第七話

 慌てて駆け寄った朔実が、草津の肩に手を掛けて、前に進むように促すが、草津は微動だにせず、頭を抱えて、しきりに「痛い……息、苦し……」と唸っている。


 朔実が青年団の一人に声かけして、公民館に設置された担架を持ってこさせた。


 しきりに朔実が話しかけている中、草津が頭を振った。膝を折って、公民館の床にうずくまってしまう。


「草津はん」


 村民の何人かが草津を囲んだ。


「うーーーー」


 草津が大きな声で唸った途端、体が横に倒れた。


 山田とつくもも驚いて椅子から立ち上がった。


 爽果が小走りに草津に駆け寄って、「ひっ」と悲鳴を上げた。


 草津を囲んだ人達からも悲鳴が上がっている。


「どいてどいて」


 担架を持って来た青年団員を通してくれと、朔実が人混みをかき分けた。


 手際よく彼らが草津を担架に乗せる。毛布を持って来た団員が、草津に毛布を頭から掛けた。


「とりあえず、村の病院に運びます」


 草津を乗せた担架は公民館から出て行った。


 朔実が戻ってきて、万智達に話しかけている。爽果もそれに加わり、何が起こったかを説明しているようだ。


 驚いた表情を浮かべて、万智が朔実と爽果を交互に見ている。事情が分からない颯実そうまだけが、事態について行けずオロオロと突っ立っていた。


 万智が葬儀の進行役に何やら話しに行き、ようやく、進行役から葬儀を続行する旨が伝えられた。


 最初こそ、こそこそと話す村民もいたが、焼香が済んで最後の読経を僧侶が上げるときには、落ち着きを取り戻したように見えた。


 葬儀がひと通り終わった頃合いを見計らって、山田と白は爽果に話しかけた。


「草津さん、どうしたんですか?」


 爽果が躊躇っているのが分かる。


「急に倒れたのはきっと具合が悪かったんじゃないかな」


 どうも、引っかかる。


 山田は爽果が嘘をついていると思った。けれど、それ以上聞く雰囲気ではなかったので、結局爽果と万智をねぎらった。


「葬儀で草津さんが倒れたのは急なアクシデントでしたね。大丈夫ですか?」


 万智が、浮かない表情を浮かべていたが、無理に笑顔を作る。


「葬儀はこのまま続けます。主人もそうして欲しいと思うし」

「そうですか……」


 何事もなかったように、照男を荼毘に付す為に、爽果の家族は照男の棺桶と共に霊柩車に乗って公民館を出て行った。


 集まった親族もめいめいの車で火葬場へ行ってしまった。




 十五時過ぎる頃には、葬儀はつつがなく終わり、公民館の片隅に折りたたみの机と椅子が用意された。卓上にはお菓子とお茶、町内会の婦人部が握ったおにぎりや海苔巻きの皿が並べられている。


 精進落としにしては簡素だが、これが三宅村の葬儀の作法なのかもしれない。


 輪の中に山田と白も誘われた。


 山田は遠慮がちに海苔巻きを皿から取った。


 万智が海苔巻きとおにぎりを、骨壺が納められた白い正絹の包みと遺影の前に置き、手を合わせている。


 爽果の隣に座る、山田より少し年上に見える颯実と目が合った。


 山田が軽く頭を下げると、颯実も頷くような軽い会釈を返してきた。


 山田と白のことは一通り爽果から説明を受けたようで、警戒はされていないようだ。


「おわたいのことを調べに来たと聞きましたが」


 無言でいるのに耐えられなくなったのか、颯実が訊ねてきた。


 海苔巻きで口がいっぱいな白に代わって、山田が答える。


「はい、明日おこなわれるおわたいに興味を持ちまして」

「おわたいは爽果も俺も初めてなんで、興味ありますね。でも……」


 颯実が言いたいことはなんとなく察しが付く。


 照男が死に、草津が倒れたことで騒ぎになれば、おわたいを続けられるかどうか分からない。


「おわたい、やめるんですかねぇ」


 颯実が呟いた。


「どうなんでしょう……」


 山田は颯実に曖昧な笑みを返した。


 草津のこともあって精進落としの席はしんみりとして暗かった。せっかく用意したビール瓶も、開けないまま、テーブルの片隅に置いてある。みんな、食が進まないのか、皿の料理も一向に減らない。


 山田は、ずっと気にしていたことを訊ねた。


「草津さん、顔を隠されてましたけど、何かあったんですか?」


 すると、爽果と万智が息を飲んだ。


「それは……」


 爽果が言いよどんでいるので、何か隠しているのだろう。しかし、それと同時に周囲の村人にも聞かれたくなさそうだった。


「あの……あとで……」


 仕方ないので、山田もそれ以上は聞かなかった。


 もそもそと海苔巻きを食べていると、公民館のドアが開かれて、朔実が入ってきた。


「爽果ちゃん、ちょっと」


 朔実の背後に成継も立っていた。


 山田は、爽果が呼び出されているのを目にして、何を話しているのか気になった。深刻な表情をしている爽果が気になって、山田は席を立ち、爽果に近寄っていった。


「やります」


 爽果が二人に答えているのが聞こえた。


「どうかしたんですか?」


 余計なお世話かもしれないと思いつつも無視できず、山田は声を掛けた。


「山田君」


 爽果がどこかほっとした様子で振り返る。


 山田を無視して朔実が爽果に頭を下げた。


ほんのこて本当、こんとおい通り


 頭を下げる朔実に、山田は驚いた。


「照男はんの遺志を継いでほし。照男はんはおわたいを成功さすいこっさせることが夢じゃったんだ。おわたいをつづくいこちゃ続けることは、照男はんのくよ供養にもなるから」


 供養? と山田は首をひねった。


「頭を上げてください。わたし、やめるなんて言ってないです。父がおわたいにどんなに心血注いでいたか知っています。確かに父が亡くなって、草津さんが倒れて、みんなの心証が悪いのも分かってます」

「そいが……、草津はんは病院で亡くなって、今、調べてもろてる」


 爽果と山田は驚いて大きな声を上げた。


「草津さん、亡くなったんですか?」


 爽果が確かめるように言った。


「草津はんがどうなったか、爽果ちゃんも見たじゃろ?」


 すると、爽果が青ざめる。


「どういうことですか」


 山田が思わず訊ねた。

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