第四話

 出入り口近くに座っていた組合員が、健次郎に呼びかけた。


「おーい、吉宝さあとこの成継はんが来やったぞ」

いっとちょっとごめんなさいよ」


 健次郎がグラスを置いて、席を立って、成継を出迎えた。健次郎は成継に自分の横の席を勧める。


ゆきやったなよく来たな。そこに座ってじゃったもんせ下さい

「お相伴に預かりに参りました」と成継が軽口を叩いている。それを、「いやいやわいあんたが立役者じゃっでだから」と健次郎が言うのを聞いて、村の中で吉宝さんは一目置かれているんだな、と山田は思った。


 まだ四日しか経ってないのに、照男の死をみんな忘れてしまったかのようだ。


 表舞台で一番目立つ吉宝さんに注目が集まっていて、組合員達が「おだれお疲れさあごあしたでした」と声かけしている。


 成継が、笑顔で朔実に「立って立って」と手を振った。


「朔実さんのおかげですよ」


 朔実が照れ笑いをしながら、頭を下げる。


「おわたいが遣ぃあげた成功したとは、みなさあのおかげです」


 みんなが愉快そうに笑い、成継と朔実にビールを勧めた。


 この宴会はおわたいが成功して大漁になったから催されたんだ、と山田は納得した。




 宴会も一時間を過ぎる頃には、みんなすっかり酔っぱらい、顔を真っ赤にしてビールを飲んで、食べて、愉快そうに騒いでいる。


 白は隣に座った組合員と話し込んでいた。


 山田はビールに口は付けず、組合員の奥さん達が作った料理を、もそもそ食べながら、成継と健次郎の会話に耳を傾けていた。


「これから数年は豊漁ですよ」などと、成継が告げると、「おわたいでこんなことが起こるとは知れっなかった」と、全く信じてなかったのか健次郎が笑った。

「おわたいを毎年やれば、観光客も来るし、大漁が約束されますよ」


 成継も酒に酔ってきて安請け合いしている。


「そら楽しみだ」


 成継がむせたのか咳を始めた。


はらおやだいじょっや大丈夫ですか

「ちょっと……」


 健次郎が心配そうに成継を見ているが、成継の咳はどんどん酷くなっていく。


 成継だけではない。離れた席でビールを飲んでいた朔実も唸り声を上げて、畳に突っ伏した。


 それを見た健次郎が大声を上げた。


「おい、母ちゃん! 救急車! 誰か、ぐいま出せ!」


 山田は成継が苦しむ姿を目の当たりにして、体が硬直した。どうしたらいいか分からない。ただ、オロオロと見ているしかなかった。


 そのうち、成継の顔が腫れ上がってきて、目が飛び出した。もはや唸り声すら上げず、息ができないのか、ヒューヒューと喉を鳴らしていたが、やがて身動みじろぎ一つしなくなった。


 周囲は騒然となり、みんな、倒れた成継と朔実を取り囲んで、動揺している。


「やっぱり……」

「え?」


 つくもの言葉に、山田は振り返った。


 どっと、山田を押しのけて、担架を持って来た青年団員が成継と朔実を担架に乗せた。


 頭の形が変わってしまった二人を外に運び去り、やがて、車の発進する音が響き、成継と朔実は町の病院へ運ばれていった。


 あまりのことに山田は言葉をなくした。


 みんな、酔いが覚めて青い顔をしている。


ないかなんかあんべ病気か?」

「移らつけんないじゃろか」


 健次郎が呆然として立ち尽くす。


「一体、どうなっちょっんだ?」

はたっ急に苦しんにみがって苦しみだしてびんたすだ変なになって……! ないやんめ病気なんだ?」


 山田は人垣の後ろでその言葉を耳にして、朔実の言葉を思い出した。


『顔が変形するくらい膨れ上がってね』


 目の前で起こったことが脳裏に浮かび上がる。あれは膨れ上がるというレベルではない。完全に別の何かになっていた。理解不能な状況に山田は総毛立った。


 何か恐ろしいことが、三宅村で起きている。


 照男と草津の葬儀で、棺桶の窓が閉じられて開けられないようにしていたこと。顔が見えないように隠されていたこと。それらの理由が分かった。


 おそらく勘違いでなければ、成継と朔実も同じ死に方をしたのかもしれない。


「先生……」


 山田は後ろに立つ白を振り返った。


 白がまた何かを考えている。


 玄関にたかっている組合員達が、口々に言い合っている。


「振興会の連中ばっかいばかりごねいやった死んだぞ」


 それが、酷く重たく聞こえた。


「本当に振興会の人だけが亡くなったんでしょうか」

「そのようだね……」


 どこか冷静に白が答えた。


 気付くと、組合員達の視線が、山田達に向いている。猜疑心に満ちた目つきだ。


「先生、わいたっあんた達、照男のとこにいたよな」

ないか何かあんべ病気にかかっているかもしれないから、いっとちょっと来じゃったもんせ来て下さい

「公民館に連れていかんういこう

じゃいにーそうだな。照男のとこも隔離しよう」


 組合員達は照男達——おわたい振興会だけでなく、滞在している山田達も何らかの感染症にかかっていると考えたようだ。


 しばらくして、外から車のエンジン音とバンと勢いよくドアが閉まるような音がした。


 宴会をしていた座敷に爽果達母子おやこが入ってきた。


「先生!」


 万智が驚いて声を上げた。


「先生まで。ちょっと、健次郎さん、感染症とか何馬鹿なことを言ってるの!」

ゆじん用心だ。二、三日様子を見っちょん見てないもなかったら、出てでん出てもよかんでいいから


 万智がきっと健次郎を睨みつける。


「健次郎さん、感染症だと言うけど、父さん達はたくさんみんなと会ったり話したりしたじゃないか。それで移ってたら、今頃みんな発症してないとおかしいよ。それにばあちゃんを一人にできない。俺が世話しないと」


 颯実そうまも反論した。


 爽果は黙って、事の成り行きを見守っているように見える。


 颯実の意見に、健次郎も迷ったようで、苦い顔つきになる。


「とねはんか……。仕方つけんない。颯実、わいは西山ので隔離だ」


 健次郎が外から覗いている組合員に目で合図を送った。


 颯実が、組合員に連れられて、西山の家に戻っていった。

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