5
「ねぇ、『目』。」
「…なんだ」
魔法陣の表面上に映る『目』は私の声に反応し、ぎょろりと動く。緑掛かった瞳の縁は微かに震えていた。
「怒ってないから、大丈夫だよ…」
私が溜め息混じりになだめると『目』は安心した様子で瞳孔を緩めた。
※
『目』はまず復讐の前に病院に行け、と命令した。″お前が命を賭けて復讐する必要などないのだ。防犯カメラを調べれば、証拠など山程出て来る筈だろう?″と。感心した。冷静になって考えれば、この『目』の言い分も一理あるのだから。
私自身も少しばかりこいつを頼りに思っていた
はずだった。
結果は散々なものだった。
事情を話した病院も、『目』に勧められて行った警察署も。口を揃えて
「…ホントなの?」
の一点張りだった。それどころか、「最近は精神を崩す子も多いのよ」と説明され、精神科に連絡されそうになるし、参ったものだ。
傷口の治療は数針縫うぐらいで完了していた。
疑われるのは当たり前だろう。
先程言った通り、あの悪魔は命を救ってくれたけれど、同時に確たる証拠も無くなったことは事実なのだ。結局防犯カメラの確認すらされなかったし、そこまで身勝手でない私も、やりようのない怒りを多少感じた。
だがしかし。
※
「……本当、怒ってないから」
私は感情を表には出さず、手に持った紙切れ(目)に向かって、笑いかける。
こいつは腐っても命の恩人だ。
恨んではいない。
ーーそれに頭の片隅で残っていたのは、魔法陣の表面上に現れたあの怪物のことだった。
息を呑むほど美しい姿で、
私にとって、
許せるほどに神聖で神様みたいな存在で。
ーー名も決めた。
ライセと言う名だ。
来世に行く筈だった私はこいつに助けられ、この世に留まる事が出来たのだから。
ピッタリだと思ったし、より愛着が沸いた。
な、の、に。
「ぎゃー!!!」
私は朝起きて早々、甲高い悲鳴を上げた。
妥当な反応だと思う。
昨日大事に仕舞っておいた魔法陣を描いた紙切れから、人間の『手』らしき物体が飛び出ているのだから。
「…む。うるさいぞ」
ライセの『手』よりもホラーじみた突起物は不愉快そうに唸る。
…悪魔の『手』の後は、人間の『手』か。
本当に勘弁してくれ。
発出した歪な物体に恐怖を覚えながら、私は悪魔に問う。
「…これ、何?」
「これは、我の魂の器だ。」
魂のウツワ……?
「要するにコピーだな」
おっと。
予想外の答えだ。
どうやら、本体が人間になっている訳では無いらしい。私は密かに安堵する。
「この人間はお前にとって最も思い出深い人物のを参考にした。どうだ、その方がお前も親しみやすいだろう?」
魔法陣から出た未完成の体は徐々に形が整う。
形成されたのは、フードを目深まで被った怪しげな人間だった。頭は必然と昨日の地獄の夜の事を思い出した。
思い出深い人物。
ライセの言葉が妙に耳に残る。
もしかして。
もしかしたら、だが。
「柚月…?」
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