おわたい 第六話

「多分、ほかい様にお供えするんじゃないですか? 爽果さんもそう言ってたし」


 山田はつくもの隣を歩きながら、答えた。


「ほかい様へのお祀りは、秘儀じゃなかったっけ? 元は神官だけでおこなうもので、今回はデモンストレーション的な意味で乙女役がおこなう、と言うことだったと思うけど。こんなにギャラリーを呼んで、お祀りして良いのかね」

「それは分からないですけど……」


 ほどなくして吉宝神社の一の鳥居の前に辿り着いた。


 鳥居の前には幾人か村民がたむろしていた。鳥居を潜り、二の鳥居を通って境内に入る。


 全村民とまでは行かないが、三十人近くの村民が集まっていた。


 拝殿の前に成継が立っている。手には拡声器を持っていた。


 だいたいの村民が集まったのを見計らって、成継が告げた。


「みなさん、こうして集まってくださって、ありがとうございます。まずは西山の爽果さんが無事に戻ってきたことをお知らせいたします」


 すると、集まった村民達が口々に、「良かった」と言い合っている。文句を言う老人達よりも、安堵する村民のほうが多かった。


 どよめきが収まってから、成継が続ける。


「それと、爽果さんがみかんを持って帰ってきました。もちろん、私も父も“橘の宝玉”を爽果さんに持たせてはおりません。昔の言い伝えで、おわたいで乙女がみかんを持ち帰ったら、豊漁が約束されるとあります。なので、今回のおわたいは成功したということになります!」


 半信半疑の声が起こる。


「まぁまぁ、お疑いの方もいらっしゃると思います。疑念は横に置いて、まずはおわたいの成功を祝いましょう」


 成継の言葉を聞いていた老人が、横に立つ同年代の老人に、「あんなことを言ってるゆっるが、どうせ東浜の朔実辺りが用意しこわんしてたなてたんだろう」と、憎まれ口を叩いている。


 おわたいに対して好意的な村民は、おわたいの成功を素直に喜んでいた。


「では、せっかくお集まりいただいたので、ご祭神の綿津見神様にこの橘の実を奉納する祝詞を奏上いたします」


 成継が拝殿に上がって、祝詞を上げ始め、果実を奉納した。


 思っていたのと違うことに、山田は驚いた。ほかい様にお供えするのではないのか。お供えするみかんは必ずしも、持ち帰ってきた橘の果実でなくても良いのだろうか。


 ふと白を見上げると、考え込むように口を尖らせていた。


「先生、あれ」


 山田は納得がいかず、白に話しかけた。


 白は聞こえてない様子で、祈祷の様子を眺めている。おもむろに、呟いた。


「あ、そうか……。見落としてたな……」

「え?」


 どういうことなのか、と白を見つめる。


「おわたいは補陀落渡海じゃない」


 山田は白の言葉に首をかしげた。


「どういう意味ですか」

「うん……、まぁ、後で説明するよ」


 祈祷が終わり、吉宝神社に集った村民がばらけて帰っていく。


「この後すぐ、草津はんの葬式おんぼだな。はぁ、葬式おんぼが続くなぁ」


 そんなことを言いながら、ため息をつく村民もいた。


「爽果さんに話が聞きたい……」


 ブツブツ呟きながら、突っ立っているので、山田は白に何度も声を掛ける。


「先生、いったん爽果さんの家に戻りましょう」

「うーん……」


 白が微動だにしないことに、山田が業を煮やし始めたとき、「つくも君」と呼びかける声がした。


 声のするほうを見ると、吉宝神社に滞在している野田教授が、軽く手を上げて歩いてくるところだった。


 白が顔を上げて、野田教授に気付いた。


「野田先生」

「今から、草津さんの葬式なんだが、君も参列するのかね?」


 山田は、十五日に葬儀をするはずだったが、大雨のせいで公民館に安置されたままだった草津のことを思い出した。


 しかも、草津の葬儀について、山田や白に説明してくれる人は一人もいなかったので、失念していたのだ。


「喪服がないですからねぇ」


 黒っぽいスーツを着た野田教授に、白が答えた。


「それは仕方ないね。ところで、代わりに乙女役をした女の子は無事だったのかい?」

「はい。今病院だと思いますよ」

「さっき、その子が持って帰った橘の実を見せてもらったんだ。面白いね。見た感じ、“橘の宝玉”と同じだった。全く同じかどうかは分析しないと分からないが」


「野田先生はあの果実が橘で間違いないと?」

「間違いないかどうかは今この時点では分からない。ただ、橘は様々な種の総称でね、この橘の実は、おそらくアジア大陸のマンダリン類に近いんだ。沖縄の大学の研究チームが沖縄原産の柑橘タニブターを親に持つ交配種であること、日本産柑橘のルーツであることを明らかにしたんだ。吉宝神社に奉納されていた、千年前の橘の実の種と今回の柑橘を調べれば、当時の橘がどんな種と交雑し起源としているか、もしくは今回持ち帰った柑橘との関連性がどの程度あるか分かるんじゃないかな」

「あの果実が千年前の果実と同一とは考えてないと?」


 白が野田教授に尋ねた。


「どうなんだろう。私が“橘の宝玉”の種を受け取ったとき、正直、干からびてしまっていたから萌芽しないと思ってたんだよ。だけど今回の果実は、興味深い。成継さんに頼んだんだが、さすがに奉納した物は無理だと言われて、泣く泣く諦めた所なんだ」


 野田教授は軽く笑った。


「仕方ないから、“橘の宝玉”を持ち帰って、分析することにした」

「分かります。欠片だけでも良いから譲ってもらいたいですね」

「そうなんだよ」


 山田は二人の会話を聞きながら、野田教授と白が親しい理由をなんとなく感じ取れた。


「まぁ、持ち帰ったという話を信じたら、と言うことなんだけどね」

「全く同じでも違う物であったとしても、調べなければ分からないですからね」


 それじゃあ、と野田教授は公民館でおこなわれる葬式に参列する為、山田達と別れた。


「先生、あの果実、本当に御郷島から持ち帰った物だと思いますか?」

「わからないなぁ。でも一つ分かったことはあるよ」


 山田は首をかしげる。


「何がですか?」

「あの数え歌、『ででもっくぃ』だけど、あれはほかい様の歌だ。ほかい様が『でで』、柑橘を持ち帰ったんだよ。そう考えると、そのあとの歌詞に繋がりやすい。それに、補陀落渡海にこだわりすぎた。実際はもっと単純な話だった」

「どういうことですか」


 山田は訳が分からなくてもう一度、白に尋ねた。

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