葬式 第二話

 万智の付き添いで照男が救急車で運ばれ、爽果が警察に事情を説明している。

 朔実が言うには、照男が戻ってくるのは午後らしい。そのあとは公民館で通夜を執り行うとのことだった。


「吉宝さんが葬儀を?」


 つくもが訊ねると、朔実が答えた。


「いや、吉宝さあは葬儀に携わってない。葬儀は仏式なんだ。夕方よろいもとになったら、礼服持ってくるもっくっから、それまでそいずいは好きに過ごしてくれ」


 白の言うとおり、二人は手伝うこともできない状況だった。


「じゃあ、吉宝さんは今ご在宅なんですかね」

「そうだなぁ、成継はんは手伝いかせ来てるんだきちょっが、維継さんは足が悪いわりから家にいるかもしれん。行ったいっなら電話したかたったほうがいい」


 電話番号を教えてもらい、会う約束を取り付けると、白が朔実に礼を言った。


「お忙しいのに、ありがとうございます」

こんなことにこげなこちなって、こっちも話をする時間がなくて、すまんな」


 そう言って、公民館に行ってしまった。


「じゃあ、私達も行くかな」


 白が、手元に置いておいた、筆記道具やレコーダーが入ったショルダーバッグを袈裟懸けにして立ち上がった。山田も慌ててリュックを背負い、玄関から出て行く白を追いかけた。




 白が、吉宝神社の横に建てられた家の玄関を開けて呼ばわると、奥から四十代くらいの女性が出てきた。


「いらっしゃい」


 おそらく成継さんの奥さんなのだろう。


「先ほど電話をしたつくもです」

義父ちちには伝えてありますあいもすから、どうぞ上がられて」


 二人は奥さんの後ろをいそいそと付いていった。


 日当たりの良い、海が見える座敷に通された。


 一枚板の卓の前に、体格の小さな老人が、脚の低い椅子の背もたれに寄り掛かっている。


「おはようございます」


 維継が目をしょぼしょぼさせて、白と山田を見上げた。


よくきましたゆきやったね、お座らんね」


 奥さんが卓の脇でお茶を煎れている。維継と二人の前に湯飲みを置いて、ニコニコとほほ笑みながら、維継の隣に座った。おそらく、維継の方言を通訳してくれるつもりなのだろう。


 山田は薩摩弁が何一つ分からないので、内心助かったと思う。


「何を《ないば》聞きたいんですか聞きごっあいや


 何が聞きたいのかと言っていると奥さんが説明してくれた。維継さんが話す側から通訳してくれるので、山田は維継さんと奥さんをせわしなく交互に見やった。


 白がバッグからレコーダーを取り出して、録音して良いか承諾を得てから録音ボタンを押した。


「まずはほかい様のことを聞きたいと思います。維継さん、ほかい様をいつから祀られているんですか?」

「ほかいさあはずいぶんあばてんなかむかっからあすこにいる。神社の由緒いな、おわたいのあとに作ったと書いてけてあるが、最初はっさの乙女が持っきたみかんででを供えた場所に、ほかいさあを作られましたつくいないもした

「最初の乙女が持ち帰ったみかんを供えたところに、ほかい様を作ったんですか。吉宝神社もおわたいの後に……最初というと、次の乙女がいたということですか?」

「ほかいさあの数だけかしこ、乙女はでで持って帰ってもっけっきた」  


 六体のほかい様があると言うことは、おわたいは六回成功したということなのだろうか、と山田は好奇心をくすぐられた。それは白も一緒のようだ。卓に身を乗り出している。


「最初の乙女がおわたいをしたきっかけは、記録されてますか?」


 おわたい自体が始まったきっかけを知れば、ほかい様の意味を知ることができる。


わからないわかいらん。『吉宝年代記』にもせえも書いてけてなかった」


 どうもそこら辺は吉宝神社に伝わる文献にも書かれていないようだ。とねと同じで、詳しい内容まで伝わっているわけではなさそうだ。


「おわたいが何故おこなわれたのか分からないかぁ……」


 白が口を尖らせて考え込んでいる。


「何もかもおわたいの後か……」


 くしゃくしゃの髪をくしゃっとかき混ぜた。


「乙女が選ばれる基準って、やはり処女とか巫女だとかそういうことだったんですか?」


 白が、暗に乙女は生け贄なのかと聞いた。


「わかいらんが、若かいわけおなごじゃないとじゃねといかんかった」

「どうしても若い女性でないといけなかったというわけですね……おわたいが最初にあり、みかんを持って帰ってきた乙女がいて、ほかい様を作ってみかんを供えた。ほかい様の数だけおわたいが成功した、と……」


 山田は夜中に見たほかい様のことを思い出した。


「じゃあ、六体あったのは六観音とは関係ない……? 数え歌が六つまでなのは、おわたいが成功した数?」

「そうなるかな……。千年の間に二十回のおわたいがおこなわれて、そのうち六回が成功したというと、かなり高確率でうまくいったんですね。で、そのたびに豊漁になったと……」

そういうことそげなこっ

「戻ってこなかった乙女もいたんでしょうね。そのとき、おわたいはどうなるんですか?」

「どげんしたらよかか、わかいらんかった。『吉宝年代記』せえも書いてけてなかった」

「『吉宝年代記』にも書いてなかったということは、ですよ? 反対に帰ってきたこと自体、実はおわたいにはなかった事態なのかもしれないですね。行って戻って帰す……、必ず帰した。帰さないといけなかったんでは? まれびと神信仰では、訪れて何かをもたらし、去るものですが、おわたいは行ったっきりなのが本来の姿だとしたら? そうでなかったら、失敗した数の分、何かが起こってなければならなくなる。しかし、実際にはそう言った記録はない。やはり、戻ってきたら必ず帰すのは、帰さないといけない理由があったんですよ」


 維継が黙って白の推察を聞いている。

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