるいっかすっな」

「どうせ、死ぬんだからけしんじゃっでいいじゃねか」


 白がため息をついた。


「それが本当なら、漁師の朔実さんは秘密にしてたという事なんですね。まぁ、仕方ないか」

「仕方ないって……先生」

「たったの数日で心を開いてもらえるわけがないでしょう?」

「そうですけど……」


 山田も、その土地に伝わる忌み事や祟りなどの聞き取りが一番難航する。すぐに答えを知りたがるうちは土地に住む人々に打ち解けてもらえない。教授などは何年も掛けて訪問して、少しずつ教えてもらうのだ。


「でも、こんなふうに予期せず教えてもらえることもあるんだね」


 死ぬかもしれない瀬戸際に、白がのんきにのたまった。


「おまえら、黙ってろ!」


 怒鳴られて、山田達は口をつぐんだ。




 どのくらい経ったのだろうか。


 下手に動けないので、スマホも覗けない。座敷の縁側のふすまが閉め切られているので、外の様子も窺えない。


 今のところ暴力は受けてないが、白に話しかけると、組合員達を刺激することになる。


 寄り添い合う万智と爽果が可哀想になってくる。


 ほかい様を荒らしたのが誰なのか、どうしても爽果に疑いの目を持ってしまうが、あの石像を女性が一人で動かすのは無理だ。実際、白にはできなかった。だとしたら犯人は別にいるんじゃないだろうか。


 もし他に犯人がいたとして、何故ほかい様を倒して穴を掘ったのか訳が分からない。あそこに何か埋まっていたのだろうか。一体、何が埋まっていたというのだろう。


 悶々と考え込んでいると、外が騒がしくなった。


 車のエンジン音が聞こえてきた。


 玄関が開き、健次郎の声がする。


「おい、公民館に連れっいくぞ」


 それを合図に、組合員二人が山田達を挟んで立ち、歩くように背中を押した。


 玄関を出ていく山田達を、疑いと恐れの混じる顔で組合員達が見送った。


 数時間ぶりに外に出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。歩きながら、空を見上げると、まるで何事もないように、まばゆい星の輝きが川のように連なり天空を横切っている。


 月明かりだけで道がはっきりと見える。東浜から中浜の公民館まで、組合員に連れられて行った。

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