5



「ねぇ、『目』。」


「…なんだ」


魔法陣の表面上に映る『目』は私の声に反応し、ぎょろりと動く。緑掛かった瞳の縁は微かに震えていた。


「怒ってないから、大丈夫だよ…」


私が溜め息混じりになだめると『目』は安心した様子で瞳孔を緩めた。



『目』はまず復讐の前に病院に行け、と命令した。″お前が命を賭けて復讐する必要などないのだ。防犯カメラを調べれば、証拠など山程出て来る筈だろう?″と。感心した。冷静になって考えれば、この『目』の言い分も一理あるのだから。


私自身も少しばかりこいつを頼りに思っていた


はずだった。


結果は散々なものだった。

事情を話した病院も、『目』に勧められて行った警察署も。口を揃えて


「…ホントなの?」


の一点張りだった。それどころか、「最近は精神を崩す子も多いのよ」と説明され、精神科に連絡されそうになるし、参ったものだ。


傷口の治療は数針縫うぐらいで完了していた。

疑われるのは当たり前だろう。


先程言った通り、あの悪魔は命を救ってくれたけれど、同時に確たる証拠も無くなったことは事実なのだ。結局防犯カメラの確認すらされなかったし、そこまで身勝手でない私も、やりようのない怒りを多少感じた。

だがしかし。



「……本当、怒ってないから」


私は感情を表には出さず、手に持った紙切れ(目)に向かって、笑いかける。

こいつは腐っても命の恩人だ。

恨んではいない。


ーーそれに頭の片隅で残っていたのは、魔法陣の表面上に現れたあの怪物のことだった。


息を呑むほど美しい姿で、

私にとって、

許せるほどに神聖で神様みたいな存在で。


ーー名も決めた。

ライセと言う名だ。

来世に行く筈だった私はこいつに助けられ、この世に留まる事が出来たのだから。

ピッタリだと思ったし、より愛着が沸いた。




な、の、に。


「ぎゃー!!!」


私は朝起きて早々、甲高い悲鳴を上げた。

妥当な反応だと思う。

昨日大事に仕舞っておいた魔法陣を描いた紙切れから、人間の『手』らしき物体が飛び出ているのだから。


「…む。うるさいぞ」


ライセの『手』よりもホラーじみた突起物は不愉快そうに唸る。


…悪魔の『手』の後は、人間の『手』か。

本当に勘弁してくれ。


発出した歪な物体に恐怖を覚えながら、私は悪魔に問う。


「…これ、何?」


「これは、我の魂の器だ。」


魂のウツワ……?


「要するにコピーだな」


おっと。

予想外の答えだ。

どうやら、本体が人間になっている訳では無いらしい。私は密かに安堵する。


「この人間はお前にとって最も思い出深い人物のを参考にした。どうだ、その方がお前も親しみやすいだろう?」


魔法陣から出た未完成の体は徐々に形が整う。

形成されたのは、フードを目深まで被った怪しげな人間だった。頭は必然と昨日の地獄の夜の事を思い出した。


ライセの言葉が妙に耳に残る。

もしかして。

もしかしたら、だが。


「柚月…?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る