第三話
山田は引っかかっている疑問を
「それにしても、最初の乙女はどうして橘の実を持っていたんでしょう」
「それは特別なことだったから? 誰も、乙女が橘の実を持ち帰ることを想定していなかったから、橘の実を何者かに供えた……もしかすると橘の実自体を祀った可能性もありますね。橘の実について何か伝わってますか?」
維継がゆっくりと言葉を吟味しながら答える。
「『吉宝年代記』せえも
「宝ですか……。六人の戻ってきた乙女は全員橘の実を持って帰ったんでしょうか?」
「かも知れつけん」
六体のほかい様、その数の分だけ戻ってきた六人の乙女……。
山田は夢のことを思い出した。暗闇に浮かぶ、横一列に並んだ少女たち。その手にみかんを持っていた。あれは……、本当に宝なのか?
怖気が山田の首筋をゾクッと這った。
「ほかい様って……、戻ってきた乙女を祀ったんじゃ?」
山田の言葉に白が返す。
「どうしてそう思ったの?」
「なんとなく……。あ、深い意味はないんです。ちょうど数が合うから……」
「いや、もしかすると、帰さないといけない理由は乙女のほうにあったのかもしれないよ?」
「じゃあ、何故、
山田は黙っている維継に顔を向けた。
「わかいらんが、ほかいさあを
やはり、ほかい様は封じられていたのだ。豊漁を齎すと言うことだけが表向き伝わり、凶事は封印された。
「どんなよくないことが起こったんですか」
「わかいらん」
そこまでは、維継さんにも分からないようだった。
「話は元に戻りますが、とねさんが教えてくれた数え歌。あれはおわたいと関係あるんでしょうか?」
「いちりっとかいででもっくぃ……。あん歌はおわたいに関する歌じゃが」
「数え歌の歌詞に、『一里渡海』とあります。元々は海の向こうの浄土を目指して海を渡ったことを歌ったんじゃないかと思ってるんですが」
「わかいらんが、
「やっぱり、補陀落渡海が関係してる可能性を捨てきれませんね……。維継さん、吉宝神社ができた詳しい年代って分かりますか?」
「寛仁三年。そいが吉宝神社の建立さえた年代ごあんそ」
「寛仁三年……」
失礼と言って、山田はポケットから出したスマホを使って、寛仁三年が西暦でいつか調べた。
「1019年ですね。平安時代だ。吉宝神社は歴史ある神社なんですね」
山田は維継に言った。
「そなんだよ。おわたいを復興できたら、
「もしもですよ? 初めのおわたいが、実は補陀落渡海であったなら、熊野の補陀落山寺と並ぶ古いものだと言うことになります。それだけでも歴史的に貴重じゃないですか」
「『吉宝年代記』に補陀落渡海についてん記載なかまっ。そもそも、おわたいとしての記載は、
「おわたいと呼ばれ出したのはいつか分かりますか?」
「
山田はスマホを見て、首をかしげる。
「西暦1549年……。と言うことは正確に五十年ごとではないんですね」
「違いもんど。正確に
確かに、主に補陀落渡海が行われた高知や熊野の大きな寺院でない限り、継続的に行えるとは思えない。大なり小なりおこなうにしてもこの小さな村にとって、おわたいは負担になったのではないだろうか。無理を押してでもおわたいをおこなったのは、その分、見返りが大きいと考えたからだろう。
それでも、千年の間に六回成功したことで、三宅村にどれほどの幸運を齎したのか、想像も付かない。
「そうなると、正確に二十回もおわたいをおこなったとは思えないですね」
維継が白の言葉に頷いた。
「おわたいは村が飢え苦しんにんでいるときにやったと思っ。
維継の言葉に山田は胸が苦しくなった。
まさに、今、三宅村が直面している問題そのものだ。人口が減り、特産物も特になく、準限界集落に位置づけられている。
活性化を狙うには、廃れそうな祭りと村に残された橘の実の種だけが頼りだったのだろう。
「おわたいが、御郷島に渡ることを指しているなら、ほかい様の名前の由来、維継さんはなんと考えてますか?」
「名前の由来か。ほかいさあとしか聞いちょらんからなんともゆわなんないが、
白が眉根を寄せる。
「ほかいが名前……? やっぱりほかいびとと関係があるのかもしれないな……」
「おわたいが元々なんだったのか、維継さんはどう考えてますか?」
維継が山田を見る。
「
白が口を尖らせる。
山田は横目で、白が何と言うか待ち構えた。
「私の推察ばかりであれなんですけど、由緒にも文献にも書かれてないので断定はできません。ただ、おわたいという信仰は最初からあったわけじゃない。おそらく、補陀落渡海をまねた行で乙女を犠牲にして、戻ってきた乙女が持っていた橘の実をご神体にして、禍を封じたほかい様を祀った……、そこまでの経緯をおわたいと名付け、数十年に一度の頻度でおこなった」
「明治に
まるで、罪を告白するような口調で維継はため息をついた。
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